• ~旅と日々の出会い~
SNSでシェアする

第八回 覚書・奥出雲たたら製鉄旅を哲学した①

― たたら製鉄を「具体化と抽象化」で考える ―

はじめに

『地域と共に創る物語』のコンテンツのひとつとして『シリーズ 社会・自然とともに「仕事するを哲学する」』を開始し、検討メンバーとともに奥出雲たたら製鉄関連の施設を見学し、七回にわたり手さぐり的な考えではありますが感想を公開したところです。

次のステップに向け、仕事(労働)について「抽象的面」と「具体的面」から考えてみます。仕事に限らず何事にもあてはまることで、抽象化と具体化を行ったり来たりする思考回路こそが未来への扉を開く人間のみがもつ英知です。(AIの今後を含めて検討できたなら楽しいと思います)。

今回は、覚書として指摘するのみですので、皆様の立場から、あるいは経験からご意見を頂ければ幸いです。

奥出雲・百姓塾での意見交換の風景

1 利益を生みだす要素

仕事をする、ひとつの現象は生存する糧を獲得する。企業で言えば「利益」を生むことです。これが仕事の本質とは考えません。

企業の存在使命は顧客をつくり、新たな市場を創り出すこと。そのためには、企業は将来にわたって(今だけでない)社員を、その家族を路頭に惑わすことなく、また取引会社を窮地に追い込むこともせず、生活者や社会、株主や国などステークフォルダーに還元する義務があります。同等に環境(次の世代への自然の継承)や生活格差(貧困・紛争の絶滅)への参加も重要な企業活動です。このような前提のもとに、未来に渡る健全経営が経営者のミッションです。

1-1 企業が利益を生む方法は三点しかない。

企業が利益を出すのは言葉にすると極めて簡単なことです。次の三つの方法を状況や状態に沿って実行すればいいのです。ただどのように実行するかの思考回路が重要です。

A) 高く売る(原価を抑える)。無駄を省く。(買占めする悪徳商人が直ぐ浮かびます)

B) 沢山売る。価格を抑えて市場に提供する。薄利多売。(誇大広告や強引な営業を想像します)

C )他社にない製品を売る。創造とイノベーションです。(ニッチ産業・ベンチャーが鮮明です)

AからCに向かうほど「どうやって」という方法がイメージしにくくなりませんか。それは具体的領域より抽象的領域が多くなるからです。

A)
経営が厳しくなった企業が最初に手掛けるのが往々にしてA)です。とくに経営不振になると経費削減に取り組みます。コンサル会社もここから手掛けます。なぜなら、他に比べて簡単で、具体的で、直ぐに結果が出る即効性があるからです。賃金カットや解雇がその最たる手段です。

業務フローを明確にして各部門のヒアリング、そこで経費削減にもとづく業務改善を実行します。協力会社にもこれを理由に仕入れの削減を求めるでしょう。当然、社員にも経費削減とともに給与のカットが実行されることもあります。

一方で業務改善を常日頃、社員とともに取り組む企業があります。代表的な企業が「トヨタ生産方式」のトヨタ自動車、「アメーバー経営」の京セラです。

B)
次が沢山売ることで利益を出す方法です。もちろん高い値で沢山売れば利益はもっと拡大します。しかし、競合会社に勝ち抜くためには企業視点の売り方ではなく、お客様(消費者)視点での販売戦略でないと今の時代退廃するでしょう(4Pから4C)。以前の詐欺広告やキャッチ販売を行えば企業存続さえ危うくなります。社会貢献を明確にしたブランド戦略やマーケット分析に基づく宣伝活動やプロモーション活動が大切になります(逆さまのピラミッド)。

しかし広告は素晴らしいが東南アジアの子供を低賃金・長時間労働で使ったスポーツメーカーが問題になりました(下請けだとしても)。そんな靴は履きたくありませんね。しかしスポーツメーカーを弁護する気はサラサラありませんが、問題はメーカーだけでなく子供たちの作ったボールで遊ぶ先進国の意識と構造、また子供が働かざるをえない貧困構造をつくる国家間格差と経済制度も検討すべき問題です。(話がそれていく)

C)
一番難しく時間を要するが成果が大で市場を独占できるのが、新事業や新しいコンセプトの製品開発を行うイノベーションです。代表的なものが古くはダイナマイト、現在ならiPhoneです。他の追従を許しさない独占状態です。特許取得もこの領域です。

新事業構築や新製品開発には市場調査と研究開発への投資だけでなく、会社の行く末さえ変える企業文化や事業の変革、古い意識や習慣を打ち破る創造力と強い意思と実行力がないと実現しません。またあっても市場や社会に受け入れられず大敗した企業は成功企業よりはるかに沢山あります。

NHKのドキュメント番組『プロジェクトX』、覚えていますか。新製品開発や技術のイノベーションに関わる多くの、そして無名の人びとのノンフィクション・ドラマです。

イノベーションは一人の人間ではなく志を同じとする仲間と夢に向けての不屈の闘志が必要です。ベンチャー企業が成功するのも技術とともに過去の成果にとらわれない思想と夢に向かう共通の意思があるからです。

・A/B/Cすべて大切

上記の説明は、CがAより上位だと説明したのではありません。利益を出すとは、この三つの領域すべてで事業を行はなくては成功しないのです。ただA)がC)より具体的な領域が多く、「見える化」しやすいだけです。

稲盛和夫(元京セラ会長)のJAL再建にまつわる話にも如実にあらわれています。社会と共に進む企業とした指針のフィロソフィ(語録)、すべては他人事ではなく「当事者意識の気づき」、お客様のために(自分の為に)が未来に向かうJALの思想として形成され、ダイナミックな再建の大道が築かれました(B/C)。だが、忘れてはならないのは大量の人員削減(A)があったからです。

利益を生むとは、A/B/Cが連動してこそ未来に渡る利益体質の組織文化をつくるのです。数年前から「企業ビジョン」「企業理念」の大切さが叫ばれるようになりましたが、実際、ほとんどの人は念仏のように受けとめています。それはビジョンという抽象概念を、管理職が具体概念に変換する能力と指導力がないからです(無能)。

活力ある会社とは、そして楽しい仕事とは、ビジョンという「抽象」概念を、自らの思考と行動で「具体化」するプロセスを実行できる環境があることです。この過程に気づかない限り、ひとは具体化されたことのみにとらわれてしまいます。それが、ただ働いているだけ、給料だけが目的、楽しくない仕事と具体化されるのです。

1-2 仕事の抽象性と具体性

抽象性と具体性とは極端な分け方をすれば、目に見えないコトと見えるモノに対象化できます。「愛」「料理」は抽象概念で、「バラの花束」「カレーライス」は具体的概念です。

「愛」を告げるために「バラの花束」を渡し、「バラの花束」を貰うことで「愛」を知る。「料理」という漠然とした概念から「カレーライス」という具体的な料理を選ぶことで作り、提供する。

抽象化と具体化は、抽象化したなかから具体性を見つけて解決する、具体化したなかから抽象性を引き出し新たな共通点を導くなど、生活のあらゆる場面で繰り返されています。

人間の英知が動物より遥かに勝るのは「抽象化」できる思考回路をもつことです。動物は体験から危険を学び「習慣化」しても、体験を抽象化することで他の出来事へ展開して予測する抽象化の「思考」がありません。この思考回路を持たない限り決して進化することはないでしょう。

記憶とは過去の体験の集積(=具体化された物)ですが、思考とは未来に向けての対策を創造(=抽象化することで生まれる)することです。

個人の仕事にも、企業活動にも、抽象的な仕事(行為)と具体的な仕事(行為)に分かれ、組織でも、個人の中でも交互に繰り返されます。

大きな枠で区分すれば、コンサル会社は抽象的企業で、製造業は具体的企業です。しかし、コンサル会社にも具体的な仕事といえる総務・経理やデータの集計等があり、製造業には次期製品開発の企画検討の抽象的な領域があります。当然、製造業の生産ラインに従事する労働者にももの造り現場と改善を検討する領域があります。このように人はロボットではなく、ただ具体的な行為を繰り返しているのではありません。

先ほどの「利益を生む三点」を大きく仕分すると次のようにみることが出来ます。

A) 高く売る。業務改善。施策や戦術による「具体的」領域

C) 他社にない製品を売る。イノベーション。企業ビジョンから捉え直す「抽象的」領域

B) 沢山売る。プロモーション。AとBの両方に関わる戦略領域。具体と抽象のファージー状態

もちろんA/B/Cそれぞれに抽象的な仕事があり、具体的な仕事があります。

鐘つき堂と美しい紅葉

2 奥出雲への旅

仕事を哲学するメンバーの奥出雲たたら製鉄の旅は、製造業の原点を通して「具体化」と「抽象化」の相互依存の関係を見ることでもありました。

奥出雲に生まれ何度もたたら製鉄を見学し、書籍に触れて来た私とは違い、たたら製鉄も奥出雲も初めての彼らが、どのような視点・認識を通して「たたら製鉄」を見るか、どんな感想をいだくか楽しみでした。

たたら製鉄の専門家で研究者でもない彼らの感動は、やはり玉鋼で造られる日本刀や鉄師の櫻井家・絲原家の庭園や家屋、そして貴重な秘蔵品に向き、五感的な刺激を強く受けていました。見えるもの、具体的な物のインパクトです。そこから歴史や文化という抽象の世界を想像するのです。

ところが地元でたたら製鉄の保存と普及に尽力する尾方豊さんの説明をきくと、質問は具体的な「もの」(物)への質問ではなくなり、なぜここで、どのようにしてといった「こと」(事)への質問へと変わったのです。この質問こそが、たたら製鉄を抽象化することで広義な領域への展開を図る「抽象化」の領域です。(この議論は継続中)

抽象化の延長としてK君から、地方の文化と自然を活かす新規ビジネスの問題提起がありました。物の見学という「具体化」を、背景にある関係や歴史を被せることで「抽象化」し、ほかの領域へと展開する思考回路です。すなわち、たたら製鉄を抽象化することで見えないことを他の領域での課題と融合し、そこから新たな具体化された課題を引き出し、新規ビジネスの事業領域へと高めたのです。

実現できるか、抽象化と具体化の思考回路の「具体化」次第です。

櫻井家の学習風景

3 在野の研究者とルポライター

具体化と抽象化のそれぞれの意味と意義、そして共存する関係について、二人の人物の出会いで説明します。

3-1 郷土史家の古文書解読(見えないものの見える化)

奥出雲の郷土史家であり、たたら製鉄の研究を永きにわたって行ってきた高橋一郎の研究について。当サイトで紹介する『奥出雲』の発行者であり執筆者です。

郷土史『奥出雲』と郷土研究の思い

父でもある高橋一郎がたたら製鉄の研究を本格的に始めたのは1960年代でしょうか。まだ、たたら製鉄がメディアに取上げられることも少なく、ほとんどの方がたたら製鉄に関心を寄せない頃です。発表した研究論文やたたら製鉄紹介の印刷物をちょくちょく送ってくれましたが、素人の私には廃業した産業の小難しい話に過ぎなかったのです。

Webサイト『島根国』の制作運営に携わり、高橋一郎の著書や紀要、『奥出雲』を振り返って読むに在野の研究者の生き様(思考回路)を再認識した次第です。

たたら製鉄と社会的な存在について手探りの状態の中での古文書の発掘と解読、たたら製鉄の関係者へのヒアリング、そして奥出雲を含めたたら製鉄の史跡や遺跡の見学や調査。それらを繋ぎ合わせるように、ひとつひとつ文章(言語)にしていく。たたら製鉄の「見える化」(具体化)と、掘り起こしたものからのたたら製鉄の「仮説化」の活動です。

机上の研究ではなく、たたら製鉄の地・奥出雲の歴史文化や生活と自然にしっかり立脚したことが、たたら製鉄を「具体化」する功績だと不肖の息子は思う次第です。いろいろなご意見はあるとは思いますが。

高橋一郎の作業は、歴史のなかに埋もれ、消えていくたたら製鉄を掘り起し、見える化する「具体化」の日々でした。もちろん水平展開するための抽象化や、仮説検証のための抽象化の思考プロセスを経たからこそできたたら製鉄の具体化です。

絲原記念館

3-2 抽象化を通した具体化(ルポライター鎌田慧の眼)

鎌田慧の著書『ドキュメントこの地で生きる』(筑摩書房刊)中に「たたら製鉄の道―島根県横田町―」の章があります。このなかで鎌田慧が高橋一郎にインタビューし、鎌田慧の感想を含めた箇所があります。

高橋一郎の性格や長い研究の日々を直接知る私であり、出稼ぎの問題など鎌田慧の作品を数多く読んだ私だから、この一文から二人のかみ合わぬ対話が想像でき、鎌田慧が求めた解説を引き出せないながらも高橋一郎に配慮する優しさを感じました。

高橋一郎は、たたら製鉄の歴史にしても産業構造にしても徹頭徹尾具体化したことを述べたと思います。一方、地域や産業との人の関りを題材とする鎌田慧は、たたら製鉄で働くことを抽象化し、他の章と同様に「働く者」の人間模様(社会との矛盾、時代からの疎遠)を描こうとされたと思います。そのためにはたたら製鉄という産業構造と奥出雲の独特な文化を高橋一郎から引き出し、抽象化して人の生き様を際立てようとしたのでしょう。

ところが、人や社会の関りでたたら製鉄を見ようとする鎌田慧に対し、歴史と地元のかかわりでたたら製鉄を掘り起こしてきた高橋一郎は、たたら製鉄の具体的な面から社会を説明したのでしょう。

鎌田慧の抽象化と高橋一郎の具体化。どちらが正しいというのではなく、何をテーマにしたかです。働く者、生きる人をテーマとする鎌田慧には階級構造の視点があります。これが司馬遼太郎なら彼独特の階層史観でしょう。

抽象化と具体化は個人の中でも、もちろん仕事や企業の中でも行ったり来たりする概念です。抽象化が具体化となり、具体化したことが抽象化されて更なる具体化が生まれる。どちらが正しくて、どちらに意味があるのかでなく、両方が関係し、変化する概念です。

『ドキュメントこの地で生きる』を是非、読んでいただきたい。あわせて他の章との比較検討を行って頂きたい。ひとや労働に注力し人間模様を描く鎌田慧の素晴らしさも理解でき、全国区にはなりえない在野研究者のこだわりも垣間見ることができます。

奥出雲横田とたたら
ドキュメント この地で生きる

4 まとめとして バリューチェーンと5W1H

覚書の締めとして、「仕事するを哲学する」の検討の入り口として「たたら製鉄」を題材に二点の問題提起し、次回に回すこととします。

ひとつは、バリューチェーン化したたたら製鉄の各プロセスを5W1H分解し、具体化と抽象化、そしてファージーナ部分にわける作業です。

「いつ、どこで、だれが、なにを」は、過去の出来事、具体化の領域です。

「なぜ、どうやって」は、それぞれが想像する抽象化の領域です。

たたら製鉄のバリューチェーンの各領域から抽象化の領域をどう仮説化するか、そこに仕事の哲学的な考察の要素があると考えています。

たたら製鉄のバリューチェーン

次に、各プロセスで抽象化されたものを自然や社会の関わりと利益という関係で紐づけ、全体へと織り成す作業です。幾つかのマーケテイングのフレームワークを使って整理します。

人の営為の「抽象化」と「具体化」、そして相互を行ったり来たりの抽象化の関係から、「仕事をするとは」の構造を具体化します。

たたらと刀剣館 見学風景

→「地域と共に創る物語」に戻る