今回は趣向を変えて「古代出雲」や「出雲神話」と森など、出雲の神々と自然に関係する書籍を紹介します。こんな視点からの「古代出雲」や「出雲神話」の世界、広げてみた「島根」の地、森と神と人の関りについてお話しします。
島根の自然と文化に関心を寄せられる参考に、また島根を旅する前の予備知識に、そしてあなた自身を考える切っ掛けにしてください。
712年(和銅5年)、太安万侶によって編纂されたと伝えられている『古事記』は、上中下の三巻から成り、上巻の大半が出雲神話に割かれています。
『古事記』研究に関する著書を数多く出版される三浦祐之先生の著書の一冊に、『出雲神話論』があります。650ページにも及ぶ本著書は、三浦祐之先生の出雲神話研究の総体集(更なる研究が行われていると思います)ともいえます。
特に「第一章 出雲とはいかなる世界か」と最終章の「第六章 制圧される出雲」は、示唆に富んだ内容で、古代史研究における「国家論」への問題提起です。
出雲神話(含む研究)や三浦祐之先生の考えに興味のある方は、体系化された本書を是非お読みください。これ以外にも古事記と出雲に関する書籍が出版されています。また『口語訳古事記、神代篇』(文春文庫)は古事記の世界分かり易く紹介してあります。
さて、古代史における「出雲の国(王朝)」について、二点、紹介します。
一つ目は、ヤマト王朝以外に複数の国(王朝)が存在した。
今日、地政学や歴史学を引き出すまでもなく、冷静に推測すれば複数の国が存在したことは至極当然なことです。ところが戦後直下に生まれた団塊の世代や次の世代が、中高の日本史の授業で学んだものはヤマト王朝の単独統治でした(曖昧な表現ではあるが)。もちろん卑弥呼の邪馬台国が北九州なのか大和なのかの議論はありました。しかし、それさえも地方の「豪族」としての位置付でした。それは戦後、復興から世界の日本を目指した、首都を頂点とした中央集権的な考え方が多分に影響していたと思います。
「出雲」は、奈良と九州の両方から文化の影響を受けた中間地点的な「地」(国の体をなさない)として位置付けられていました。
ところが、1983年、島根県の荒神谷遺跡からこれまで全国で発掘された本数以上の358本の銅剣が発掘され、1999年には僅か数百メートルしか離れていない加茂岩倉遺跡から大量の銅鐸が発掘されました。それは考古学のみならず日本史においても驚愕すべきことでした。出雲はにわかに辺鄙な地、フィクションの世界(神話)から高度に発達した国、リアルな世界に浮上したのです。また『古事記』に描かれた神話の世界=出雲を見直す契機ともなりました。
列島には、特徴ある文化が複数存在し、それぞれの祀りごと(政治・行政)を独自に行う国(王朝)あったのです。それを「国」というか、「王朝」と呼ぶか、はたまた従来通り「地方豪族」とよぶか、皆様方の価値観や史観にお任せします。
しかし、従来の中央集権的ヒエラルキーの構造で説明できないことが見つかったのです。例えば従来の「富める中央と貧困な地方」では解明できない文化や技術です。こうした捉え方や考え方は、哲学や文化人類学の領域でも起きた世界的な規模での潮流でした。出雲という「国」の考え方は、古代という社会を考え直す契機となったのです。
「国とはなにか」、「王朝とはなにか」、その概念規定にはそれぞれの史観や価値観があります。これについては、網野義彦先生の『日本社会の歴史』(岩波新書)を推薦します。
二つ目は、出雲神話の終盤、アマテラスへの「国譲り」神話です。
若かりし頃、町の酒宴で議論が白熱すると、「神代の時代から争いごとを好まず、国さえ譲った出雲(しまね)だぞ」と穏やかに諫めるご老人がいました。はたして大国主命は「出雲の国」をアマテラスに譲ったのでしょうか。
複数王朝説を仮設すると、むしろ「制圧」されたとする考えが妥当です。『古事記』のなかでも「力自慢」や「諏訪湖まで追い詰める」話など、明らかに戦として位置付けた方が論理的に妥当です。
「譲る」とは、上下の支配関係があればこそ成り立つ考えで、国として、王朝として存在するならば無理なことではないでしょうか。
日本遺産の稲佐の浜にて沈む夕日を見ながら、あるいは大木に包まれる出雲大社の参道を歩きつつ、暫し瞑想にふけるのも旅の良い思い出になると思います。
(告知 近々旅小説にて紹介します)
梅原猛先生の考え方や著書には賛否両論あります。個人的には「面白い」方だと思います。それを示すのが『葬られた王朝』にまつわる逸話です。
著書『神々の流竄(るざん)』で「出雲王朝は存在しない」と否定された梅原猛先生は、荒神谷遺跡、加茂岩倉遺跡での発見を整理し自説と価値観を否定し、「出雲王朝」の存在を認め、出雲大社に謝罪に出向かれたのです。そんな行動や姿勢が、哲学者であり、民俗学者であって古代史研究家、そして宗教学者である梅原猛先生の個性的なエンターテインメント性を形成したのでしょう。また「梅原日本学」の本質だと思います。
素直に間違いを認めることがどんなに大切かを考え、知る意味でも参考になる書籍です。
三浦祐之先生とは理論としては相いれない仮説ですが、両先生とも単一王朝ではなく、「出雲王朝」の存在を前提とされています。
(告知 柿本人麻呂の数奇な人生を描いた『水辺の歌』。近々、山陰の和歌を紹介します)
さて、出雲大社や伊勢神宮など多くの神社は大木に包まれています。『島根国』で紹介した氷川神社や熱海の来宮神社も、また京都の神社も大樹に包まれ鬱蒼としています。そしてご年配の方なら記憶に残っている神社の「鎮守の森(杜)」があります。
鎮守の森は、明治の神社合祀令で減少し、さらに木材資源として伐採され、また都市開発によって森ごと奪われました。京都の糺の森や東京の明治神宮のように人工的に残した森もあります。しかし、あなたの周りに鎮守の森が残っていますか(?)。
自然崇拝を背景とした神社にとって、森や樹木は大切な意味を担っていました。そして、自然と神との出会いと関りの場でもあったのです。また、鎮守の森は、住民の憩いの場であるとともに防火林でもあり、3.11東日本大震災では津波の勢いを減衰させた防潮林の役割を教えてくれました。
私たちは、神社や神話、村々の伝承を通して、森という生き物、森林という仲間、山という世界を考え直す時期に来ています。むしろ既に来ていたのです。
梅原猛先生は、3.11東日本大震災以降、津波で亡くなられた人々への鎮魂としての宗教観の育成と共に、ますますの森林への関りを深められました。
それは、過去の行為や遺跡を掘り起こして解釈するだけでなく、その事実を今に、そしてこれからの未来にどのように活かし、あるいは再生継承し、思想とするか、「行動学」に置き換えることができます。
神社に参拝されたら、是非、鎮守の森とも会話をしてください。広葉樹林の大木に耳を寄せると生命の流れる息吹がします。もちろん枯れ葉にも再生という命が宿っています。
全国どこにでも神社があります。旅先だけでなく、通勤通学の途中、足を止めて神社の木々を探してください。もし見つけることが出来なければ、その事実こそが乱伐された日本の姿です。
『森の思想が人類を救う』は、2011年の東日本大震災より以前の1990年の講演内容です。「梅原日本学」の神話と森林について考える切っ掛けになればと思い紹介しました。
養老孟子先生の都市と田舎の二住居制の「参勤交代」。大変面白い考えです。島根県のI/Uターンのパンフレットにも活用されています。
失われた感性、そして自然との関わりを取り戻す。それだけではありません。養老孟司先生は「日本に健全な森をつくり直す委員会」の委員長として、自然の再生保護の活動と共に虫の観察を通した自然との触れ合いも実行されています。
私たちは商品社会によってもたらされた便利さとか消費欲をすこし横に、鎮守の森から森林や山を考えてみることが大切です。その一つとして、自分にできる参勤交代にチャレンジしてみませんか。
さて〆としての神話です。
島根県太田市五十猛町に、五十猛命(いそたけるのみこと)を祀る「五十猛神社」があります。
五十猛命とは、素戔嗚尊(スサノヲ)の子神で、『日本書紀』では父素戔嗚尊とともに高天ヶ原から降臨します。素戔嗚尊が穀物の種なら五十猛命は樹木の苗木を持ち帰った神様で、日本各地に植林し、今日の青々とした木々の繁る山々にしたと伝えられています。
島根県内にも五十猛命を祀る40数社の神社がありますが、全国至る所にも祀る神社があり、『島根国』の「全国の出雲の神々」で紹介した熱海の来宮神社もその一社です。
昨今SDGsの達成すべき目標の一つに自然との共生が注力されています。私たちがいかにして自然と共生するか、自然の再生管理をどのような考えですすめるか。
美しい自然。その恩恵を享受し、また自然を美しいと感嘆することは誰でもできます。当たり前に受け、喜ぶ気持ちをもう一歩進め、この自然を次の世代につなげ、共存するアクションにつなげるか。神話を通して学ぶ知恵であると思います。
問題提起は、私たち一人ひとりに戻ってきます。『島根国』もまた新たに、自然との共生もテーマとして取り組んでいきます。
書籍、およびパンフレット一覧 ・三浦祐之著『出雲神話論』講談社 ・梅原猛著『葬られた王朝』新潮文庫(改訂) ・梅原猛著『森の思想が人類を救う』PHP研究所 ・養老孟司著『養老孟司の幸福論 まち、ときどき森』中公文庫(改訂) ・パンフレット『島根へ定住。[現代の”参勤交代”]のすゝめ』(公財)ふるさと島根定住財団他 ・三浦祐之著『口語訳古事記、神代篇』文春文庫 ・網野義彦著『日本社会の歴史』岩波新書
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