収録・解説 酒井 董美
語り手 春木務さん( 明治44年生)
(昭和61年8月18日収録)
昔。隣の地区にたいへん悪い狐がいて、人が通ると化かして頭の毛を半分剃ってしまうので、困っておった。ある利口な若者が、
「おらに考えがある。必ず捕らえてやる」と言うので、みんなは彼に任せることにした。
若者はお寺へ行き、方丈さんに衣を、続いて神主さんのところで装束を借りてきた。それを鋏箱(はさみばこ)に入れ、ある晩、隣地区へやって来た。
「狐どん、おるかい」と言うと、狐がちょこちょこ出てきた。「こら、おまえ、人を化かすことを知っておるか。そしてなんぼ通り化かすか」
「わしは七通りほどより知らん」
「たったの七通りかの、おらは七通りや八通りじゃない。今夜はおまえとここで化かしやこをしょうじゃないか」。狐は合点承知した。
「これからおれが先に化けるから、目をつぶってしゃがんどれ」と言うと狐は目をつぶってしゃがんでいる。
若者は、その間に方丈さんの衣を着て、
「さあ、どうだ。方丈だぞ。目を開けて見い」。
狐は目を開けて感心している。
「今度は神主だ。目をつぶって待っておれ」とすばやく若者は神主の姿に着替えてしまう。
「どうだ、神主だ」。またまた狐は感心した。
そこで若者は、
「狐、おまえはおれが化ける間に、ちょいちょい目を開けていけん。そこでこの鋏箱に入っておれ」。狐はだまされるとも知らず、鋏箱へ入ってしまった。若者はすぐに蓋をしてしまって、
「さあ、悪狐を捕まえたぞ」と喜んで、村中のみんなをお寺の本堂に集めて、
「今、蓋を取るから」と箱を開けた。そのとたん、狐はサ-ッと風のように飛び出し、人々は「見た」という者や「見なかった」という者やらがいて、いくらそのへんを捜しても狐の姿はない。ところが、よく見ると本尊さんが二体おられるではないか。
それを見た若者は考えて、こう言った。
「ここのご本尊さんは『手を出しなさい』と言うと手を出しなさる。『足を出しなさい』というと足を出しなさる。今、ご本尊さんとお話をしてみる」と言うと、
「ご本尊さん、ちょっと手をだしなさい」と言った。
狐の化けた本尊さんの方は、だまされると知らず、手を出した。
「足を出しなさい」と言うと足を出す。その拍子に若者は狐を捕まえてしまった。そしてみんなが寄ってたかって、たたくやら蹴るやらしたあげく、方丈さんの取りなしで、狐も謝って、こらえてもらった。
それからというものは、狐も悪いことをしないようになったと。
それでこっぽし。
「キツネの変化玉」と「似せ本尊」として知られている話が一緒になった話である。