• ~旅と日々の出会い~
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42.「エンコウの恩返し」邑智郡邑南町井原

収録・解説 酒井 董美 イラスト 福本 隆男
語り手 柘植忠義さん( 明治41年生)
(昭和59年8月25日収録)

あらすじ

 この井原川は、昔からきれいであちこち淵もあり、みんなで足を洗ったり、水浴びをしたり、魚を捕ったりして遊んでいる。

 しかし、昔は毎年、子どもがエンコウに肝を抜かれて困っていた。

 ある日のこと、イクツガンの方の古い家の馬を洗いに連れて行ったところ、淵に入っていた馬が急にとんで家へ帰った。その馬の尻尾の先に何かが下がっている。

 落としてみると、それがエンコウだった。人々は寄ってたかって、
「毎年、子どもが殺されるから、こらしめてやろう」
「いや、たたき殺せ」
「火あぶりにしてやれ」。このようににぎやかな状態だった。

 するとそこの家のおじいさんが出てきて、
「まあ、みなの衆、待て待て、このエンコウを殺したところでたいしたことはない。次々子どもがエンコウにやられてもつまらんことだから、こんどは一つわしに任してくれ」と言う。

 みんなも「そりゃ任そう」と言ったので、おじいさんはエンコウに、
「みんなはおまえたちが毎年、子どもを殺すので怒って、おまえを殺す言うんじゃが、わしは何とか助けてやりたいんじゃ。その代わり、これからは井原川ではエンコウに捕られたちゅう者がおらんようにしちゃどうか」と話したら、
「そりぁもっともなことです。これまでは悪いことをしましたが、もう二度と井原川では子どもを殺しません」とエンコウも約束をした。

 それ以来、井原川ではエンコウによる被害はなくなったので、みんなは喜んで、
「じいさんもえらいがエンコウもよう約束を守ったもんだ」いうて現在まで伝えてきているのだ。

 だから、おまえたちもいくら水浴びしてもいい、魚釣りに行ってもいい、しかし、川はきれいにしておかぬとエンコウが困るいうことになっているんだ。

 それぽっちり。

解説

 「河童駒引き譚」として全国に類話がある。

 「エンコウ」は、石見地方の方言で河童を意味する。松江あたりでは「川子」と呼んでいた。

 捕まった河童が「以後、この川では子どもを捕りません」と書いた証文が残っている、という地方もある。筆者の子ども時代、「松江市の西川津ではその詫び証文が存在している」と、友だちがまことしやかに話しているのを聞いた記憶がある。

 浜田市三隅町ではこんな話がある。エンコウに子どもを捕られて嘆いている人々に、通りがかった弘法大師がほとりの岩にまじないの文言を書き、「この字が消えない間、河童は子どもが捕れないようにした」と言って去られた。エンコウは夜の間に字を消そうと文字をなぞるが、朝になればいっそう字が深くなる。エンコウの悲しさで文字の上をなぞったのでいっそう深く刻まれるのだ。

出雲かんべの里 民話の部屋 「エンコウの恩返し」

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