※YouTubeの映像と合わせてお楽しみください。
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JR松江駅北口から北東方向に車で15分程のところに、今回の『朝酌(あさくみ)発、中海の朝焼けモーニングクルーズ』の発着地「矢田の渡し」があります。中海大橋ができるまで、大橋川を渡る貴重な渡し船として通勤通学に使用されていました。
矢田の渡しのある朝酌(あさくみ)地区は、奈良時代、出雲と都、出雲と日本海を結ぶ交通の要所として栄え、大きな市が立つ一帯でした。これが起源ならば千数百年の歴史が、矢田の渡しにはあります。また良質の米が生産され、大井浜では須恵器(すえき)が生産されました。
出雲大社の隣にある「古代出雲歴史博物館」には、古代のジオラマが展示されています。あわせて見学してください。
ツアーは、大きく二つに分かれています。
ひとつは、中海に向かうガイドの放送もない、静かな中で朝焼けを眺め、碇泊した船から地元の方が精魂込めて作られたおにぎりとしじみのおすましを食べながら朝焼けを楽しむ「行き」の時間。
ふたつは、朝焼けとおにぎりを楽しんだのち、矢田の渡しへと戻る沿岸の歴史文化の説明を聞く「帰り」の時間です。
それぞれをそれぞれの感覚でお楽しみください。
「朝酌(あさくみ)発、中海の朝焼けモーニングクルーズ」の始まりです。YouTubeと合わせてご覧ください。
①陽いづる幻惑の世界へ出発
午前5時30分(五月末日のこと)、天候は快晴で無風。
クルーズ船『7KNOT(ナナノット)』 は、定刻通り「矢田の渡し」の桟橋を離岸しました。
操縦士は「ロッキー」こと梶田裕幹さん。ガイドは「ショーン」こと小林正康さん。プレイングマネジャーは「かおりん」こと井上香織さん。乗客は私を含め10人。全員、オレンジの救命具を着用しています。
7KNOTは朝焼けの帯に誘われるがごとくゆっくりと中海へ向かいます。
湖面から立ち上る朝霧に朝陽が、望遠レンズの焦点合わせのようにぼやけてはくっきりし、広がっては縮まり、距離感のない幻想の世界を醸しています。
「おはようございます」のガイドの挨拶に、皆様も「おはようございます」と返します。
「本日の朝食は、朝酌は大井町の野津はつえさんが作ってくださいました。朝酌のお米で握ったおむすびと、宍道湖のシジミのおすましです」
朝早くから起き、私たちのためにおむすびを握り、シジミのおすましを作って下さった野津はつえさん、お会いできなかったのですが、心より「感謝」です。
ここから中海まではガイドもなしで朝焼けを楽しむ時間帯です。それぞれがそれぞれの思いと感性で楽しみます。無我の境地で眺め続ける人、まるで手を合わせ拝むように身動きしない人、ときおり小声でハミングする人。みんなの楽しみ方に朝陽が染み入っていきます。
②銅鏡の面にも似た中海
中海大橋をくぐり中海に入ると暫し進み、朝焼けを正面に碇泊します。
湖面は静かで、あたかも銅鏡に映る藍染の絹のごとく穏やかです。そんな貼りついた静寂さに、息をすることさえ躊躇する私たちでした。
葦の葉から落ちる水滴に朝焼けの帯が微かに広がり、水鳥のつくろいに水面が優しく輝きます。なんと愛くるしい世界でしょうか。できうるなら、松江の酒を永遠(とわ)の君に捧げ、交わしたいものです。
「近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ」 柿本人麻呂
(琵琶湖の夕方にたつ波の上を飛ぶ千鳥たち、お前が泣くと虚しくなり昔のことを思い出してしまう)
夕陽と朝陽は真逆です。一日の始まりと終わりでは、心に宿る思いも異なることでしょう。しかし、天と湖面の自然の輝きに接するとき、心に過る本質には変わりはないのです。それは古代であっても現在であっても。そして、柿本人麻呂であれ、私たちであれ。
この朝焼けは、誰かを思うのでも、過ぎ去った月日を顧みるのでもなく、眺めていると、不思議なもので、自分の心が何かを感じているのです。それも、それが自分の心でも、思い出でもないような気持になります。ただ、ただ、朝焼けに溶け入るのです。
③おにぎりとしじみの汁
ショーンとかおりんが、デッキに手際よくテーブルと椅子を設置します。いよいよ、おにぎりとシジミのおすましの御相伴です。
大山の頂の周りはひときわ朝焼けに染まります。中海の水面との交わりを水鳥が飛翔します。エンジンを止めた船は風に囁くのでした。
時空を忘れる陽と水の遥か彼方、古代人が暮らすもっと以前からあったこの景色を、眺めた人びとは語り合ったことでしょう。そういえば、船が桟橋を離れた時、月が見えていました。
「ひむがしの 野にかぎろひの 立つ見えて かへり見れば 月かたぶきぬ」
(東の野に太陽が昇ろうとするいま、振り返れが月が傾いている)
これも島根で亡くなった柿本人麻呂の和歌です。
おにぎりとしじみのおすましを食べ終えるのを見計らって「おにぎり」の説明です。
「『古事記』に登場する農業の神でもあるカミムスビノカミ。稲に宿ることから米を握ることを「おむすび」とする」
カミムスビノカミは出雲系の神様で、素戔嗚尊を守り、大国主を二度蘇らせ、大国主と一緒に国造りをするスクナビコナの母神でもあります。
※当サイト『出雲神話と神々』をご覧ください
「島根県と鳥取県にまたがる中海は面積で日本5番目、宍道湖と同じ汽水湖です。
中海は、海の幸に富み、かつては『宍道湖七珍』に対して『中海七味』の特産がありました。他国産の追隋を許さなかった赤貝をはじめ、十神(とがみ) もずく、本庄えび、小田えび、青手蟹(あおてがに)、てんぐさ、鴨(かも)の七種で中海ならではの特産です。出雲小唄(いずもこうた)にもよまれています」
正月には欠かせない「赤貝の煮つけ」。出雲地方は、これがないと年も暮れなければ新しい年も来ません。
④景色と文化
このツアーは、こんな経緯で生まれました。
「『出雲国風土記』にも記される朝酌です。今でも地域の人たちは大事にし、暮らしています。そんな生活を見守るように雄大な中海が広がっています。中海や朝酌の素晴らしさを皆さんにも感じていただきたいと思い、中海の朝焼けを見ながら、船の上で地元の方が育てたお米のおにぎりとしじみ汁の朝ごはんを食べてもらいたいと思いました」
控えめなお話の中に、自然と文化を大切に、共存してきた朝酌のみなさまの思いを感じます。
人の有様、営為の中でしっかり自然との共存を意識し、実行する。そんなメッセージに朝焼けの美しさを一層眩しく感じました。
三人の朝酌への思いが、三人の優しさを表しています。
ショーン「地元の人に怒られないようにします」。ロッキー「人間の世界とそうじゃない世界がある地」。さおりん「伝えていきたい大事なものがちゃんと今も残っている場所」
⑤須恵器(すえき)の大井町
楽しい食事も終わりデッキもかたづけられると、船は出発した矢田の渡しへと向かいます。私たちはコーヒーを手にガイドの話に耳を傾けます。中海から見える岸辺の歴史や文化の案内の始まりです。
「右手に見えます大井の浜について、出雲国風土記にこう記載されています。『すなわち、なまこ、みるあり。また、陶器をつくれり』と。大井町の裏山や畑を歩くと、現在でも須恵器の破片が散らばっています」
⑥宴と歌垣(うたがき)
「出雲風土記に『邑生の清水(おうみのしみず)』と表記されている泉が大井町にあります。島根の名水100選に選ばれ、今でも朝酌の特産品であるお茶などを栽培する、重要な農業用水として大切にされています」
「また、風土記の中で、『南には海が広がり、中央に沢があって、泉がきらめき流れている。男も女も、老いも若きも、時節ごとに集まって、いつも宴をする地だ』と記されています」
この歌垣、古代出雲歴史博物館発行『展示ガイド』に、「歌垣とは、若い男女が集団で会食し、気に入った相手に対し歌を通して求愛する儀式で・・・一夜を共にすることもありました」と表記されています。今風に言えば、合コンでしょうか。
いつの世も人恋しくなるものです。また明日という未来に向けて出会いを求めるものです。市場が立ち、商いも活発となり町も栄えれば、人が出会い、交じり、求めるのも世の定めでしょう。
⑦ホーランエンヤと中海大橋
10年に一度、松江では日本三大船神事のひとつ「ホーランエンヤ」と呼ばれる伝統行事が開かれます。
「進行方向左の馬潟町は、『いの一番船』として有名な地です。馬潟の櫂伝馬船は、城山稲荷神社のおみこし船が遭難したのを救助したという史実により、いの一番船として、おみこし船引き船の大役を担っています」
「前方に見えて参ります大きな橋は、南の馬潟町から北の大井町に渡る中海大橋です。昭和59年着工、五年後の平成元年に完成しました。全長555メートルです。
あまり知られてはいませんが、勾配は「べた踏み坂」として有名な江島大橋よりも急な坂です。つまり、本当のべた踏み坂はこの中海大橋ということになります。みなさまの力で矢田のべた踏み坂として流行らせていただきたいと思います」
⑧大橋川
「ただいま運航しております川は、宍道湖と中海を繋ぐ大橋川で、連結汽水湖です。大橋川は『水の都』と称される松江を象徴する景観ともなっております」
大根島をつなぐ橋ができるまでは、通勤通学、行商に大橋川をつかった船が松江市と大根島を結んでいました。
⑨塩楯島の手間天神社
「前方に見えますのが、出雲国風土記にある塩楯島(しおたてしま)です。大橋川にぽつんと浮かび、沿道を通う人々の興味を引いてきた島です。島内には手間天(てまてん)神社が鎮座しており、ご祭神として少彦名命が祭られています」
※スクナビコナについては、当サイト『出雲神話と神々』をご覧ください
➉多賀神社
「右岸のこんもりした森が多賀の森です。由緒あるお社「多賀神社」が鎮座しています。水上から参拝するための鳥居があります。主祭神は須佐之男命(スサノオノミコト)ほか5つの神様が祀られています」
シジミ漁の帰りの漁師が、舟から参拝し無事を感謝します。
➉五川合流部
「前方が、松江市内を流れる5つの川が交わる五川合流部です。川からでないと見られない、全国的にも珍しいスポットです」
⑪朝酌の名の由来と市
矢田の渡しの一帯を、出雲国風土記では朝酌促戸(あさくみのせと)と言います。
「出朝酌促戸一帯の様子を『浜辺は人々で騒がしく、家々もにぎわって売り買いの人が近在(きんざい)から集まり、自然に市場を成している』と記載しています。活気づく市場の盛況ぶりが伺えます」
どっこい舎の三人も、この市場を復活したいと、矢田渡船の駐車場で今日も朝市「あおむむ」を開催しています。
朝焼けのクルーズだけでなく、地域の人たちと連携して町おこしの熱意を感じます。引き継がれた文化と関係を大切に、自然との調和の中で育てていかれることでしょう。
7時、7KNOT(ナナノット)は定刻通り、矢田の渡しの桟橋に着岸しました。太陽はすっかり上り、畑には人影があり、川岸の道を市内へと車が走ります。
①「とき」のない時
美しい朝焼けと美味しい食とともに過ごした不思議な「とき」でした。一時間半のクルーズの「とき」。それは日常生活のような私たちが時を追い、時に追いかける感覚ではありません。立ち止まる私たちの横を「とき」が風となって流れて行く感覚です。
運航を担うどっこい舎の皆様には分刻みの時間割があり、私たちに最高の景色を安全に届ける運行管理と細心の注意を払う時間帯です。そんな緊張感や圧迫感をすこしも意識させない方々でした。7KNOTも歩く旅人の影のように目立たぬように付き添っているのでした。
②7knot号のいわれ
どっこい舎は、2020年6月1日設立。理念は、「Everyday is a play, that is our job -もっとあそばんかい-」です。
「7knotは、この船の最高速度です。観光船としては非常に遅く時速約13キロメートルで、自転車の平均速度です」
どおりで視界の移り変わりが自分の息や鼓動に合っていました。
「ノットには、結び目という意味もあります。矢田渡船観光の従業員7人がしっかりと結ばれるように、そして、矢田渡船と地域のみなさん、またご乗船いただくみなさんとしっかりとつながりあうようにと願いを込めてこの名前にしました」
どっこい舎の皆様の穏やかな対応、声掛け、笑顔、そして温もりのある食、気遣いの案内は、皆様の私たちへの思いが創り出したものであることが理解できました。撮影の合間に見た皆様のきびきびした動作と精神を集中した眼差しと雰囲気。それが皆との「繋がり」を形成しているのです。
③船体の色
「船体の色は日本の伝統色を使用しています。上部は、苅安色(かりやすいろ)という黄色っぽい色。苅安はススキの仲間です。地域の先人から受け継いだ歴史や文化を、新たな世代へとつなげていく姿を表現しています。船体下部は、土器色 (かわらけいろ)という色。矢田・朝酌は古来より窯村で栄え、国庁を繋ぐ重要な場所でした。今も残る美しいこの土地のイメージを土器色で表現しています」
「船体は私たち従業員が手作業で塗り替えました」
ショーン、ロッキー、かおりんと多くの仲間たちがペンキを塗っている姿が浮かびます。
日蓮宗長満寺住職のショーンの念仏が、一級建築士事務所ルポロ代表のロッキーのち密さが、しじみ採りの漁師と楽しく会話をしていた環境活動も頑張るかおりんの笑顔が。
④おすすめスポット
皆様にとってスポットはどこかお聞きしました。
ショーン「大橋川にかかっている、大きな電線。この位置が、おおよそ昔の官道に当たっていたのではと言われています。出雲国府から美保関の千酌を経て、隠岐の国に至る古代から交通の要衝を感じることができる隠れスポット」
ロッキー「朝日が照らす静かに揺らぐ水面。早朝は風や波も落ち着いていることが多く、中海の水面もゆるやか。中海に向かう水の道は朝日に照らされた光の道。水面を限りなく近くで味わいたくなります」
さおりん「たくさんの水鳥たち。寒い季節になると、この辺り一帯は、ハクチョウに代表されるたくさんの水鳥たちが冬に海を渡ってやってきます。ここはハクチョウ類が渡ってくる日本の一番南の土地になるそうです。ここは、全国でも最大級の野鳥の楽園で、10万羽の鳥が飛来します。船の上から見る水鳥たちの優雅な世界をぜひ見にきてください」
みなさん個性を表すスポットです。
⑤今後について
「今後は、もっと水辺や船を楽しんでいただけるように、朝酌地区をテーマパークのように育てていきたいと思っています。
元鐵工所の活用、商品企画、お寺の取り組み(テラディッショナル)、移動式トラックなども考えています。イベント企画だけでなく、そこにある場や人にアクセスし、想いを汲んで継続性のある事業を模索し、関わっています」
最後に、松江を旅する皆様へのメッセージを頂きました。
「ここ松江は、楽しい、面白いに溢れております。みなさんの中に眠っているかもしれない、更なるワクワクが、このまちで溢れだすかもしれません。お待ちしております」
ツアーの問い合わせは、「一般社団法人Expe 」。
これ以外のツアーも用意しております。
問合せ先:一般社団法人Expe Tel 0852-61-8015
●「7knotで行くアサヤケモーニングクルーズ」
費用:1人 ¥5,500 (最小催行人数:8名)
注意事項、準備すること:水分補給。船内にトイレがありません。集合場所にトイレがあるのでそちらをご利用ください。
雨など悪天候が予想される場合は前日の正午に中止のご連絡を致します。
●一般社団法人Expeについて 「理念」
「人」が主役の体験観光を造成し提供しています。
体験プログラムを提供する講師役の人やツアーのガイドを「おせわさん」と呼んでいます。その「おせわさん」が得意とする「こと」や職業として携わっている「こと」や研究している「こと」などを体験観光商品として多くの人に楽しんでもらいます。
体験内容は島根の歴史・文化・自然に関わる様々なもので日本人も外国人観光客も楽しめます。
そして私たちは「おせわさん」とお客様のコミュニケーションを大切にしています。お客様にとって「おせわさん」は島根に居るお友達と思えるようにおもてなしをすることを心掛けています。
住所 島根県松江市殿町63 今井書店ビル2階
Tel 0852‐61‐8015
http://matsue-osewasan.com
●当サイトの「島根とSDGs」にて紹介
スイッチバック大全: 日本の“折り返し停車場” 江上 英樹/栗原 景▼
明治の津和野人たち:幕末・維新を生き延びた小藩の物語 山岡 浩二▼
時代屋の女房 怪談篇 村松 友視▼
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『砂の器』と木次線 村田 英治▼
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フジテレビ開局60周年特別企画「砂の器」オリジナルサウンドトラック▼
出雲国風土記: 校訂・注釈編 島根県古代文化センター▼
小泉八雲 日本の面影 池田 雅之▼
ヘルンとセツ 田渕 久美子▼
かくも甘き果実 モニク・トゥルン (著), 吉田 恭子 (翻訳)▼
出雲人~新装版~ 藤岡 大拙▼
出雲弁談義 単行本(ソフトカバー)藤岡 大拙▼
楽しい出雲弁 だんだん考談 単行本(ソフトカバー)藤岡大拙/小林忠夫▼
人国記・新人国記 (岩波文庫 青 28-1)浅野 建二▼
QRコードで聴く島根の民話 酒井 董美▼
随想 令和あれこれ 酒井 董美▼
日本の未来は島根がつくる 田中 輝美▼
石見銀山ものがたり:島根の歴史小説(Audible) 板垣 衛武▼
出雲神話論 三浦 佑之▼
葬られた王朝―古代出雲の謎を解く 梅原 猛▼
島根駅旅 ─島根全駅+山口・広島・鳥取32駅▼
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