御茶ノ水駅か秋葉原駅から十分ほどの、閑静なところに神田明神はあります。
明神男坂の石段を下り左手湯島の方へと続く裏路を歩くと、今にも桶を小脇に湯上りの浴衣姿の粋でいなせな女性が現れそうな雰囲気が続きます。
夕闇が迫る少し前、女将さんたちの井戸端会議の横で子供たちが遊んでいるころ、赤い灯はともっているが暖簾は仕舞われた小料理屋を覗き、「まだですか」とたずねる。姉さんかぶりの女の人が、「お酒だけならいいわよ」とカウンターの端を指さす。煮物の香りにまじってほのかに石鹸の香りがする。「お仕事の帰り」。はいと返事をする前にきゅうりの酢の物が瓶ビールと一緒に置かれ、「手酌でね」と艶のある声でぶっきらぼうに言う。
たすき掛けした浴衣から覗く二の腕に吸い寄せられる。裏のガラス戸が開き、胡麻塩頭の爺さんが入って来る。「おや、もうお客さんかい。それともせっちゃんのこれかい」と小指を立てる。「おじちゃんたら」と笑窪を作り、「暖簾、だしとくれ」と長い睫毛で見つめてくた。「あいよ」と江戸っ子でもない私だが、暖簾を手に素早く戸を開けて飛び出す。「いいあんちゃんだ」。嬉しくて、軒下の盆栽が眼に刺さるようだ。
池波正太郎の小説のようなこともある、「神田明神」下の物語。
中年以降の世代の方なら、舟木一夫の歌う「誰がよんだか~」のフレーズが脳裏に残っていることでしょう。
「明神下の平次というもんだが」と大川橋蔵、風間杜夫や北大路欣也が十手をかざして推理します。腰には寛永通宝。「お前さん、ちょっと待っとくれ」と切り火する香山美子。そんな二人が暮らしていた長屋が、今回紹介します「神田明神」の石段下です。
野村胡堂の小説『銭形平次捕物控』をテレビ時代劇した『銭形平次』は、1966年から1984年、その後は夕方の時間帯で再放送されました。水戸黄門と並ぶ国民的な番組でした。
時代設定は、当初、寛永期(1624年 – 1645年の江戸初期)でしたが、中程から文化文政期(1804年 – 1830年、江戸後期)に移ったとのことです。
神田明神下に設定した作品を記念して、神田明神の境内に銭形平次の碑が建てられています。そんな庶民にも好かれる神社ですが、由緒ある神社でもあります。
神田明神には数奇な流れがあります。
はじまりは天平2年(730年)※①、武蔵国豊島郡芝崎村(現在の千代田区大手町の将門塚周辺)に入植した出雲氏族系の真神田臣(まかんだおみ)によって、大己貴命(オオナムチノミコト)を祖神として創建されました。大己貴命とは大国主命(オオクニヌシノミコト)で、出雲大社に祀られる出雲神話の国造りの神様です。※②
※① 720年、『日本書紀』編纂完了。 723年、三世一身法を施行。『古事記』編纂の太安万侶没。
※② 大国主命(大己貴命)については、当サイトの出雲神話を紹介した『出雲神話と神々』をご覧ください。
承平5年(935年)、理不尽な徴収や横暴な支配に坂東武士・平将門は立ち上がりましたが、京より派遣された平貞盛の軍に敗れ下総の地で討死します。その首は藤原秀郷により京の七条河原にさらされました。ところが首は、京から持ち去られて豊島郡にあった神田明神の近く(現在の将門の首塚)に葬られました(飛び去った逸話もあります)。その後、奇怪なことや疫病や天変地異が頻発したため、真教上人によって手厚く葬られました。
延慶2年(1309)※、平将門は神田明神に奉祀されます。戦国時代、江戸時代と武士の時代では、武将によって手厚く崇敬されました。
※元の来襲(一回目)が1274年、鎌倉幕府滅亡が1333年。
元和2年(1616)、江戸城の表鬼門守護の場所にあたる現在の地に遷座し、以後、江戸時代を通し「江戸総鎮守」として崇敬を受けることとなります。※
※徳川家康のブレーン天海僧正は、陰陽五行説の「四神相応」の考で江戸城を囲みました。①北を守護する上野の寛永寺、②鬼門(東北)を守護する神田明神、③南を守護する増上寺、④裏鬼門(西南)を守護する日枝神社
明治時代に入り、社名を神田明神から神田神社に改称され、現在に至っています。
現在「将門塚」がある丸の内は、江戸時代、酒井雅楽頭の上屋敷の庭です。山本周五郎の小説『樅の木は残った』で描かれた原田甲斐の刃傷事件の舞台です。
3柱の神様が祀られています。
大己貴命(オオナムチノミコト)。縁結びの神様で、天平2年(730年)ご鎮座。
少彦名命(スクナヒコナノミコト)。商売繁昌の神様で、明治7年(1874年)に大洗磯前神社より勧請。
平将門命(タイラノマサカドノミコト)。除災厄除の神様で、延慶2年(1309年)ご奉祀され、明治7年(1874年)に一度、摂社・将門神社に遷座。昭和59年(1984年)に本殿に奉祀。
・大己貴命と少彦名命
大己貴命(大国主命)が、島根半島の美保関の岬に座り、葦原の中つ国(出雲国をはじめとした地域)の国造りに苦慮するところに現れたのが、小舟に乗った手の平にのるほど小さな少彦名命です。2神は協力し国造りに励みます。ここに祀られた時期は大きく異なりますが、2神には深いつながりがあります。
※当サイト『出雲神話と神々』「八話 出雲国造り④知恵と知識で国造り」にて、二柱の国造り神話を紹介しています。ご一読ください。また、2柱を祀っている玉造温泉の玉作湯神社も、当サイト『自然の恵み 温泉と芸能』「玉造温泉」にて紹介しています。
少彦名命が神田明神に祀られたのが、明治7年(1874年)と非常に新しいことです。出雲神話では、二神で協力し合って国造りを推進します。いわば統治者(リーダー)と参謀(ブレーン)の関係です。それが同時に祀られていないのは奇異なことです。
神社を建てた真神田臣が忘れていたにしては長すぎます。ではなぜ明治になって急に祀ったのでしょうか。その解が平将門の評価にあります。
・平将門
平将門は、朝廷や公家の土地所有や税の徴収、管理制度や横暴に怒り兵をあげました。また自らを新しい天皇を意味する「新皇」と名乗りました。見方を変えれば、朝廷に矢を引いた「反逆」者です。
武士の時代には崇拝された将門ですが、江戸幕府が倒れ大政奉還がなされた明治維新後、平将門を祀ることへの疑問が出、明治7年に、別殿に移したのです。空いた神座に新たにおさめたのが茨城県の大洗神社から勧請された少彦名命でした。※
※井沢元彦『逆説の日本史 中世の鳴動編』などご覧ください。
平将門が再び本殿に祀られたのが昭和58年(1985)です。科学万博つくばが開催され、初の日本人飛行士が誕生し、電電公社と専売公社が民営化された年です。それまで将門は別院に鎮座していました。現在は仲良く3神が祀られています。
神田明神の近くには、神保町の古本街と楽器街、秋葉原の電気街があります。神保町の街並は変わらないもののスキーなどのスポーツ関係の店もずいぶん増えました。秋葉原も基本は電気街ですが、AKBが生まれ、メイド喫茶も乱立し、通行人に呼び込みするのは電気製品を売るオヤジさんから喫茶店へエスコートするメイド姿の女の子になりました。秋葉原のもうひとつの特徴がアニメです。キャラクターグッズの店も随分あります。
神田明神を舞台としたアニメ『ラブライブ』があります。廃校寸前の学園を守るため頑張る女の子たちが、放課後に神田明神男坂でトレーニングをします。ファンからアニメの聖地としても人気を博しています。
神田明神でもアニメのキャラクターの絵馬やお菓子も販売しています。新しい神田明神も歴史と共にお楽しみください。
・湯島聖堂
江戸時代の1690年、五代将軍徳川綱吉によって建てられた孔子廟です。湯島天神とともに受験生が合格祈願に訪れます。儒教の訓え「仁」、人に接する心のあり方を学ぶためにも、参拝したら如何でしょうか。もちろん良好なコミュニケーションを築いていらっしゃる皆様も。
・東京復活大聖堂
ニコライ堂です。1891年に建てられたネオ・ビザンチン様式の日本正教会の聖堂です。限られていますが、現在も拝観できるようです。一応、確認してください。
・食べ物屋さん
お茶の水界や神保町界隈の懐かしい店といえば、天丼の「いもや」、カレーライスの「キッチン南海」、餃子の「スイートポーズ」、「たろう」に「ジロー」。飲み屋なら「みますや」「尾張屋」「平六」、今あるかどうかは分かりませんが日版の地下食堂。喫茶店なら「さぼうる」「神保町ブックセンター」「タムタム」、名曲喫茶の「カフェビィオット」「珈琲ショパン」、ジャズ喫茶「BIG BOY」「アディロングダックカフェ」などなど。
安くて早くて美味しいのが、JRお茶の水駅聖橋口を出て左の立ち食い「うどん おにやんま」です。
この一帯はお出かけになった折、皆様で散策してください。
神田神社(神田明神) 大己貴命 少彦名命 平将門 東京都千代田区外神田2-16-2 最寄り駅 御茶ノ水駅(聖橋口)より徒歩5分、秋葉原駅(電気街口)より徒歩7分
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