• ~旅と日々の出会い~
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89.「過ぎし昔の秋に問わばや」隠岐郡西ノ島町波止

収録・解説 酒井 董美 
語り手 松浦武夫さん(明治35年生)
(昭和51年(1976)5月8日収録)

あらすじ

 昔、太宰府に樽谷五助という桶屋があった。とても真面目な人だったけど、なぜか貧乏になったので江戸へでも行ったら、運が開けるかも知らん思って、日ごろから天神さんを信仰しているのでお別れに一晩お参りしてお籠もりしました。

 天神さんが、夢枕に立たれて、

 〽過ぎし昔の秋に問わばや、て歌を詠まれた。

 どういう意味かと思いながらそこを発って旅立ったわけです。

 碓氷峠まで行ったが、旅費を全部使い果たしたのでそこの旅籠(はたご)で風呂焚きやってました。

 そこへ大名が泊まりました。家来の侍たちがかわるがわる風呂に入りました。その侍たちが、みんな、

 〽碓氷とは互い染めし濃き紅葉

と言うので不思議に思って「お侍さん、その〝碓氷とは互い染めし濃き紅葉″とは、どんな意味ですか」と聞いたところが、「ここの碓氷峠を殿さまが通るときに、あんまり紅葉がきれいなものだから、歌詠みされた。〽碓氷とは互い染めし濃き紅葉と歌われたけど、その下の句がどうしてもできない。家来たちに、この下の句を詠んだものはほうびをやると言われたから、何とか下の句を作ろうとみんな一所懸命になっている」

「そうですか。そんならお侍さん、こげではどうでしょうか」

「〽古き昔の秋に問わばや、ではどうですか」

「そうか。いいかも知らん」と殿さんにそう言った。

「とてもりっはな下の句だな。

 〽碓氷とは互い染めし濃き紅葉        古き昔の秋に問わばやか。りっはな歌ができた」言ってね、殿さんがとても喜ばれた。

「そいで、おまえが、何したか」

「いえ、そうじゃあありません。風呂焚きから聞きました」

「あ、そうか。そんなら早速、その風呂焚きを呼んで来い」と風呂焚きを呼んで

「おまえが、その歌を作ったのか」言ったら、

「いや、そうじゃない。こうこう、こういうで」と、前の天神さまの夢枕のことを話しました。殿様は、

「ああ、そうか。いいことを聞いた」言ってね、

「おまえが大変信心な感心なものだから」と言われて、たくさんのほうびをもらったという話ですね。

解説

 これは普通の昔話ではないが、さりとて伝説や世間話ともどこか違うような感じがする。あえていえば、人物や地名などの固有名詞が出ているところから、伝説に位置づけてもよいようである。

 信心深い大宰府に住んでいた樽谷五助の真面目さを愛でた天神樣のおかげで、旅行中の殿様から誉められ褒美をもらったエピソードとえばよいのであろうか。

 離島である隠岐の島の島前地区にこうして、秘めやかに天神信心礼賛の伝説が根付いていたのである。穏やかに語ってくださった松浦さんが印象的だった。

出雲かんべの里 民話の部屋 「過ぎし昔の秋に問わばや」

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