収録・解説 酒井 董美 イラスト 福本 隆男
語り手 高田ユメヨさん(明治31年生)
(昭和 37年8月11日収録)
昔、あるところに猿と蟹がおったげなねえ。
蟹は握り飯を拾う。 猿は柿の種を拾う。 拾って握り飯がほしゅうなったもんだから、
「蟹さん、この柿の種と握り飯を替えようじゃあなあか」ちゅうて、
「それなら替えましよう」 ちゅうて替えて、 猿は握り飯をムシャムシヤと食べる。 蟹さんは、 柿の種を持っていんで植えといて、
早く芽を出せ、 柿の種、
早く木になれ、 柿の種
と言うといたら、大きくなってから、柿がえっとえっとなったもんじゃから、こんど猿さんを、
「柿をもぎに来てくれんか」と言うて頼んで。
猿さんが柿をもぎに来てねえ、 そいから、
「それじゃあ、もいであげましょう」 ちゅうて柿の木に登って、猿さんは、おいしいような熟をえっとえっともいで食べてねえ、ほいから、こんど蟹さんがほしくなったもんじゃから、下から、
「猿さん、猿さん。わしにも一つおいしいのをくれんか」ちゅうて、
「ほいじゃああげましょう」 ちゅうて、上から柿の渋いやつう蟹さんに落としかけて、蟹さんは背ながめげたから泣きよったと。
そこへこんど、 臼と昆布さんと蜂さんと卵さんが出かけて来て、
「蟹さん、蟹さん、なして泣くんか」と言うて。
「今日、猿さんと柿の種を替えて、柿がたくさんなったから、猿さんを雇うてもいでもろうて、わたしにも一つくださいと言うたら、柿の渋いのを落としかけたもんじゃからわたしゃあここで泣いておる」
「そいじゃあ、わたしらが敵を討ってあげましょ」言うて、そいから、猿さんの家へ行って、蜂さんはハンドウ( 水瓶) の中へ入っとる。卵さんは囲炉裏の中へ入っとる。臼は天井へ上がって、昆布さんは板の間にながまっとって、ほいから、猿さんが、
「ああ寒よう」ちゅうてもどって来て、火を掘ってあたろうと思うたら、卵がパチンとはじいたもんじゃから、
「あっ痛たたた」。
ハンドウへ行って冷やそうと思うたら、蜂がプーンと来て刺ぁたから、こりゃたまらんと思うて、駆けって出よったら、板の間に昆布がおって、昆布の上へ滑りこけて、それにこんだあ臼が落ちかかって、とうとう猿さんが死んだそうな。
そいで、悪いことをしちゃあいけんけえね、ええことをせんにゃいけんよちゅうて。
「猿蟹合戦」といえば、知らぬ子どもはいないくらい有名な話であろう。ところが全国の話を見渡すと、登場人物も話も多少異なるものも数多い。それもまた、面白いものだ。関敬吾『 日本昔話大成』で話型を見れば、動物昔話の動物競争の中に「蟹の仇討ち」として登録されており、次のようになっている。
「 蟹の仇討」
1、 猿の柿の種と蟹の握り飯とを交換する。 蟹は種を蒔いて育てる。実が成熟して蟹がもごうとするが、もげないでいると猿が現われ、とってやるといって欺き、熟したのは自分がとって青柿を投げつけて殺す。
2、子蟹の復讐。
3、(以降は上記と同じ)
「 25 猿の夜盗」
1、猿と蟹とが共同で穂を拾って、餅を搗く。 猿は餅を独占しようとして失敗して蟹を殺す。
2、子蟹が仇討ちを計画する。
3、栗、針、糞、臼が同情して助太刀する。
それぞれその機能に応じて、猿の家の炉(栗)、水場(針)、戸口(糞)、戸口の上の梁(臼)に隠れて猿を襲撃して仇を討ってやる。
このようになっている。
ここ島根県石見地方の話では、特に仇討ちの応援者がやや変わっている点が面白い。登録話型と共通するものは臼だけであり、他は昆布や蜂と卵という意外な顔ぶれなのである。語り手の高田ユメヨさんの話を聞けば、なるほど、それぞれの持ち場での役割は、確かにそれぞれの個性を生かしていることが分かり納得できる。
また「猿蟹合戦」ではないが、五大昔話として知られている「桃太郎」の話の中で、鬼ヶ島へ出かける主人公についていく家来は、定番の犬、猿、雉の他に、愛媛県では針や馬の糞がおり、広島県では蟹や腐れ縄。岡山県では牛糞、蜂、鉄砲玉といった変わった者も出てくるのである。