■何を感じるか
たたら製鉄の案内人の尾方豊さんの説明を聞き、たたら製鉄の展示品、櫻井家・絲原家の庭園や家屋に見入る首都圏から来た仲間たち。彼らは何に感動し、何に見入っているのだろうか。時折、見慣れた展示品から目をそらして彼らの視線の先や顔色を窺うことにしたのです。
中国山地の山間にある櫻井家と絲原家を見た第一声は、「凄いな」「綺麗だ」と感嘆の声でした。確かにそうでしょう。山間と言っても道は舗装され、見学用に整備された建物であっても、歴史の積み重ねと重厚な風格をまとい、「日本的」な雰囲気と面持ちをもっています。彼らが感嘆するのは当然のことです。
このあと、彼らがどのような感性の揺らぎをするか楽しみでした。それは「たたら製鉄」や自然の風景はこういうものだと認識した既成概念から、どのように解放されるかということです。「アート思考」の試みでもあったのです。
■美術品「日本刀」に魅入る
彼らの興味深げな眼差しは、美術品の「日本刀」に吸い寄せられています。櫻井家の可部屋集成館でも、絲原記念館でも、そして奥出雲たたらと刀剣館でも同じでした。彼らがたたら製鉄の歴史や工程に無関心であるのではありません。事前に『NHKスペシャル・玉鋼に挑む』や『島根国』のたたら製鉄の動画を観たからでもありません。日本刀のもつある種の怪しげな存在を感じたからでしょう。
そこには展示する側の『演出』(プロデュース)と観る側の『概念』(価値観や嗜好性)が一致する伝統美術品への日本的な風土によるのか、それとも出会った驚きによるのか、第三者の視点では計り知ることはできません。後日、皆さんから訊くことにします。
■たたら場と大鍛冶場
たたら製鉄イコール「日本刀」と思われる方が非常に多い昨今です。事実、日本刀も製造しています。しかし、歴史を紐解き、冷静に考えると一部であることが分かります。
出雲地方のたたら製鉄は、『出雲國風土記』(733年編纂)に既に記載されています。ということはそれ以前6世紀のころより始まったと推測されます。
さて、日本刀が主流ならば、殺人兵器製造拠点として奥出雲や飯南町は、明治・大正・昭和初期まで存在したことになります。新たな価値を生まない非生産物の日本刀を製造つづけるほど、奥出雲は豊かな村でも、流通が盛んな町でもありません。むしろ、農業生産物に支えられた町です。
尾崎豊さんの解説と「たたらと刀剣館」で見学した砂鉄を採集し、各種道具になるまでの「たたら場と大鍛冶場」を簡略して紹介します。
奥出雲には『仁多米』という美味しいブランド米がありますが、人も動物も食べなければ生きてはいけません(原点)。弥生時代以降、稲作を中心とした農耕民族にとって、安定した米の生産(暦・治水)と貯蔵(災害や野鼠対策)は村の『長』の必要不可欠な指導であり資質でした。それが部族や集落の強さとなり、人口増を促したのです。
農業とともに道具の開発も特殊な技能でした。やがて道具作りの専門家集団が生まれ、産業としての製造業を形成します。
「たたら製鉄の旅」の意見交換に出席された農業を営む藤原功さんは、「この集まりに出席するために、朝から畔や畑や径の草刈りで大変でした」と話されました。いまでこそ電動草刈り機がありますが、昔は日の登る前にカマで草を刈っていました。腰に負担がかかり大変な作業です。腰への負荷を低減するために切れるカマや、立った姿勢で草が刈れるカマが生まれました。応えたのが村の鍛冶屋(集落にある)でした。
奥出雲にはかつて国内シェアのトップの「ソロバン産業」がありました。煤竹を削る道具、算盤玉の穴を微調整する道具等々、精密さと緻密な切れ味が求められます。それに応えることが出来たのもたたら製鉄から生まれた道具です。
たたら製鉄によって生まれた道具は、奥出雲の、そして島根の農業や産業を支えます。道具を使用することで新たな産業が生まれ、新たな価値を生んだのです。コトラーのマーケテイング理論「顧客の創造」「市場の創造」の原型です。
刀も新たな市場を生みました、武力集団という階層を。そして破壊によって再構築という市場をつくりました。日本刀が何も生まないのではありません。しかし、そこには多大な血が流れ、多くの犠牲を必要としたのです。
黒澤明監督『七人の侍』のラストシーンを思い出します。侍の勘兵衛はこう言います、「勝ったのはあの百姓たちだ、儂たちではない」。戦に勝つという戦闘ではなく(野武士同士)、生きるという生産手段をもつ農民の執念と生き様です(実際に勝ったのは漁夫の利の領主ですが)。
生産手段としての技術発展が農業にもたらす価値は多大なものでした。産業の発展こそ生産高に裏付けられたのです。
■日本刀と道具
日本刀ブームともいわれ、上野の歴史博物館でも日本刀の展示が行われます。1刀・百万で取引されています。鑑賞用や武道の居合抜きです。
小刀のような包丁で魚をさばく古老の板前さんにお会いしました。のれん分けされて店を持つときに親方から包丁のセットを頂いた、その刺身包丁だとのことです。研いで・研いで使ううちに小刀のよう磨耗したのです。奥出雲の出身であることを話すと、鳥上のとある包丁師の名をあげられました。
「奥出雲の田起こしに使う短小犂(たんしょうすき)は、角度が少し違いますわ」と、百姓塾の道具を前に説明してくださったのは宇田川和義さん(多根自然博物館館長)です。気温が低いので平野部より深堀用にできているのです。地域の自然環境や農業条件に合わせた道具の開発です。
多くの道具を生みだしたたたら製鉄の重要な側面です。
用途も違えば、値段も異なります。当然、製造工程や材料も、そして技術者も異なります。買う側も、使用する側も異なります。山を崩して砂鉄を採集するまで同じであっても、物造りの製造工程は多種多様に別れ、製造品も社会のニーズによって多岐にわたります。
■仕事の二重性
仕事には、それが趣味としての仕事であろうと、賃金を得る仕事であっても、二重の側面をもっています。育児の活動も会社勤めの仕事も、その一面では同じです。
・愛の表現と心
『愛』と『告白』についてお話しします。
二つ組のカップルがいます。一組は、豪華なフレンチの店で美味しいワインと食事をしながら、ブランドの鞄をプレゼントし、「愛している」と告白するIT企業の社長。
もう一組は、道を挟んだ居酒屋チェーン店で、酎ハイを飲みながら若者が、安いイアリングをプレゼントし「付き合ってください」と告白しました。
さて、男の容姿や性格に違いがないとして(生活のレベルは異なります)、どちらの『愛』『告白』が勝っているのでしょうか?
心優しい貴方なら悩むことでしょう。当たり前でしょう。貴方は真の心を求めているからです。
では、どちらが良いですかと問えばどうでしょうか。ほとんどの方がフレンチとブランドを選ぶことでしょう。
女性を『愛する』思いは二人とも同じです。ただ、表現の形態、いや資本主義社会の商品価値に大差があるのです。
ここでお話ししたいことはどちらがいいという話ではなく、「愛を表現する形態」と「愛するという行為・感情」の二側面が『愛の告白』にあるということです。
・仕事の成果と営為
「仕事をする」の仕事にも、同様に二重的な側面が存在します。
「仕事の成果」と「仕事の営為」の二つの面です。前者を「具体的有効の仕事」とし、後者を「営為としての観念の仕事」とします。
資本主義経済でも社会主義経済(今あるかと言えばないでしょう)でも、仕事には二重性があります。
「具体的有効の仕事」で価値が評価され価格が定められ、その労働を査定します。「営為としての観念の仕事」は頑張ったねと褒め言葉で終わるでしょう。しかし、「営為としての観念の仕事」への評価がおざなりになると組織は悪しき「成果主義」が蔓延し、組織としての活動や社会(自然も)との関りが希薄となるでしょう。また職業差別が起きるでしょう。
冒頭でお話しした、育児の仕事も、趣味で家庭菜園をするのも、厭々仕事をするのも、夢をもって仕事をするのも、身体や頭を使って行動をする「行為」は一緒です。それが「営為としての観念の仕事」の面です。告白に言い換えれば「愛する」行為です。
■「仕事するを哲学する」の観点
日本刀の刀匠と農具をつくる鍛冶屋を比べ、仕事に優劣をつける方などいないと思います。それぞれの営為はその人の思想や生き様を表しています。ところが商品価値や社会的な評価が付くと、その用途に関係なく『値』で比較されます。それは社会的な『価値』ではありません。
『仕事するを哲学する』は、前回お話しした『自然・未来』の貸借対照表、共創による創造活動に、今回の『仕事の二重性』を重ね合わせて検討することにします。
■櫻井家 可部屋集成館 所在地 島根県仁多郡奥出雲町上阿井1655 電話 0854-56-0800 web http://kabeya-syuseikan.com/ ■絲原家 絲原記念館 所在地 島根県仁多郡奥出雲町 電話 0854-52-0151 web http://itoharas.com/ ■奥出雲たたらと刀剣館 所在地 島根県仁多郡奥出雲町横田1380-1 電話 0854-52-2770 web https://okuizumo.org/jp/guide/detail/208/
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