webサイト『島根国』(以下、島根国)は、2026年12月、開設・発信7年目に入ります。そして、毎週更新を続け、この原稿が『304』号となりました。
これを記念して、『しまね文化人類社会学』(意見の場)を計画し、新コーナーをつくることにしました。これまでの歴史文化・関係からの島根紹介を一歩進化し、人は社会や環境にどのように関わり、変化し続けるかを考えます。
その一歩として、「島根」を異文化の「しまね」として相対化します。「日本人」「現代人」「言語」「文化」など同一だとする考え方を一度、脇に置く。あるいは「同じ」という先入観を捨て、「異質」として対象化し「差異」から捉え直します。「多様性」を乱発することで「同一性」を強調する昨今の風潮へのアンチテーゼでもあり、「個」のもつ独自性と創造性を「しまね」の文化・歴史・生活の文脈から掘り起こしてみる狙いもあります。島根を訪ねる側からすれば、「非日常」としての旅のなかで「日常」を捉え直すことです。それが自分のアイデンティティを理解することになると考えます。
「島根」は共通認識しとしての島根。「しまね」は異質と置いた内面の島根です。なんでもかんでも同一を求めるのではなく、差異の中から共通のテーマや目標、あり方をさがしてみます。

「島根」と「島根国」の関係を極論すれば、島根を異文化としての「しまね」として捉えることから始めます。そして、反対側の表現する私たち「島根国」を、固定概念や習慣・思い込みで物事を捉えず、社会変化のなかでたゆまない意識変革(見方・考え方・生き方を変える)をし続ける個として位置付けました。(島根県民ははっきりものを言わない。それ自体を本当かどうか、なぜそうなのかを問う)
そして「島根に暮らす人と島根を旅する人の関係」は、互いを、そして関係を異文化として考えます。同じだと思いこまない。思い込むから、失礼だが「田舎」だとか、あるいは「日本の原形」だとする思い込みが発生する。相互の差異を見つけことで新たな見方や考え方をつくりだす。差異の中に共通性をみいだすことでもあります。
島根に暮らす人と島根を旅する人の出会いやコミュニケーションを通しての価値創造をテーマにしてきた『島根国』らしい領域であり、テーマだと確信しています。今後は、webサイト『島根国』のなかの『自然とビジネス』の「地域と共に創る物語」のコーナーで紹介します。
思考・創造する新しい試みです。関心のある方、興味のある方、あるいは好奇心としてのチャレンジ学習として参加しませんか。
文章の最後に、来年の2027年、発見500年・世界遺産登録20年を迎える「石見銀山」と、島根で唯一人口が増えている「隠岐・海士町」、話題の『VIVANTと奥出雲』の3点を事例に、『しまね文化人類社会学』研究会について少しふれます。



『島根国』7年目を迎えるにあたり、はじめに、読者・ファンの皆様、協力者の皆様に感謝とお礼を申し上げます。皆様の有形無形のご支援があればこそ、『週一の更新』を休むことなく続けてこれたと確信しております。ありがとうございます。
・7というご縁
さて、文化人類社会学的な発想で「7年目」を位置づけます。
結婚でいえば、7年目は「銅婚式」や「毛織物婚式(けおりものこんしき)」です。家族の基盤が銅のようにどっしりと安定する。または毛織物(ウール)のように温かく包み込む関係性。どちらにしても『島根国』が今後も大切にしなければならない資質であり姿勢です。
あるいは古代史の常識と概念を根底から変えた荒神谷遺跡の銅剣358本の発掘、加茂岩倉遺跡の銅鐸39本の発掘に象徴される「銅」の時代を意識します。
また、赤ちゃんでいえば生後7日目の夜に行うお祝い、「お七夜(おしちや)」。赤ちゃんが無事に生まれたことを祝い、土地の神様(氏神様)に家族の一員として認めてもらうための伝統的な儀式。命名紙に赤ちゃんの名前を書いて披露し、家族で祝い膳(お赤飯や鯛など)を囲みます。
島根国にとっても、7年目を迎えてやっと社会の一員として認められた証しとして、そして大切な社会への関りへの深耕として位置付けることが出来ます。
・7の倍数21
益田・津和野の隣りの山口県萩が生んだ幕末の思想家・吉田松陰。吉田松陰が好んで使った「号(名乗り)」のひとつに「二十一回猛士」という言葉があります。吉田松陰は生涯「21回」(7×3)の猛(行動・変革)を行うことを己の宿命・目標としてきました。行うことの高度や大小という現象や結果ではなく、時代の変化・多様性の中で変革し続けることの意味と意義をあらためて考えさせられます。
月山富田城の山中鹿之助の「我に七難八苦を与えたまえ」の三日月の誓いも、変化成長することへの試練と考えます。
7年目を迎えた島根国として「7」を大切にする意思として、島根を異文化としてあえて位置付けた「しまね」、『しまね文化人類社会学』を考えた次第です。

開設の2020年は、第二回東京オリンピック・パラリンピックの延長に示されるように、新型コロナウイルスのパンデミックにより、世界中の人々の生活、政治経済・社会インフラが機能不全となり、激変した年でした。それは『島根国』運営会社の(株)オウコーポレーション(設立2012年)にとっても、年間売上げの三分の二を失う事業損失とともに、提案営業のチャンスも失う絶望と破綻の年でもありました。
そのときあらためて確認したのがオウコーポレーションの『理念』『ミッション』と社名への誇りでした。
※オウコーポレーションのサイト https://www.ou-c.com/
仕事がなくても人は繋がり、繋がりを求めて何かを生み出そうとする。仕事がないから何もしないのではない、何かがある。この機会に相応しい仕事がある。それが島根への恩返しと原点確認としてのwebサイト『島根国』の立ち上げでした。(仕事=働くことは、金儲けだけでない)
サイト構築・運営は独りでできる事業ではありません。システム構築・デザイナーなど多くの会社や個人の協力を賜りました。そして原稿を投稿して頂く皆様、快く取材に応じて頂いた方、さらには多くの情報提供者の皆様に背中を押していただき、共に走って頂きました。
「続ける」。続けることが大変であったというより、続けることで「体力」と「知恵」、そしてアクセスして頂く皆様からの「信頼」を築くことができました。
首都圏に暮らす私たちにとって、生活環境は島根にありません。年に数回島根に帰る程度では、生活者の感性に追いつくことはできません。故に首都圏で開催される島根関係のイベントや講演会に出かけ、テレビ番組や記事は見ます。新聞『山陰中央新報』のデジタル版も購読します。さらに、この6年間で手にした島根に関わる書籍・資料は千点に及びます(データベース化)。
「続ける」ことの基本は、謙虚で、我慢強く、素直であることだと理解しました。それは他者の意見を聴き、他者の思いを感じることだと置き換えることが出来ます。
「しまね文化人類社会学」の基本のひとつです。

過去も事実も変わらない。とんでもない考えです。これこそ思い込みと偏見です。過去も事実も、その時の価値観や歴史認識の結果であり、時代の変化(発見など)によって大きく変わり、逆転します。それが荒神谷・加茂市和倉遺跡の発見で大きく変わった「大和と北九州の二代王朝説」でした。さらには王朝はひとつではなく複数ある見方・考え方の誕生です。
人間関係も大きく変化しました。「俺についてこい」的なリーダーシップ論は今では通用しません。まして滅私奉公や年功序列の企業は淘汰されます。しかし、今の感覚で1960年代の高度成長期のビジネスマンの生き様や感性を分析すると大きな過ちを招きます。情況や環境の違いを無視しての批判や否定では、次に何をすべきかの建設的な問題意識を生むことはありません。あえていえば「思考力の貧困」です。
過去を見て、次に何をすべきか、この姿勢が過去を意味あるものとします。
「next」。それは「次」ではなく、過去を踏まえて「何をするか」、それは「なぜするか」という問い返しと「誰のために」という視点があって、「どうするか」の手段に繋がります。
島根国は7年目を迎え「しまね文化人類社会学」の概念を思い立ったのは、「変化」を考えた結果です。
過去や現在を見るとき、現象(見た目・外)だけを洞察・分析して思考するのではなく、本質(心や思い・内)を極力見つめるようにする。それは相手の立場で考えてみるだけではありません。過去を過去の感性や現在の理論で考える。現在を過去の習慣・文化に投影し、未来にとってどうなのかを模索する。そしてなによりも大切なことは、時代や社会が常に変化するように、私たち「島根国」も常に自らの意思と思考力をもって主体的に「変わり」つづけること、「変革」することであると。それが「next」だと考えます。

私たちはこれからも「出会い」と「繋がり」、そしてそこからの共に「創造する」(共創)を大切にします。
愉快に飲むための出会いも大切にします。また、ともに体を動かすこと(スポーツやボランティア活動)で共感する出会いも求めます。そして、言葉や概念にできにくい感性の蠢きを言語化(形)する探求と試行の出会いを求めます。
今回の「しまね文化人類社会学」の集まりも、季節の変わり目のむず痒い感覚を納得するような言語化、あるいは季節の移り変わりの寂寥感と虚しさを「なぜかな」と対話するために、そして遺跡の裏側に回って、あの時代には車がないのにどうしてこんなに道幅が広いのと考えてみる、そんなやっかいで、素朴で、そしてなによりも生活と生活感覚に近いところで考えてみます。

たとえばこんなことから「しまね文化人類社会学」は考えはじめます。
・石見銀山と大森の町
今では綺麗な町並みを残している大森の町です。しかし、一時期、建物は廃墟となり、町は随分寂れました(1923年閉山に伴い)。復興したのは世界遺産に登録されたからではありません。登録活動の前から復興活動がありました。そのために中村ブレイスや群言堂の「町創り」の活動があったのです。
※(島根国参照)「地方創生の活動」
2027年、「石見銀山発見500年、世界遺産登録20年」で大森の町を訪ねるときに、世界遺産と切り離し、生活者と社会との関りの視点で「大森町」を探索してください。そこには、遺産としての地域ではなく、生活者(生きる)の意味での世界が見えてきます。
なぜ寂れたか。石見銀山の採掘が終焉を迎え閉山となり、工夫や家族が山を去り、関連会社がなくなったから。たしかにそうです。しかし、それは現象分析です。従来の統計学をベースとして社会学の分析です。
本質は大森の町が、鉱山に経済と生活の基盤のすべてを置いた構造にあります。一つに頼る構造は一つがつぶれれば連結倒産する。いつまでも銀があると思った。事前に戦略を立てなかった。町の経営者が未来の大森経営の目測を誤り、放棄したことにあります。しかし、これも今だから何とも言える分析です。
一歩引いて考えると、今日の経済と自然環境と構造と関係は同じです。いつまでもある思う自然。自分だけなら自然破壊は許されると思う個人主義。生活の利便性と自然環境破壊。はたして十何年後も変わらない地球でしょうか。
それなのになぜ、町が再建できたか。イベントとしての『石見銀山発見500年』を鉱山見学だけでなく、町の歴史と人びとの行動との関連で散策してもらいたい。そこから学ぶことがあり、目先の利益の目論見から存在と継続に何をすべきが見えてくるはずです。
・人口増加は施策だけでない(海士町)
島根の中で唯一海士町が人口増加するのはなぜか。人口増は結果であり現象です。そこで増える理由をたずねます、どうやったら増えたのですかと。高校生の島留学から移住計画の試行としての大人の島留学制度。自立・挑戦・交流制度の実施。説明を受けた他ほかの自治体は「施策」を真似ます。ところが制度をつくっても上手く運用されない。費用は投資したが回転しない。さらにはおもったほどの成果がでない。
真の理由は、島根国でも紹介した「人と人の温かい出会いと関係」(人間関係と文化、そして志)であってこその制度です。そのマインドや関係、そして構造がなければ手段としての「施策」にお金をかけても目的は具体化しません。構造を真似ても成果を生まれません。「仏像彫って魂入れず」。魂の部分をどう作るか。逆に魂をどうやって見抜くか。そこに文化人類社会学の視点があります。
・VIVANTと奥出雲
なぜ、テントのノゴーン・ベキ(乃木卓)(役所広司)と子供乃木憂助(堺雅人)の実家は、奥出雲(たたら製鉄の三大鉄師・櫻井家)であらねばならなかったか。考えたことがありますか。
たたら製鉄ではない。へき地であったからでもない。そこにはドラマに表現されない(しない)意味がある。餅を好むドラムに向かって言う「奥出雲のお餅」。演出と脚本の福澤克維が奥出雲にこだわる理由があります。
ドラマに誘われて奥出雲に向かうなら、ロケ地めぐりも、VIVANTグッズあつめもたのしいことです。そこでもう一歩、なぜこの地を選択したか散策してほしい。なぜJR伯備線の「生山」駅をロケ地にしたか考えてみる。ついでに奥出雲町と雲南市のたたら製鉄の三大鉄師を訪ねてほしい。田部家・櫻井家・絲原家を見学して、鉄の時代を考えてください。また地元の皆様も「VIVANT」効果だけでなく、福澤克維のマインドを活かしてほしい。
「なぜ」という疑問を持つこと。その疑問も回答も千差満別です。それが面白い。石見銀山も、海士町も、奥出雲も「日本だ」とか「島根県だ」と先入観があるから見えなくなるものが多々あります。「貴重だ」「奇跡だ」「珍しい」と特殊化するから偏見や誇張が芽生えます。
好奇心で見る。その原点を「異文化」「異質」として眺めて、考える。「そうなのだ」「こんな人がいるのだ」「こんな出会いがあったんだ」「互いに作る工夫があったのか」と、疑問と驚きから始まるたゆまない努力と協業の先に見えてくる未来があります。
「しまね文化人類社会学」、大上段に構えたかもしれません。しかし、構えたからには振り下ろさなければ意味がありません。さてどこに振り下ろすか、一緒に考えましょう。その一歩を暫くは概念規定・前提設定、領域と方向性創りと共有からはじめましょう。
わたしたちは『島根国』は沢山の人に出会い、取材をしてきました。まず、そこに視点を置きます。フィールドワーク。外から見つめます。
次に、現在と過去を並列で眺めます。それは、内面から現象をみることです。
例えば『文化産業遺産・木次線』の「乗客・駅務員・乗務員群像」で、「さんどさん」「富山の薬売り」「鋳掛屋」(これから)を紹介しました。木次線という社会インフラと地域での生活を外から来る人との出会いと関係、そして心の変化を内側からみます。そこには既成概念や習慣、さらには思い込みがあっても内側を見ることで現在でも継承しなければならないもの、差異が見えてきます。
「木次線物語 ― 駅舎と車窓と人たち―」
違いを認めること。そして現象に左右されないこと。なによりも「なぜ」と疑問を持ち、考え抜き、言語化する、これが「しまね文化人類社会学」の始まりです。


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