収録・解説 酒井 董美
語り手 和田要一郎さん( 明治19年生)
(昭和36年7月26日収録)
そいじゃ、昔を語って聞かせようか。
木挽きさんがずっと山奥に小屋を建てて、そこで昼間は仕事をして晩にはその小屋の中で泊まっておった。ただ一番大将の木挽きさんが一人、まだ起きていて算盤(そろばん)で勘定をしておった。けれども、ほかの木挽きさんたちは十人ばかり、気持ちよさそうに眠っておった。
ところが、そこへきれいな女がやって来て、にこにこ笑ってみせる。大将の木挽きさんは、この山奥へ女が来るはずはないがと思いながら見ていると、その女は寝ている木挽きさんの口をちょっと手でいじっては、にこにこ笑っている。そうしてずっと回る。
どうもおかしいと大将の木挽きさんは感じて、掛けてあったハツリ鎌(がま)を手に取った瞬間、女めがけて投げつけた。女は、
「キャッ」と苦しみ叫んでとんで逃げた。
それから、寝ていた木挽きさんを起こしたら、だれにも舌がない。女が舌を取って食べたらしい。
夜が明けて外へ出てみると、血が点々と雪の上に続いている。その木挽きは村の人々に事情を説明して、鉄砲を下げたり、槍を下げたりして跡をたどってみたそな 。
七里ぐらい山奥の大きなタブの木のそばに洞穴(ほらあな)があって、そこの中へ血が続いていたそうな。そろっとのぞいて見ると、大きな猫又(ねこまた)がうんうん苦しがって寝ているではないか。
そこを一緒に来た猟師が鉄砲に弾をこめて撃ったそうな。撃ったかと思うと、その猫又はトーッと跳んで出た。けれどもその前にハツリ鎌でやられ、大きな傷を負っているところを撃たれたために、そこでひっくり返って死んでしまった。
猫又が女になって出てきて、木挽きさんの舌をみんな抜いて食ったということだなぁ。本当のことかどうかは知らんけれどね。
三瓶町池田の和田要一郎さん(当時七十四歳)からうかがった話で、昔話というより、世間話に類するちょっと怖い話である。
猫又というのは妖怪化した猫のことで、わが国には古くから「猫は年をとると猫又になる」といわれている。猫又とは、不思議な妖力を持ち、人の言葉を理解できる猫の化け物のこと。尻尾が二股に分かれており、人間に化けることが出来、人を襲うようになるとされている。
筆者が聞いたところでは、畳の式あわせに添って歩くようになった猫は、すでに猫又になっているという。島根県内のどこかで聞いた記憶があるものの、特定の地名は忘れてしまった。
家に飼われている動物として犬とともに親しまれている猫であるが,夜中に出歩いたり、犬のように積極的に尻尾を振ってなつきやすい犬とは異なり、けっこう自由に行動しているところが、人びとの想像力を刺激して、猫又という妖怪を作り出したのではなかろうか。
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