収録・解説 酒井 董美
語り手 曽根辻清一さん( 大正6年生)
(平成5年7月22日収録)
昔の話。千年比丘尼というものは、海に千年、川で千年育ち、その人が大きくなったので、自分で穴を掘ってそこへ入っていたといいます。
父親は漁師、母親は百姓で醜い女の子を抱えていた。みんなからからかわれるので、「おまえは家の中へおれ」とあまり外へ出さないようにしていました。
ある日。お父さんが漁に出たまま二日経っても三日経っても帰って来ません。「お父さんはどがした」とその子も言いますので、「お父さんは旅行に出なっただ。すぐ帰んさるけえ」と言っていたら、しばらく経って、目の色を変えて父親が帰って来たそうです。そうして父親は家の者に向かって話しはじめました。
「三日ほどきれいなところへ連れて行かれてご馳走になって、歌や踊りや一生懸命にうたったり踊ったりするのを見てきたけど、ふらっとお通じに行ったら、縁の所で人間をおろして刺身にしよった。これは食われん、と思ったが(…これが人魚であったのだけれど…)、その肉を食わしてもらうのだと思ったところを、そこの人に見つかってしまったので、逃げてきたら、『あんた、見たかな』言うて、その五寸角ぐらいに切った肉をほおったんだ。そして猿股の紐の間ぃ入っとったまんまかけってきたんだ。そいで家へ飛び込んで戸を閉めたところだ」。父親はそう言って猿股を脱いだら、上からストッと人魚の肉が落ちました。
すると、娘が「これが土産か」と、その肉を食ってしまい見る見るたくましい女の子になった。
そして娘が食べた肉は人魚の肉であったとだれということなく言うようになりました。
これでは、人も嫁にはもらおうと思わないし、世間からも歓迎されないということで、その穴へ連れてって中で生活をさせていたと聞きましたがねえ。
「千年比丘尼」といえば長いこと生きていたという意味と思いますが、そういう伝説がありました。
人魚の肉を食べたため、長寿を得たという比丘尼の話はあちこちにある。ただ、「千年比丘尼」ではなく「八百比丘尼」が普通である。
さて、山陰両県の類話はいくつか認められる。島根県では浜田市のほかに同市金城町では天頂畷に千年比丘尼が来て槙を植えたが、大木に成長した後、文化年間に枯死したという(和歌森太郎『西石見の民俗』昭和 年・吉川弘文堂)。また益田市高津の越峠には八百比丘尼の墓がある。これは吉田村の住人某女が人魚の肉を食べて八百歳の命を保ち、全国を遊行して休息したところというので碑を建てたと伝えていたり(安田友久『高津町誌』昭和13年・高津尋常高等小学校)、隠岐の島町西郷の総社玉若酢命神社の八百杉は、昔、若狭の国から人魚の肉を食べた比丘尼が、神社に参詣した記念に植えたものであり、尼は「八百年経ったら再び訪れよう」といったから、八百杉と呼んでいるといわれている。
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