収録・解説 酒井 董美 イラスト 福本 隆男
語り手 中沼アサノエさん( 明治39年生)
(昭和56年6月6日収録)
昔々、長い間、日照りが続き村中困りはて、庄屋さんは、津井の池の水神さんに願かけしたら、庄屋さんの夢枕に若衆が現れ「雨を降らせるので、今から十日の間に年頃の娘をわしの嫁にさし出すように」言われ、承知した。
翌日、大雨となった。庄屋は人身御供の娘を捜すが、どの娘も承知しない。庄屋さんの十七になる一人娘の加代が「わたしが人身御供になりさえすれば、村のみなさんも助かります」というので、池へ行って、「雄池雌池の黒ん坊よう、うちの加代が嫁になるてて言うけん、今夜迎えにござい」と言うと池の中に渦巻きが起こり、夢枕に立った男衆がにっこり合点した。
やがて十二時近く、男衆が加代を迎えに来た。「ただ一つ守っていただきたいことは、一カ月間は、加代さんを呼んではくださいますな。一カ月が済めば、池へ来て呼んでください」と加代を連れて行きかけた。庄屋さんはあわてて、
「待ってください。ただ一つ頼みがあります。『鏡は女の魂』です。寂しいときなど鏡を見ると心が落ちつき、迷いが収まります。これだけは持たせてください」と小さい鏡を渡した。若衆は承知し、加代の手を取り、「必ず後ろは見るなよ」と別れて行きました。
やっと一か月が来、池へ行き、「雄池雌池の黒ん坊よう、加代に会わせてござっしゃい」と呼ぶと、池に渦巻が起こり、まん中から加代が体を半分出して手を振り、合点して見せました。
やがてあたりが暗くなり、加代がもどってきました。
楽しく話すうち夜がふけたので、「今夜は親子一緒に枕を並べて寝よう」と言うと、加代が悲しそうに、「わたしはもうここの家のものではありません。一人別に休ませてください。決してわたしの部屋へはのぞき見などしないでください」と一人一部屋へ入りました。
しばらくすると加代の部屋から大いびきが聞こえるので、「いびきなんかかいたことはなかったのに…」と、そっと襖をあけてのぞいたげな。…美しかった娘は大きな蛇となり、七巻き半のトグロを巻き、上に首を乗せて寝ている。
それを見た両親、仰天してしまい、夜の明けるのを待っていた。
いつまで待っても加代が起きて来ないので、部屋を明けて見たら、加代の姿はなく、ただ一つ手鏡だけが部屋に残っていました。
それからというものは、池のはたへ行って「加代よう、黒ん坊よう」と呼んでも、男衆も加代もついに姿を見ることができませんでしたと。
昔話が伝説化したものと考えられる。
この話は、中沼さんが五、六歳ごろ、伯母の佐藤イワさんから寝物語に聞かされたものです。
佐藤イワさんが語られた雰囲気を壊さないようにそのまま残し、中沼さんが再話してくださいました。ぜひスマートフォンやパソコンでORコードにアクセスし、実際の語りをお聴きください。明治の頃の隠岐島に暮らす人々を感じてください。
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