収録・解説 酒井 董美 イラスト 福本 隆男
語り手 田和朝子さん( 明治40年生)
(昭和47年5月6日収録)
昔。ある山子が三人おって、毎朝、旦那さんの家の門を通るとき、初めの豊吉という山子は、「旦那さんの食わっしゃる膳で、旦那さんの食わっしゃるご馳走を食うてみりゃいいと思う」と言う。次の格という山子は、「おら、お式膳に白金いっぱいもらやあええと思う」と言う。三人目の元という者は、「おら、ここの嬢さんの婿になりゃええと思う」と言う。
そのうち旦那さんがそれを聞いて尋ねられたげな。
「豊吉、格、元、わりゃ三人、毎朝、家の門を通りゃ、なんだか言うておるが、何言うて通りゃ。まず豊吉、わりゃ何て言うて通った」「いや、旦那さんの食わっしゃるような膳で、旦那さんの食わっしゃるようなご馳走を食うてみりゃいいになあ、と言いましてございます」
それから、旦那さんはすぐ女中さんに、「はや、わしが膳にわしがいつも食うようなご馳走をこの豊吉に食わせてやれ」。
そこで女中がそうしてやると、旦那さんは今度は番頭さんに、「格には式膳に白金をいっぱいやってごせ」と言ってそうしてやりました。最後に元に向かって、「元、わりゃどげ言いて通って」といくら聞かれても、「へえ」としか言わんげで、他の二人が銭をもらったり、ご馳走をよばれたりしてしまっても、叱られると思って言わんげで、旦那さんは、「何だい、言いてみい。他の者はみんな言ったのに、おまえ一人言わんがな。言われんことはないけん言え」あまり言われるので、元も「おら、嬢さんの婿になってみればいい、と言いましてございます」と言いました。すると旦那さんは、「はあ、そげか。ほんならう こたこへ、いま嬢がいい着物を着て出て和歌を詠むけん、それを詠み返してみい」と言われました。
そ れで待っていたら、いい着物を着て簪 挿して、嬢さんが出られ、「天より高いところに咲く花は」と言われたので、「落ちれば谷のムクゲ(木槿)となる」と元は答えました。旦那さんは喜んで、「ああ、こうこそ、うちの婿だ」言われて、元は望み通りにそこの婿になりました。
それで、同じ望みを持つのなら大きな望みを持つものだと。こっぽし。
何気ない話だ。だが、最後のオチ「同じ望みを持つのなら大きな望みを持つものだ」と、教訓ある話になっている。
さて、お嬢さんと山子の掛け合いの詞章は、字余りながら合わせれば短歌になる仕組みになっている。「天より高いところに咲く花は 落ちれば谷のムクゲ(木槿)となる」。すこし直すと「天より高く咲く花も 落ちれば谷のムクゲかな」だろうか。
わたしたちの祖先は、イソップ寓話のように、やさしい話の中にも、愛すべき子孫に期待をこめて守るべき道を示している。有難いものだ。
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