藤岡大拙
平安時代の不思議な出来事の掉尾を飾るのは、杵築大社が巨大になったことである。
かつて藤原俊成の養子になったこともある歌人藤原定長(?~一二〇二)は、三十四歳の頃出家して寂蓮と称し、嵯峨に庵居し、西行を慕って諸国を行脚した。文治六年(一一九〇)には、「思ふことありて出雲大社へ詣で」たのである(慈円『拾玉抄』)。「思ふこと」とは何なのか、具体的には分からないが、おそらく、彼が慕ってやまなかった西行法師が、二月二十六日に遷化したことと関係があるかもしれない。とすれば、彼が京を出立したのは、三月の後半あたりだったかもしれない。ともかく、寂蓮が杵築大社に到着したのは、うららかな陽光の暮春のころであった。後二年すると、源頼朝が征夷大将軍となって、鎌倉時代の幕が開けるのである。時代は大きく変わろうとしていた。
当時、杵築大社の南方には、広大な湖、すなわち神門水海が広がっていた。現在の神西湖はその名残である。斐伊川も神門川(現在の神戸川)もこの湖に注ぎ、湖水の水は大社湾(日本海)に流れ出ていた。
寂蓮は神門水海の岸辺に立ち、弥山の麓に鎮座する杵築大社が視野に入った時、思わず息を呑んだのである。
出雲の大社に詣でて見侍りければ、天雲
たな引く山のなかばまでかたそぎ(片削)のみ
えけるなむ、此世の事とも覚えざりける
やはらぐる光や空にみちぬらむ
雲にわけ入るちぎ(千木)のかたそぎ
(『寂蓮法師集』)
出雲の大社に参詣してみたら、雲に被われた背後の弥山の中ほどまで、片削ぎの千木が高くそびえている。それを仰ぎ見たとき、神徳の高さと神殿の高さに圧倒されて、もうこの世のものとも思われないほどであった、と詞書して和歌を詠んだ。島根大学名誉教授小原幹雄の釈文を引こう。
「雲にまでわけ入るほど高く高く聳えている片削の千木を仰ぐと、和光の御神徳が大空に充満しているように思われることだ」(小原幹雄著『島根和歌の旅』)。
寂蓮は都にあって、東寺や八坂法観寺の五重塔など、五十㍍を超える高層建築を見ているはずだが、雲の中に片削の千木が突っ込んでいるような壮大な神殿を見たとき、思わず絶句したのであった。しかも、えも言われぬ木の香が神域に漂って、陶然とするほどであった。それもそのはず、およそ二か月後の建久元年六月二十九日には、正殿遷宮の式典が待っていたのである。
片削の千木とは、千木の先端の外側を、垂直に削ったもので、この型の千木を載せている神社は、御祭神が男神だといわれている。これに対し、先端を水平に削った千木を内削と言い、御祭神は女神の場合が多いとされる。
寂蓮が杵築大社に参詣する二百五十年ほど前、すなわち天禄元年(九七〇)、源為憲は公家の子どものための教科書『口遊』を著わした。その中で、大きな建物の数え歌として「雲太・和二・京三」という語句を紹介している。出雲の大社の社殿が一番高く、二番は大和の東大寺大仏殿、三番が京都の大極殿という意味である。大仏殿の高さは、平安時代十五丈(四五㍍)だったといわれているから、出雲大社はそれより高く、日本一だったのである。
一方、杵築大社には、社殿の高さについて、上古(古代)は三十二丈(九六㍍)、中古(平安時代)十六丈(四八㍍)、その後八丈(二十四㍍)との言い伝えがあるという。現在の本殿はまさに八丈である。三十二丈の建築物は考えられないが、福山敏男博士は文献や伝承も参考にしながら復元図を作成し、十六丈の可能性を示したが、後に大林組プロジェクトチームも福山説を支持した。つまり、杵築大社の神殿の高さが、四八㍍あった可能性は十分あるというのだ。
ところで、平成十二年の四月、大きなニュースが耳朶をふるわせた。大社境内の地中から、巨大な柱根三個が発見された、というものである。柱根の直径はそれぞれ一㍍以上あり、三本をひとまとめに鉄輪でバインドすると、直径約三㍍の巨大な柱になる。この巨柱が大社造の場合、九本あるはずだから、社殿の大きさは想像を絶するものがあったろう。十六丈の神殿はほぼ間違いないものとなった。
このような巨大神殿は、口遊の成立した平安中期から出現したと思われる。なぜなら、『口遊』以前に、巨大神殿について語る史料が見当たらないからである。
神殿の巨大化の時期を説明する場合、大社神殿が何故か平安中期以後、連続して顛倒するという摩訶不思議な出来事についても語らなければならない。
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