2015年の4月から2017年の3月にかけて、NHKラジオの「ラジオ深夜便 ~日本列島暮らしのたより~」で行なった「奥出雲からのたより」の第2弾です。
今回は2015年の6月に放送していただいた「たたら製鉄により作られた奥出雲の景観」の話です。
放送当時、原稿は夜書いていたので、周りの音の説明に「カエルの声が聞こえてくる。」と書いていました。しかし、改めて現地に行ってみるとカエルは夜にならないと鳴きださず、昼の棚田は思いのほか静かでした。急きょ「風にそよぐ山裾のササの音」に変更するなど。景色を言葉で伝える大変さを痛感した放送でした。 今回は「島根国(しまねのくに)」のウエブページへの投稿ですので写真を添付することができまので、少し気が楽です。
田植もすべて終わり、奥出雲は初夏の景色になっています。
その中でも町のあちこちに広がる棚田の風景にはとても美しいものがあります。農家が点在する中、緩やかな棚田が広がり、植えられた苗が風にそよいでいます。山裾の笹の葉が風にそよぐ音や、周囲の林からは野鳥のさえずりが聞こえてきます。
映像をお見せすることができないのが残念ですが、皆さんの心の中にある農村の原風景を想像してみてください。山の斜面に棚田が広がり、真ん中に1本の道が通っている。田んぼの中にはところどころに小山が残されている。そんな風景です。
実はこの奥出雲の棚田の風景には、たたら製鉄の歴史が刻みこまれています。
今日は、たたら製鉄によりつくられた景観について紹介したいと思います。
たたら製鉄は粘土で築いた炉に、原料である砂鉄と、燃料となる木炭をいれ吹子で風を送り燃焼させ、良質な鉄をつくりだす日本古来の製鉄法であると紹介させていただきました。
この原料の砂鉄は、風化した花崗岩の砂の中に数パーセント含まれていますが、1回のたたら操業に使う10トンの砂鉄を得るためには1,000㎥もの山を崩す必要がありました。その砂を洗って比重選鉱で砂より重い砂鉄を集めていきます。この方法を鉄穴流し(かんな流し)といいますが1500年代から積極的に鉄穴流しが行われています。鉱山の排泄物として多量の砂が流れ出ることになります。
先人たちはこの鉱山跡地をそのままにせず、長い時間をかけて美しい棚田、農地に変えていきます。面白いことに、整備された田んぼの中にところどころ鉄穴残丘といわれる小山が残されています。根こそぎに流すのではなく、大切な場所は残していたのです。
木炭を得る山林は一つのたたらで、年間110ヘクタール程度が必要となり、30年で生え変わるとすると、持続的にたたらを行っていくためには110ヘクタール×30で3300ヘクタールの山林が必要となります。
この山も、計画的に輪伐をしながら、燃料の供給を持続可能なものとしていたそうです。
鉄をつくるという鉱業と農業が一体となった、自然や先人への敬意を見ることのできる、言い換えれば人間の営みと自然が共生した独特な鉄づくりが行われていたといえます。
鉄づくりの中心には、藩の許可を得た「鉄師」といわれる豪農がいるのですが、その鉄師を中心に炭を焼き、山を崩して砂鉄をとり、製鉄をする。また砂鉄採取で新たに開発した農地に、山の下草や堆肥を入れ豊かな土地に変え農業を営む。という奥出雲独自の暮らしの仕組です。
明治の初めの資料によると、たたら炉1基に対して炭焼き、砂鉄の採取、製鉄、製錬鍛冶、そしてそれぞれの運搬と農業で1200人程度の人々が直接雇用され、家族を含めると4000人から5000人が暮らしていた、とても裾野の広い産業です。
その棚田で、今もおいしい仁多米というブランド米が作られています。仁多米は冷めてもおいしく、おにぎりにすると最高のお米です。
先人たちが暮らしの中で自然に働きかけ、長い年月をかけて作り上げてきた景観を文化的景観と言うそうです。奥出雲の景観も「たたら製鉄と棚田の文化的景観として、全国で44か所の国の重要文化的景観に選定されています。
奥出雲の景色は、「どこか懐かしい農村風景」としていらっしゃる皆さんに安らぎを与えていますが、実はたたら製鉄という裾野の広い産業で暮らしてきた先人たちの記憶が刻み込まれた風景です。
地元では、この独特の風景を皆さんに知ってもらいたいと、草刈りをしたりビューポイントを整備したりする独自の活動も始まっています。
たたら製鉄については、本サイト『島根国』の「郷土史『奥出雲』と郷土史研究の思い」のPDF版の『奥出雲』をご覧ください。特に気になる項目がある方は、検索用のテキストデータで探していただくと、たたら製鉄のみならず奥出雲の自然と文化を楽しんでいただけるはずです。
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