藤岡大拙
国譲り神話に象徴されるように、古代出雲は大和朝廷の軍門に降った。その時期には諸説があるが、とにかく中央権力(大和朝廷)の支配下にはいったのは事実である。結果、古代出雲人が斎祭る杵築大神(出雲大神)は、黄泉の国(幽界)の主宰者となり、天つ神として現実世界を支配する大和朝廷の祖神(天照大神)と相対し、二極構造を展開していく。長い歴史のなかで、中央権力が衰退したとき、杵築大神の霊威は、時として中央権力を畏怖せしめるほどの存在感を示したのである。しかも、単に精神世界においてだけではなく、現実の政治的世界においても、中央対出雲の二極構造が存在していたものと思われる。
ところで、敗北した出雲は、もう一つの特徴をもつ。それは、徹底した鎖国世界を形成したことである。そのことは、出雲弁というズウズウ弁の存在で証明できると思うが、鎖国出雲がもたらした気質気風・信仰・生活文化など、さまざまな精神的所産において、独特なもの、すなわち出雲的特質が形成されたことでも明らかである。そのへんのことを、しばらく述べてみたい。まず、出雲人の気質について。
出雲人は一般的に保守的、消極的、排他的だと言われている。はたしてそうだろうか。ここに、『人国記』という不思議な書物がある。室町末期に成立したと言われる。以前は稀覯本で、大きな図書館へでも行かないとなかなか見ることができなかったが、昭和六十二年に岩波文庫に収録されたので、今では簡単に読めるようになった。内容は全国六十六か国の気質気風を、極めて辛辣な筆致で述べたもので、武蔵・信濃以外はたいていケチをつけられている。著者は分からないが、儒教や神道の素養を持ち、全国の情報をある程度入手できる立場の人だったらしい。丹後や石見については、書きっぷりが特にひどいが、出雲もなかなか辛口で批評されている。その大略をお示ししよう。
出雲人は万事物事を行うのに、百人中六、七十人は誠実につとめようとする気質を持っている。しかしながら、道理に反するか否かという吟味がいい加減で、行動を起こすときに、善悪・邪正をわきまえずに、神仏に祈りさえすれば、必ず事が成就するものと思っている。愚かな心だ。「人をだます計略は、目先の利益をもたらすこともあるが、後では必ず神罰があたるものである。正直はしばし自分の利益とはならないが、結局は神々の加護を受けるのだ」という託宣があることを出雲人は知らない。「神は道理に反するような願いは受けつけない。正直者を加護してくださるのだ」と言われているのだから、悪い心で神仏を拝んだところで、何の加護があろう。昔から、神を重んずるのがわが国の先例であるが、この出雲国の人間は上下ともに、「神明を知らざるなり」(御神徳を知らない)
以上が『人国記』に載っている出雲人論の大略である。出雲は神の国、出雲人は神に守られた民だと思っている出雲人にとって、これは痛烈な批判である。「神明を知らない出雲人」、これほど出雲人にとって屈辱的な評価があるだろうか。
だが、ほんとうに出雲人は神明を知らないのだろうか。
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