― 酒井董美氏『昔話』に続く口頭伝承文化 ―
酒井董美(ただよし)氏が、島根県の口承文芸(昔話やわらべ歌)を集め始めたのは、1960年(昭和35年)1月からです。当時、中学の教員であった酒井氏は、あえて山間農村部や漁村、それもへき地の学校への赴任を希望されたそうです。
それは子供たちへの教育愛とともに、消えゆく昔話やわらべ歌の収集・保存の活動でもありました。そのひとつの形が、生徒たちとの収集・調査のクラブ活動でもあります。
今回、全90曲を酒井氏の解説と教え子でもあるイラストレーターの福本隆男氏の情緒あふれるイラストと共に紹介します。
『わらべ歌』の起源は定かではありません。冷静に考えれば当たり前のことです。伝承と普及の手段としてあった文字の発明よりずっと以前に、「会話」や「掛け声」はありました。五線譜に音階が表現されるずっと以前に、リズムとしての歌が生まれました。(ビートルズのリンゴ・スターが主演した映画『おかしなおかしな石器人』1981年をご覧ください)。
最も古い記録は、平安時代後期(12世紀)の『讃岐典侍日記』に、幼い鳥羽帝が歌う様子が記されています。
戦後生まれの中国山地育ちの私(1950年代)にもわらべ歌の記憶があります。小学に登る前(テレビはどこにもない頃)、近所のお姉さん方に連れられて、「かごめ、かごめ、かごのなかの鳥は・・」や「あんたがた、どこさ、ひごさ・・」、「あの子が欲しい、あの子じゃわからん・・」「とうりゃんせ、とうりゃんせ・・」を歌いながら遊びました。また、鞠を突きつつ「山寺の和尚さんは・・」とか、順番を決めるための「一服ちゃっぷくチャリン茶釜が抜けた・・」など記憶にとどめています。

小学に入ると遊ぶ相手は男の先輩となり、相撲や野球、メンコに石投げとなり、わらべ歌は疎遠となりました。また、学校の音楽教育の影響でしょうか、唱歌や童謡からクラシック音楽へと環境が変化し、教育研修で来た島根大学の女子実習生の奏でる高尚なピアノの音を見に(?)行ったものです。
やがて中学に進級した色気づいた先輩が『平凡』や『明星』の歌詞本を手に歌謡曲、その頃は流行歌といったのでしょうか、「好きだ」とか、「寂しい」とか、真綿で首を締めるような失恋の歌を歌っているのを聞きました。
次の世代である私たちには、そんな歌を歌う前に感性を破壊する音楽が海の向こうからやってきました。エレキギターのベンチャーズ、はかり知れない感性のローリングストーンズ、そして価値観を壊したビートルズ。やがてフォークソングの時代でしょうか。ちまちました歌が嫌で、高校の体育館の裏に不法占拠するようにあったジャズ研の部室で、ショーピーの香りに包まれ首を垂れて聴いたのがジャズでした。
大学受験で上京すると、ミーハーな私は大学の下見ではなくピットインやDUGにナルシス、木馬に足を運び、薄ら闇と紫煙のなかで分かった風にリズムを刻むのでした。そんな頃に衝撃を受けたのがドキュメンタリー映画『ウッドストック』でした。時代は変わった。これは日本でいう歌ではない。瓶の中で舐め合う「歌声喫茶」とまったく異質な情念だと。さらに、こんなに多くの人がカオスという空間に『欲情』していると。
わらべ歌は生活から完全に消えました。木っ端みじんに記憶からも、情念からも、そして体温からも消え去ったのです。
かつて集団就職列車が到着し(1950年代から60年代)、年末に多くの集団就職者が故郷へと返った上野駅の15番ホームに、石川啄木の「ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」の碑があります。
昨年から今年にかけNHK朝ドラ『ばけばけ』が放映されると、いろんな方から「出雲弁は可愛いね、すこし聞こえづらいけど」と感想をもらいました。方言指導をされた藤岡大拙先生や松江出の佐野史郎氏には申し訳ないが、あれはNHKのテレビ用方言に直されていると訂正させて頂きました。その裏付けとして、是非、このわらべ歌を聞いてください。
今回、掲載する「島根のわらべ歌」全90曲は、すべてQRコードがついており、かんべの里のwebサイトにリンクし、収録時のわらべ歌を聞くことができます。
わらべ歌を歌う方は、明治・大正に島根に生まれた皆様です。わらべ歌には、方言という訛とともに、切々と生きてきた歓喜とともに日々を刻んできた機微に織りなされています。
聴けば聴くほどに生まれ育った島根の風土と人情、そして歴史の波に翻弄され、かつ生活者として季節と時世に押しつぶされ、ときに抗い、かつ共調してきた温情や悲哀を感じます。
また、これから島根を旅しようとしている皆様には、今では触れることのできない人々の生きてきた感性を、そして家族を、自然を、そして己の日々を慈しんできた多くの人々の思いを聴いて頂けると思います。

島根に暮らす人、島根を遠く離れた人、そして島根を旅する人にとって、相見た島根、訪ね来た島根の自然が、どのように映るか。その人の負ってきた日々や体験、そして人間関係によって大きく異なり、そして千差満別なことでしょう。
映画『砂の器』の最終シーンの風景が、三木謙一(緒形拳)、本浦千代吉(加藤嘉)、加藤剛(和賀栄良)に、さらに制作者の野村芳太郎や橋本忍、山田洋次にどのように映り、どのような感慨を持ったか。さらには鑑賞者の人々にどのように映り、感性を震わしたのか。美しいのか、辛いのか、物悲しいのか、希望にあふれているのか。すべてその人の生い立ちと、何を生み出したいかの目的によっても異なるはずです。しかし、唯一同じのは、そこに人がいて、人が暮らし、そして人々の生活があり、それに触れて感じる感慨であるという事実です。
酒井董美氏の収録された明治・大正生まれの人々が、己の魂の襞に擦りこみ、そして風雪の日々に育み、さらに日々の喜怒哀楽に練り込んできた「わらべ歌」。是非、聴いてください。そして、それを収録された酒井氏の感想を含めた解説、酒井氏の教え子であり、永くともに昔話やわらべ歌のイラストを描いてこられた福本隆男氏の作品もお楽しみください。
島根のわらべ歌は、書籍にもなっております。
「島根のわらべ歌」
発行 今井出版 0859-28-5551
発行日 2024年 4月 19日


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