• ~旅と日々の出会い~
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海士(あま)の潮風でジンをシェイクする夜

 ― 僕らの時代はドライマティーニが栞だった(GodSpirits) ―

はじめに ― 不思議な酒 ―

酒は不思議なものだ。いろいろな付き合いや関係がある。そんなわけで、酒にまつわる思い出や物語は多種多様だ。そのなかでジンはもっとも不思議な酒だ。
なぜ、ジンを飲むのかと問われても適切な返しができない酒だ。待ち合わせに寄るショットバーの酒、訳ありの沈黙の酒として、友と別れた後の一人梯子酒の相手に、あるいはまだ帰りたくないと告げられた幕引きに。

ところが、そんなこととは別な存在と意味を教えたのが、隠岐の島前(どうぜん)・中ノ島、海士町のジンだった。

■海士町でジンにあった

海士町の港近くの隠岐牛の店で、新しい海士町創りをすすめる皆様と飲んだ。

ときに感じる夜風に誘われた潮の香りや、ほのかに香る柑橘の甘い誘いも、また穏やかに打ち寄せる波に似た刺激も。それはすべて隠岐牛とともに頂く赤ワインと海士のジンの織りなす「縁」であることに気づいたのは、二軒目のスナックでの会話だった。

紹介するジンの製造元は、隠岐郡海士町に新しくできたAMA Whiskey&Co.株式会社。

『私たちが挑むのはジャパニーズウイスキーの新たなスタンダード。日本のウイスキーの歴史を次のステージに繋げるべく、これまでになかった日本流のバーボンスタイルウイスキー = 唯一無二のプロダクトを、仲間とつくり仲間を増やす。2023年5月31日、静岡県三島市の「Distillery Water Dragon」から始まった私たちWhiskeyづくりの物語は、2026年6月、第2号蒸留所「Distillery Drift Mark」のスタートとともに新たな章へと突入します』(webサイト「次の100年を、神々の島から」より)

その会社の新しいクラフトジン『GodSpirits(ゴッドスピリッツ)』に、思い出とは違う「モノ造り・コト創り」をみた。

菱浦港

■ジンは思い出と繋がる青春の栞

若い頃からジンは、思い出と結びつく酒だった。それはジン単体としてではなく、カクテルとしても存在したからだ。有名なのがジンとベルモットを混ぜたドライマティーニと、ジンとライムジュースをシェイクして作るギムレット。

1950年代生まれの地方出身者の僕たちにとって、ジンは文庫本に残した栞に似て人生という日々の節目となり、思い出の呼び水とになって現れる。

・1968年頃、長いお別れ(1958) レイモンド・チャンドラー

高校生というものはとかく「派閥」をつくりたがるもので、僕らの時代は「硬派vs軟派」だけでなく、「ローリングストーンズ派vsビートルズ派」「月刊ガロ派vs月刊COM派」「週刊マガジン派vs週刊サンデー派」「平凡パンチ派vsプレーボーイ派」などがあった。そのなかに「推理小説(ミステリ小説)vsSF小説派」もあり、互いにハヤカワ・ポケットブックを読み漁った。

なぜハヤカワ(早川書房)かといえば、ポケット・ブックには幾つかの斬新な特徴があった。新書サイズより長めの判型で、小口と天地が黄色く染められ、表紙デザインも洋書に似ていた。発行種類も多彩で、翻訳の随所に「エロい」(当時の高校生にとって)表現があり、面白さとともに興奮を覚えた。

とにかく読み漁った。高校の図書館にはなかった。県立図書館や友人に借りた。友人の姉貴も推理小説派で、姉貴の買う新刊本を借りて読んだ。

ハードボイルド小説として分類する方法もある『長いお別れ』。私立探偵マーロウと友人のレノックスの台詞、「ギムレットを飲むにはまだ早すぎる」「本当のギムレットはジンとローズ社のライムジュースを半分ずつ、ほかには何も入れないで」

長いお別れ / レイモンド チャンドラー (著), 清水 俊二 (翻訳)

寮を抜け出し、姉貴と汽車に乗って隣町まで飲みに出かけた。

・1969年頃、アーネスト・ヘミングウェイに魅かれた

この町を出たくて、ヘミングウェイにもはまった。
日本海の海岸で手製のサーフィンボードを削る友の横で『海流の中の島々』や『老人と海』を読み、山の上でテントを張り『誰がために鐘が鳴る』や『日はまた昇る』を読んだ。試験が終わると国道九号線をヒッチハイクで下った。海岸沿いの小さな駅のベンチでヘミングウェイを読む。水道水で濡れた唇が、小説のドライマティーニやジン・アンド・トニックを想像させる。それだけで空腹も、乾いた心や焦げ付いた肌が潤った。

・1970年代に入ると三本立ての映画にはまった

『007シリーズ』のボンドマティーニ(ウォッカ・マティーニ)の「ステイせずにシェイクで」。『7年目の浮気』で、マリリン・モンローが辛すぎるマティーニに対し「私の故郷では、マティーニに砂糖を入れるのが普通なのよ」とバーテンダーに注文する。それが個性であり、自己主張として映った。ジャック・レモンとシャリー・マックレーンの『アパートの鍵貸します』のオリーブ入りのドライマティーニ。カクテルグラスの横に並ぶオリーブに刺したピン、数本。時の流れではない、上司の愛人に恋した男の悲しみが痛いほど刻まれた。

やがて時は流れ・・・。

・20代の旅立ち

・置き忘れた何かを求めて寄った京都、加茂川から鴨川へ。
歩き疲れておばんざいで数杯。ぶらりと歩き河原町四条先斗町。敷石を少し上ったビルの2階。スツールに手を掛けると「ドライマティーニ、ジン多めに」。尖った「蒼の時代」の1人飲み、二軒目の定番だった。そこで知ったマティーニと京野菜の青トマトの組み合わせ。果肉の微かな歯ごたえと微量な青くさい酸っぱさが舌と心に沁みた。それは思い出を濡らす小糠雨のように、やがてまったりと広がる。

・凍れる函館の、襖で仕切った安宿。

欠航で急遽とった宿に置き酒はなく、寒々しい部屋の布団に丸くなる。まだ、8時。外は吹雪。奥の部屋からする旅芸人風の談笑に歌と手拍子。うるさいと怒鳴る勇気もなく、冷めた番茶をすする。
突然、「オシッコよ~」と呂律も怪しい女が襖を開けた。中途半端に落とした化粧顔と緩んだ襦袢。トイレと勘違いし、大きく割った裾。オレンジ色の裸電球に妙に映えた白い太もも。詫びる女に、寂しい夜はお互い様と手を取られ、入った部屋には渡りストリッパーたち。屋根の雪でカチカチに冷やしたジンを、真っ赤な唇紅がついたグラスに注ぐ。スルメと紅の香りと味がする、ジンオンリー・カクテル「雪女との接吻」。

・沖縄のジンとウイスキー。

沖縄の国際通りを外れた裏路で、交互に飲んだ緑ラベルのジャック・ダニエルとジン。日本なのに日本ではなく、アメリカでも琉球でもなく、だが確実に人が生きている。「どうする」と問うた黒髪の黒い瞳に白いジンと琥珀のダニエルが映っていた。その真ん中に咲く、燃えるようなハイビスカス色のルージュの唇で「キャメル」をふかす。大ママの好む『リリー・マルレーン』『ダニー・ボーイ』『誰か故郷を想わざる』がエンドレスに流れていた。

ジンは突然吹く『季節風』。海から陸へ、陸から海へと吹くように。男と女、惜別と再会、愛憎と慈悲が季節によって変わる。ジンは『気分屋』で、扇動者であり、静寂な精霊でもあった。

・ジンとともに

酒には忘れていけない相棒がいる。ジンにも、その場限りの「つま」という相手がいる。『長い別れ』の「惜別と孤独」、『アパートの鍵貸します』の引き裂かれた「性愛と純愛」、オードリーヘップバーンの『ティファニーで朝食を』、ジュリア・ロバーツの『プリティ・ウーマン』にも「つま」があった、性の先の「真実の愛」。
ヘミングウェイの『真理と旅路』のように。それともベルモットを見ながらジンを飲むチャーチルの『感謝と忍耐』のように。
情念だけではない。「つま」には『オリーブの実』があり、『クラッカー』があり、『京野菜の青いトマト』『炙ったスルメ』『真っ赤な紅』『ミミガー』もあった。

ジンには出会いと情況にあったふさわしい有形無形の「つま」があり、それが思い出に色を添えた。

ジンは思い出を呼び覚ます酒だった。2026年の夏までは・・・

■海士のジン

海士町で誕生したクラフトジン『GodSpirits(ゴッドスピリッツ)』は、世界的コンペティションで金賞を受賞した。

原料は隠岐にこだわり、こだわり抜いた。隠岐産のクロモジ(ふくぎ)、海士の崎ミカン、海藻アラメ、塩のにがりなど。水は名水百選に選ばれた保々見地区の『天川の水』。隠岐・海士の豊かな自然の恵みだけで創りあげたジンである。

アルコール度数46%、価格は375ml 3,850円 / 700ml 6,000円 (税込)。(販売方法についてwebで確認してほしい)

・海士と松江の間には

隠岐海士町を訪ねる前日は松江にいた。雨宿りに寄ったショットバーで、ギムレットを頼み、海士のジンについてたずねた。しかし、松江には届いてはいなかった。

「この雨なら明日の隠岐便、欠航よ」。居合せた女性が、誰とはなく漏らす。大橋川を叩く激しい雨。宍道湖の方から雨幕が幾重にも重なり流れ来る。

女は独り言をつづける。
「聞いた話よ、海士のジン、やわらかい香りと、ほんのりした柑橘風味があるそうよ、島のジンにしては、不思議ね・・」と忍び笑いをする。雨脚は激しさを増し川面を鞭打つ。

マスターが「隠岐のジンの記事です」とiPhoneの画面を示す。「ひと月ほどの前の『山陰中央新報』ですよ」

『原酒の製造から瓶詰めまで一貫して手がける県内初の蒸留所で、ウイスキーやジンを生産し、カフェバーも併設して来島者を呼び込み、地域振興にも貢献したい考えだ』
『運営する高橋広敏会長(57)は大手企業の役員時代、山内前町長(海士町)の講演に感化され、同町での事業を考えるようになった。その後、山内前町長のおいで、都内で不動産会社を営む山内茂社長(55)=西ノ島町出身と出会い、共同で開業準備してきた』。『高橋会長は「毎年同じ酒にはならない。今の海士町や隠肢を感じてもらうものを未来に向けて造る」とし、山内社長は「ウイスキーで隠肢に訪れる導線をつくりたい。地方創生の一翼を担いたい」と力を込めた』

海士のジンには匠だけではない。創造というクリエイターとしての出会いと物語がある。

・港に面した店で

翌日、雨はやんだ。日本海は晴れ渡り、内海の穏やかな海面に島影が映る。
隠岐四島を繋ぐ海士の菱浦港のフェリー乗り場や周辺には、若者の姿が目立つ。早い夏休みをとった旅の若者でも、授業が午前で終わった高校生でもない。ここに暮らし働き、またビジネスを模索・創造する若者たちだ。町長が説明した「大人留学」の若者たち。
やがて最終フェリーが出ると港からも潮が引くように喧騒も消え、店が閉まり、やがて働く者も旅人もいなくなる。代わりに港の岸辺に灯がともる。

隠岐牛の店のすき焼き。ワインと交互に口にするジンがあわさって、まるで「ドライマティーニ」と「マンハッタン」を併せ飲む感がする。それは赤ワインのほのかな甘美と海士ジンの柑橘の織りなす彩だろうか。それは黒葡萄の渋みに、海士のクロモジ(ふくぎ)と崎ミカンのレモンに似た香りが口の中で混ぜ合う協奏だろうか。穏やかな波の薫りも、ジンの成分の海藻アラメと塩のにがりのせいかもしれない。

「ないものはない」。海士の逆転の発想が、一品に交互に混ざりあい、深くてさわやかな味と香りになる。

■新しい関係

・海士

海士の町づくりを知り、その物語を学ぶ今、海士にこだわるクラフトジン『GodSpirits』の意味も知る。「神々の島」のジンとしてではなく、海士の自然と風土と人びとの総意としての恵みとして。それは過去からの遺産だけでなく、未来へと繋ぐ意思でもあると。

これまでは思い出を呼び起こす栞の役目を果たしたジンが、これからどう生きるか、何にこだわるか、そして何をなすべきかの『問い』へと変わる。

物語には始まりがある。その始まりが何であるかが極めて大切だ。企業にとって理念・ビジョンのように、新しい夫婦にとっての目標であるように、そこには目的と方向、そして約束がある。

クラフトジン『GodSpirits』は約束した。そしてクラフトジン『GodSpirits』はこれからも海士の自然や人々共に進むだろう。過去ではなくどう生きるのかを、未来という可能性と変化を意識して。

・僕たち

週末、ジンをもって友に会いに行こう。蒼い時代に戻って飲むのではない。まだまだ若くて可能性と意味があり、自然と社会の関わりの中にいるのだと奮起するために。

ジンをトニックウォーターで割りライムやレモンを絞った『ジントニック』でも、 ジンを炭酸水で割った『ジンソーダ』でも、ジンとベルモットを合わせた『マティーニ』でも、『ベルモット』でも、それは参加者次第。
しかし、一杯目はロックで飲もう。きっと冷え切ったグラスの中に緑の海士が見えるはずだ。そして、これが大切なのだが、その緑のなかに皆の力で町と未来を創る海士の人々の姿を見ることだろう。

「つま」は『海士乃塩』。グラスを持つ手の親指と人差し指の間に塩を盛り、舐めつつ飲むのだ。愚痴と自慢話は禁止で、互いに相手の話を聴き、これからを創意する。新たな価値創造。それがこれからの我らの時代に相応しいジンの作法というものだ。

最後に、是非、海士にでかけて中ノ島の海岸縁で、オンザロックのジンを飲んでほしい。そのときの「つま」は海士の潮風。そして海士の町づくりの物語から、これからの何かに気付いてほしい。

ジンと海士の塩
■ GodSpirits

AMA Whiskey&Co.株式会社
島根県隠岐郡海士町福井1345-1
HP: https://ama-whiskey.co.jp/

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