収録・解説 酒井 董美 イラスト 福本 隆男
語り手 齋藤亀太郎さん( 明治11年生)
(昭和37年5月1日収録)
椛谷次郎はたいへん力の強いものじゃった。
前には津和野の殿様に納める「山芋納め」ということがあったそうじゃ。そのときにほかの者はええ山芋を掘って納めたが、次郎は小もうに折って袋に入れて下げて行ったそうな。そして、
「門を開け」ちゅうて、門を開かせてうちい入って、
家来は、椛谷次郎に、
「何しに来たかい」ちゅうて問うと、、
「今日は芋納めじゃい」と次郎が答える。
「なに、見せえ」。
次郎が見せたとこが、山芋は小もう折ったるそうなで、
「こがぁ小もう折っちゃあっまらん(よくない)。ほかのものが持ってきたのは、こがぁええ芋じゃ」。
家来が怒って言うと、そがぁしたら、
「今日は殿さまが山芋の長そろ(長いまま)を食うて、それを放(ひ)るのを見ていぬる」ちゅうて次郎が言うんだそうなねえ。
家来たちは、
「そがぁんことを言うなら縛ってやれ」ちゅうので、大黒柱へ縛りかけたそうな。
次郎はそのとき少し足をかがめとったそうでさあ。家来は、
「次郎、直(すぐ)うなっとれ」ちゅう。
次郎は、
「わしの足は、これしか伸びません」ちゅうたげな。受付の者(もん)は、次郎をがんじがらめに縛りつけたげな。そしたら、
「ありがとうござんした」と、次郎がさあっと立ったら、上の木造(きぞう=屋根を作っている材木)がバラ.バラ落ちはなえたそうな。
家を壊されてはやれんけえ、びっくりした家来は、
「次郎、待て」言って縄を解いてやって、
「これをかるえ(背負え)ちゅうて、持って来た山芋の荷を渡いたそうな。
次郎は、
「うちの婆が普請せにゃあ、せにゃあ言うが、こがぁな家はよう作らんけえ、こりょう背負(かる)うていぬりゃあ婆が喜ぶけえと思うとったが」ちゅたら、
「人を慰むちゅうても、たいがいになれ(からかうのもいいかげんにせよ)」ちゅうて。家来たちは言ったそうな。それからは、椛谷ちゅうもなぁ、山芋納めはなかったちゅうことですわね。
椛谷次郎は、旧・柿木村椛谷(現・吉賀町)で伝えられていた伝説上のトリックスターである。いろいろなことをして人々からの人気ものだった。現在も墓印の木が残っている。
筆者が柿木中学校に勤務した昭和37(1962)から五年間、地元の古老から椛谷次郎に関する伝説をよく聞かされた。
この「山芋納め」は特に知られている昔話で、文化祭で劇にした。筆者が脚本を書き、生徒たちが役を演じ、観衆の皆さんから喝采を得た。今でも懐かしい思い出である。最近知ったのだが、演じた一人が浜田高校に進学し、この経験を生かして演劇部に入り、活動したそうだ。教育に喜びを感じるエピソードだ。
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