藤岡大拙
島根の歴史で、よく分からないところは山ほどあるが、特に全国史に関わる不明な問題が四つある。時代順にあげれば、第一に、柿本人麻呂は本当に石見で没したか。そもそも人麻呂は謎の多い歌人で、万葉集に多くのすぐれた歌をのこしながら、生没年も生誕地も、そして死没地も定かでないと言われている。石見の益田には人麻呂神社が二社もあり、地元では、この地で生まれ、高津沖にあった鴨島で没したのは動かしがたい事実だとされている。しかし、現時点で最も多くの研究者が使用する「国史大辞典」(吉川弘文館刊)によると、「生没年不詳、慶雲四年(707年)石見国で病死したともいう。生地は大和・近江・石見など諸説あり。墓所の鴨山も大和・石見両説がある」とあり、いたって曖昧である。
第二の謎は、隠岐国での後醍醐天皇の行在所はどこかの問題である。周知のごとく、隠岐島流罪となった天皇は、元弘二年(1332年)四月、隠岐に到着し、翌年閏二月脱走に成功し、伯耆の名和長年に迎えられる。問題は在島一年の間、行(あん)在所(ざいしょ)は何処だったのか。すなわち、島前(どうぜん)西ノ島町の別府黒木御所か、島後(どうご)隠岐の島町の国分寺御所かという問題である。『隠岐島誌』(昭和八年刊)によれば、「されど島前はもとより、島後の人民皆別府説を確信して、島後の国分寺説を信ずるものなし」という状態だった。
ところが、明治三十年代の終わりごろ、島根県史編纂嘱託の野津左馬之助が鰐淵寺(がくえんじ)文書を調査した際、住僧頼源(らいげん)僧都の直筆とみなされる文書(重文)に、「隠岐国国分寺御所」なる文字が読み取れることから、俄然、国分寺説が有力となった。その結果、今日では国分寺御所跡は国指定史跡となり、御所であることが確実視されるようになった。しかし、戦後になって、この文書を改めて吟味した研究者によれば、この文書には従来注目されなかったが、張り紙があり、それによると、頼源その人ではなく別人が書いたものではないかと、疑問を呈している。いったん決まったかにみえた判定も、再考の余地がありそうだ。
さて、第三、第四の謎は、次回に回すことにしたい。
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