藤岡大拙
前回述べたように、杵築大社(今では出雲大社と言い慣わされている)は、寂蓮法師が「この世の事とは覚えざりける」と驚嘆したほど巨大な神殿だった。彼が仰ぎ見た神殿の大きさは、高さ十六丈(48メートル)、階の長さ一町(109メートル)の規模だったと思われる。寂蓮が杵築に赴いたのは、鎌倉初期(1200年ごろ)であるが、そもそも杵築大社はいつから巨大建築になったのであろうか。このことについては、今までも諸説紛々であって、定説なるものはないが、いずれの説をとるにせよ、すべては国譲りの神話から出発している。国譲り神話は、記紀に載っており、出雲国風土記にも異説が出ているが、いちばんスタンダードな筋は古事記である。ただし、その長い物語をここで紹介するわけにいかないので、必要な部分の粗筋にとどめておきたい。
高天原(天上界)の天つ神たちは、オオクニヌシノ命で代表される国つ神の支配する葦原中国(下界)も、自分たちの支配すべき国であるとし、アメノホヒノ命、アメノワカヒコを遣わして献上させようとするが、いずれも失敗。三度目に最強の神、タケミカズチノ命を派遣し、遂に奉献させることに成功する。すなわち国譲りである。ただし、このときオオクニヌシノ命は、国土を奉献する代償として、高天原の大神の御子神が住まう壮大な宮殿と同じ規模の神殿を造ってほしいと要求する。その巨大さは、「底つ石根に宮柱ふとしり、高天の原に氷木たかしりて治めたまはば(太い大きな柱を、地底の岩盤にとどくほど打ち込み、神殿の屋根に設置された千木が高天原にとどくほどの、そんな巨大な神殿を造ってくださるならば)」との交換条件を出したところ、高天原側はよかろうということで、「多芸志の小浜に御舎を造りて」提供したというのである。これが杵築大社の始原だとされている。
古事記の国譲り神話を信ずるなら、杵築大社は最初から巨大な建物だったはずである。しかし、もしそうなら、記紀や出雲国風土記、さらには続日本紀などに、巨大神殿について何らかの記事があるはずだ。だが、見当たらないのである。ただ、出雲国風土記の出雲郡杵築郷の条に、次のような記述が見える。
「八束水臣津野命が国引きをなされた後、大国主神のお宮を造ろうとして、たくさんの天つ神系の神様が集まって、宮処を杵築かれた(土地を造成された)。だから、杵築というのである」
だが、この地名神話には、巨大神殿に関する話はでてこない。奈良時代かそれ以前を記録する文献に、巨大神殿のことが見えないとすれば、当時の杵築大社は、特筆すべき巨大な建築ではなかったと考えてよかろう。
一方、考古学的にみる時、日本海沿岸には巨木文化が展開していた。米子市淀江町の角田遺跡からは、発掘された弥生中期の甕棺に刻まれた、高床式の倉庫のような建物の線刻画が発見された。具体的な数値は分からないが、長い梯子も描かれており、相当大きな建築物であることは容易に想像できる。金沢市のチカモリ遺跡、青森市の三内丸山遺跡からは、直径一㍍級の巨柱が多数発見されている。
これらを見ると、弥生時代にはかなり高層で巨大な木造建築が存在していたことを思わせ、杵築大社も当初から巨大だったのでは、との説も当然でてきた。だが、発掘された巨木文化は、倉庫か家屋であって、神殿建築の可能性は低い。梅原猛氏の、神社建築は仏教建築の影響を受けて出現したとする説(同氏著『塔』)を、どこまで信じてよいか分からないが、少なくとも仏教の渡来する六世紀後半までは、神社建築はほとんどなかったのではなかろうか。
というのも、出雲国風土記(733)には、三九九社という多数の神社が載っているが、その大部分は神社の建物は無く、自然物崇拝の形をとっていたと考えられているからだ。例えば、古木巨木、山上付近の巨石、山全体、滝、池などが祈りの対象になっており、実際に建物が存在したのは、杵築大社はじめ数社に過ぎなかった。平安中期まで神位が杵築大社より上位だったとされる熊野大社でさえ、風土記の時代(奈良中期)には、熊野山(松江市八雲町天狗山)山頂付近の磐座を祭祀対象にしていたといわれる。
以上のことから、杵築大社の創立されたころには、巨大な神殿建築は無かったと考える。建築技術的にも財政的にも、難しかったのではなかろうか。とすれば、杵築大社はいつごろ巨大になったのか。それについて、斉明天皇五年(六五九)ごろだとする説がある。次回に詳しくお話ししたい。
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