収録・解説 酒井 董美 イラスト 福本 隆男
語り手 森脇キクさん( 明治39年生)
(昭和41年7月26日収録)
とんと昔があったげな。
とんと隣の唐六左衛門が鉈を借りに行きたげな。
ついたちの日に行きたら、「ついもどいた」。
ふつかの日に行きたら、「不都合なことばっかり言わさる」。
みっかの日に行きたら、「見たこたぁにゃ(無い)」。
よっかに行きたら、「用のにゃ(無い)に何でござったか」。
いつかに行きたら、「いつのこと、疾(と)うもどいた」。
むいかに行きたら、「無理なことばっかり言わさる」。
なのかに行きたら、「何のことだか」。
ようかに行きたら、「よもよも(本当に)よう来たなあ」。
ここのかに行きたら、「ここにはにゃ(無い)」。
とうかに行きたら、とうとうもどさだった。
そっで昔こっぽり。
この話を録音した日に、同じ集落の作野ヨリさん(明治三十七年生)からも同じ話を聞いた。ところが、その後、山陰両県で聞くことはない。
この話は、主に東北地方で語られていたらしい。最初の記録が、江戸時代の旅行家で民俗学者の菅江真澄(一七五四~一八二九)の文だ。三河出身の彼は、北海道・東北・信濃地方を旅行し、見聞を遊覧記としてまとめている。そのうちの一つ、『はしわのわか葉』の天明八年(一七八八)五月十日の日記に、「鉈取られ物語」の名前だけだが登場する。
「・・・十日、寝坊して、日がたかくなってから起きた。(中略)昨夜からここに盲法師たちが泊まっているので、それをよび出すと、(中略)『鉈取られ物語』『しろこのもち、くろこのもち』などの早物語を語ってくれた。・・・」
「鉈取られ物語」は、三河地方で語られていたと見るべきだろう。
離れた三河地方と美保関町に奇しくも同じ話が残っていることを考えるに、推測の域を出ないが海のつながりが考えられる。美保関地区は庄内地方と同様に日本海側の漁村で、海を媒介として交流があった。鎌倉時代から物資交流の役を果たした回船は、江戸時代でも北前船、西回り航路として盛んになった。そんな交易によって、東北地方で人気のあった「鉈取られ物語」が、山陰の地にもたらされたのではないだろうか。
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