• ~旅と日々の出会い~
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55.「小僧の蜂蜜なめ」隠岐郡海士町御波

収録・解説 酒井 董美 イラスト 福本 隆男
語り手 浜谷包房さん( 昭和3年生)
(昭和58年5月29日収録)

あらすじ

 昔、和尚さんと小僧さんがあった。小僧さんはとても知恵のめぐりが早いのなんの。

 あるとき。和尚さんが見つけられては大変だと思い、小僧にかくれて蜂蜜をなめていたのに見つけられてしまった。

「和尚さん、そりゃ何ですか」。しまったと思ったが、「これは年寄りがなめると長生きする薬で、わしは時々こうして少しずつなめておるから長生きしているのだ。けれど子どもがなめたならじき死ぬから。これは大変な毒だから、これにかかわるのではないぞ」というので戸棚に入れておいた。

 和尚さんがあるとき法事に出た隙に、小僧は「何がそんなバカなことがあるものか」というので、それをなめたところ、なんと言っても蜂蜜なので、美味しいのなんの、壺にあったやつを全部なめてしまって、

「はてな。和尚さんが戻ったならどういうふうに言い訳をすればいいかな」と思っていたところ、茶碗があるので、「よし、この大事にしている茶碗をぶちめいでやれ」というので、茶碗を五、六回投げつけて壊してしまって、和尚さんが帰ってからシッポカッポシッポカッポ泣いているところだ。

 で、和尚さんが、

「小僧、おまえはどうして泣いているのだ」と聞くと、

「やれ、和尚さん。悪いことしてしまいました。私は和尚さんが大事にしてた茶碗を壊してしまい、仕方がないので死のうと思って、和尚さんがなめるではないと言っていたのをなめたのに、まだ死なれないので、もっとください。お願いします」と言ったら、

「やれな、おまえにはどうしたって勝てぬわい」と言って。和尚さんが兜を脱いだということですわ。

解説

 語り手の浜谷さんは元公務員で、口承文芸に深く関心を寄せる方だ。93歳というご高齢でありながら、現在でも海士町での貴重な生き字引的存在である。この話をうかがったときは、民話と文学の会を牽引している萩坂昇、大島広志両氏を迎えて、県立隠岐島前高校郷土部の諸君が案内役となり、海士町の民話収録に励んでいたときの昔話だった。

「あらすじ」では、かなり共通語化したが、実際は闊達な海士方言で語られており、読者の皆様にはQRコードで浜谷さんのすばらしい語りを味わっていただきたい。

この話、関敬吾『日本昔話大成』では、笑話の巧智譚の中にある「和尚と小僧」の「飴は毒」に戸籍があり、次のように書かれている。

 和尚は飴【梨・酒・砂糖・金平糖(こんぺいとう))を毒だといって小僧に与えない。小僧は和尚の秘蔵の茶碗を割って飴を食う。わびに死のうとしたがまだ死ねないという。

 この類の話は全国にあり、読者もどこかで似た話をお聴きになったのではなかろうか。

出雲かんべの里 民話の部屋 「小僧の蜂蜜なめ」

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