収録・解説 酒井 董美 イラスト 福本 隆男
語り手 開頭得雄さん( 明治26年生)
(昭和46年8月11日収録)
昔、村のある家の娘さんがお嫁に行くこと に決まりました。そしてその支度がたいへんです。鼈甲の櫛、 笄 、カナコ 簪 、頭にかぶる帽子、針箱、鏡台、タンス、長持ち、両かけなどをそろえて、やっと準備はできましたそうな。
行く日が決まりました。娘さんがお父さんに聞きました。
「祝言の晩のお座敷で小便がしたくなったら、どう言って席を立てばよいでしょうか」。
父親もちょっと返事に困りました。それで、
「そんなことは川本の光永寺さんがよく知っておられるから、明日聞いきてやる」と言いました。
翌日、父親が二里ばかりの道を歩いて光永寺へ着くと、ちょうどご院主さんは庫裡の入口でワラジをはきかけておられました。
「娘が嫁に行きますが、祝言の席で小便がしたくなったら、どう言えばよいでしょうか。教えてください」と聞きました。
急いでいた院主さんは、
「何を言いなさるか。わしゃこれから法事に行くのだ」と言うと、お父さんはそれが答えかと思い、喜んで
「お出かけのところをありがとうございました」と礼を言って帰り、娘に、
「やっぱり行ってよかった。小便に行くときは
『これから法事に行きます』と言って立つのだ」と教えました。
祝言の晩が来ました。型どおりに次から次へとお膳が運ばれ、そのうちに娘は小便がしたくなりました。「ちょっと法事に行ってきます」と襖を開けて出るとそこには籾がたくさん入っている穀櫃があり、娘は「穀櫃だなあ」と思いました。
さらにまた次の戸を開けて出ましたら、そこにはゴボウ畑があります。そこで娘さんは長い間溜めておいた小便をしておりました。
ところが、ちょうどそのとき、夜明けになり、隣の婆さんが雨戸を開けておりました。そして何やら自分の家のゴボウ畑に黒いものがおります。
「おい、人のゴボウ畑で何するんだ」と大きな声で怒りましたら、
「わしは今、法事をしておりますが…」と娘さんが答えます。
「人のゴボウ畑で法事をするとは、いけんじゃないか」と婆さんが怒りました。
それ以来「人のゴボウ畑で法事をする」とみんなが言うようになりました。
この話は、「人のゴボウ畑で法事をする」という諺(ことわざ)を説明した由来譚である。意味は「他人の力やものを利用して自分の仕事をすること」を指す。同じ意味を表す諺としては「人の褌で相撲を取る」というのがある。
諺の起源をこのような笑い話として説いた古人に、わたしは大らかなユーモアの精神を覚えるが、皆様はいかがなものであろうか。
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