収録・解説 酒井 董美 イラスト 福本 隆男
語り手 松岡宗太さん( 明治29年生)
(昭和35年3月13日収録)
昔、あるところに有名な菓子屋がありましたげな。
その菓子屋にたった一人、とても美しい娘がいたそうです。そして婿さんをもらわなければと、いろいろ捜しましたが、なかなか気に入った婿さんが見つかりません。しかし、やっと見つけて婿さんをもらったそうです。この婿さんというのは、また、菓子をこしらえることがとても上手で、その菓子屋はますます繁盛したそうです。
ところが、よいことばかりは続かないもので、その婿さんが死にましたそうな。
「惜しい婿さんが死んだ」と娘さんも本当に気が違うように悲しみなさるし、両親も心配されたそうです。
けれど、死んだものはしかたがないので、代わりの婿をもらわなければ、ということになりました。
「とてもああいう婿さんをもらうことはできん。しかし、人間ちゅうもんは何か一つ芸がなければおもしろうなぁが、いよいよ他におらんちゅうことになりゃあ、度胸のええ、寂しさぁせん婿さんを捜そう」ということになりましたげな。
それから婿さんを一人もらいましたげな。
ところが、夜、婿さんと娘さんと連れて寝ていて、
「まあ、ちょっこり起きい」と娘さんが婿さんに言う。
見ると、前の婿さんを棺桶に入れて、埋めずに床の間に据えてあるんだげな。そして棺桶の蓋を取って、
「こりゃぁ、初め死んだ婿さんで、惜しゅうてならんけえ、埋(い)けんこうにここにあるが、この肉をなあ、切って食べつりゃあ、わしの婿にしてやろう」と娘さんが言いましたげな。新しい婿さんは、たまげてしまって、とてもそれを食べる気になれないので、とんで帰ってしまったげな。
また、婿さんをもらったげな。次の婿さんにもそのようにしますと、これもたまげて帰ってしまったげな。
それで、三人目の婿さんにも、そのようにしましたげな。しかし、その男は度胸がよいのだそうです。
「これを食うたところで、毒で死にゃあせんけえ、どのくらい食やあええか」
「いや、そりゃぁわずかでええ。好きなほど食やあ婿にしてやる」
「よし食おう。包丁もって来い」。そう言って包丁を受け取ると、それを切って食べましたげな。
ところが、食べてみれば、それは菓子だったげな。なんと言ってもそこは菓子屋なので、前の婿さんに似せて菓子でこしらえてありましたげな。
その男は、そのように度胸がよかったので、とうとうそこの婿さんになりましたげな。
関敬吾博士の分類では、「本格昔話」の中の「婚姻・難題聟」の中の「ぼっこ食い」として登録されている。各地に類話が認められるが、県内での分布は少ない。
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