藤岡大拙
辞書を引くと、島根とは島のこと、「ね」は接尾語とある。なんのために「根」をつけたのだろう。語呂がいいのか。いや、そうではなく、屈曲した海岸に、多くの島が点在する情景を表現しているのではないか。出雲国風土記を見ると、島根半島の東部、美保関(みほのせき)や加賀(かか)の潜戸(くけど)のあるあたりを島根郡と呼んでいる。島根半島の日本海側は、島根郡をふくめて、典型的なリアス式海岸で、入江と岬が鋸(のこぎり)の目のように連続する。もちろん、多くの島々も点在している。昔、アイヌ語の研究者が、入江(etu)と岬(мoī)の連続だとして、エツ・モイ→エツモ→イツモ(出雲)という珍説を発表したと聞いたことがある。それはともかく、出雲地方の海岸線の特徴は複雑で島が多いことである。
いっぽう、石見の海岸はどうだろうか。すぐさま思い起こされるのは柿本人麻呂の長歌であろう。
「石見の海 角の浦廻(うらみ)を 浦無しと 人こそ見らめ 潟無しと 人こそ見らめ ・・・」(石見の海の 都野津(つのづ)あたりの海岸を 浦がないと 人は見るだろうが 潟がないと 人は見るだろうが ・・・)
実際に、山陰線の車窓から眺めても、石見の海岸は起伏が少なく、どちらかといえば単調である。
また、出雲地方の河川が、下流に肥沃な沖積平野を造成し、豊かな稔りを提供するのに対し、中国太郎の別名をもつ江の川をはじめ、石見の河川の多くは、沖積平野を造成することなく、ストンと海に流れ出るのである。
このように地理的な環境をちょっと見ただけでも、出雲と石見の違いは大きい。この二国と離島隠岐国が合わさって、明治以後島根県となるのである。地理的環境も、歴史も、気質気風も、言語等々も、異なる三国の融合一体化のために、歴代の知事は心血を注がねばならなかった。
私は九十路を迎える今日まで、いささか島根の歴史や文化を調べてきたが、このごろ、記憶力の減退がすさまじい勢いで襲ってきた。この度、脳味噌が涸れ尽きる前の最後のチャンスをいただいたので、複雑な島根の歴史や文化について、つれづれなるままに、心にうつりゆく、「よしなしごと」(こぼれ話)を書きとめておきたいと思ったのである。
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