収録・解説 酒井 董美
語り手 齋藤トシエさん( 明治32年生)
(昭和35年9月24日収録)
昔、ある百姓家に直次郎という亭主がおり、十一ぐらいな息子がいた。「長いこと京の本願寺ぃ参らんけえ、参って来たい。留守ぅ頼む。今夜二時ごろ発って、二晩泊まり三日目にもどるけえ」
直次郎は出発した。夜が明け、易者の前を通りかかると「相に悪いとこがあるけえ見てあげる」と言う。「しょうがなあのう」。直次郎は見てもらった。易者が「これは『大木より小木』『上の間より下の間』『短気は損気』と出とるけえ、そのことに気をつけんさい」ということだった。
「易者なんか『八卦八段嘘九段』で合やあせん」と京へ向かいました。
よいお天気だったが、黒雲が出て稲光がし、雷が鳴りはじめた。「易者が『大木より小木』ちゅうたけえ、大きな木の下に行くまぁ」と笹薮へ入っていたら、雷が大きな木に落ちた。「嘘じゃあないのう。三文の価値はある」と思ったそうです。
それから日が暮れかかって、野中に一軒だけ家があった。頼むと「この家にゃ 賄 (まかない)して食わすることができん。寝せるだけなら寝せてあげるけえ」と言った。
「易者が『上の間より下の間』言ったから、このよい間へ寝ず、次のぼろの間に寝よう」と、ぼろな部屋に寝た。夜中の丑三つごろよい部屋の天井が落ちたので夜が明けないうちに出た。それで難を二つ逃れた。
いよいよ本山に参って、三日目に帰っていたら知った男に会った。その男は直次郎さんの嫁さんがほしくて、憎んでいたのです。それで「帰ってみなはい。かかさんは若ぁ男を抱ぁて夜も昼も寝とんなるけえ。わしゃおまえさんとこへ行って見たが、若い男を連ろうて夕べも今日も寝とったで」と言ったそうな。
やさしい直次郎さんも腹がたった。「わしゃあ京参りをしても何のことだか分かりゃあせん。生かしておかりゃあせん」と一生懸命に帰って、草鞋も脱がずに、「今もどったぞ」と言ったら「あわただしゅう入んなはる。どがぁしんさったかね。こな子ぁ、ハシカが出て熱がして、とってもいたしゅうてならんようなから、わしゃ連れて寝とるが」。十一になる息子だから若いのは若い。「三文出して見てもろうてよかった。『短気は損気』言ったが、本当に具合いが悪かったんか」「おまえ、どう立腹してもどんさったか」「じつはおまえ、留守にこうこうで若い男を引っ張って入ったと言われ、腹が立ってならんかったが、分かった。子どもの具合いが悪かったんか。おまえも寂しゅうて心配したろう」。
三文出して易者が言うたことがみんな合って、喧嘩もせずにすみ、息子の病気も治ったという話です。
筆者がこのような口承文芸(民話・わらべ歌・労作民謡など)を収録し始めたのは、二十五歳の三隅中学校教師だったころだ。今聴いても懐かしい。
稲田浩二『日本昔話通観』の分類では、「むかし語り」で「知恵の力」の中に「話の功徳」として登録されている。
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