収録・解説 酒井 董美 イラスト 福本 隆男
語り手 前横ヨキさん(明治26年生)
(昭和51年7月30日収録)
とんと昔があったげな。
蛸屋( たこや) 八兵衛という人がこの薄毛地区にいたが、 嫁はなし、 子どもはなし、 毎日毎日タコを捕りに行くけれど貧乏暮らしをして、 小屋みたいな家にたった一人で住んでいたげな。
この男は今日もタコを捕り、 明日もタコを捕り、 毎日毎日こうしてタコを捕っているものだから、 そこから蛸屋八兵衛と名をつけたげな。
八兵衛はこうしてタコを捕って、 自分は何もせずにいたから金が貯まったそうな。 けっこう金が貯ったので、 八兵衛は、
ーま、 こりゃ、 旅行しよう。 ええとこを見てこようーと思って、ぼろを着て旅行に出たそうな。
それから八兵衛は大阪の天王寺さんに参って、金の茶釜を買って供えたげな。 そうしたところが、
「 あの人はぼろを着とるが金の茶釜をあげた」 といって評判になったそうな。
けれど、
ー今夜はどげだり泊まる宿がないーと八兵衛が困っておったところ、 ある長者がやって来たげな。
「頼むけえ、 うちへ泊まりに来てごせ」
「そがぁなあ、わしゃなりが悪うて泊まりゃぁせん」
「 なりゃ悪うても、 頼むけぇわしんとこへ泊まってごせ」 とその長者が前へついて、 八兵衛を連れて帰ったげな。
「 こりゃなあ、 金の茶釜を上げちょったけえ、 なりは汚うてもええ人だけえ、 親方はなおこういうふうをするもんだけえ、 丁寧に取り扱え」 と長者は家内の者に言って、 ご馳走の山を作って勧め、 また、 八兵衛の着物を全部脱がして風呂に入れたそうな。 それから、 風呂から上がると今度は絹の小袖の丹前を着せてあげたそうな。 八兵衛は、
「これはもったいない。 やあ、 こりゃもったいない」と言う。
そして、 家の人が八兵衛のこれまで着ていたぼろを竿に掛けたところが、 シラミがごろごろして出てきて、 汚いとも汚いとも、けれども長者は、
「いや、 汚いことはない。 こがあな者が親方だけえ」 と喜んだげな。 ところで、ここの家には娘が七人おったそうな。長者は八兵衛に、
「嫁はおるか」と聞くと、
「いや、 嫁はない」と答える。 そこで親方は娘たちを並ばせて、
「 あんたがよいのを嫁にやるけに、 選り取りみどりだ。 どれがいいか」 と言って、 嫁合わせをしたげな。 八兵衛は、
「ちょうど年頃もよし、 まん中のをもらう」と言う。
「そんならこりょうやるけえ、来年の正月の十五日に祝言に迎えに来てごせ」
「迎えに来るけえ、 それまで預かっておいてごせ」
そう言って八兵衛は自分の小屋のような家へ帰ったげな。
八兵衛の小屋のような家の近くに、新宅の大きな家があるそうな。八兵衛は、 そこへ行って頼んだそうな。
「 すまんがここを婚礼のときだけ宿を貸してごせ。 もだれ( 軒先) に蛸屋八兵衛という表札を掛けてごせ。 頼むけえ、 そうしてごせ」
「それならそうしてやるけえ」
そしてそこへ「 蛸屋八兵衛」 と表札を書いておいて、 それから正月の十五日が来て、 みんなの人を頼んで嫁さんを迎えに行かせたげな。
「 さあ、 蛸屋八兵衛さんから迎えが来た」 というので、 長者の家では娘さんに衣装を着させ、 荷物もたくさん持たせて長者一族もそろって来て、新宅へ入って行ったそうな。
「ようこそ来てくれた」と八兵衛は一行を迎えたげな。
婚礼もすんで、 みなが帰って二、 三日もしたら、 嫁さんに向かって八兵衛は、
「本当のわがとこへ帰ろう」 と言ったそうな。
「わがとこは、どこですか」
「ここだ」と、 小さい小屋へ嫁さんを連れて帰ったそうな。
「こがあなとこでも、おまやあ来てくれたで」
「まあ、どがあなとこでも来た以上は、 わしもがまんします」
こうして二人で生活を始めたけれど、 蛸屋八兵衛の方は夜になるとタコを捕りに漁に出る。 嫁さんは毎晩、 毎晩一人寝するのに、夜中の十二時ごろになると、 カアンゴオンと音がするのだそうな。
それが寂しくて男は、
「漁をしに出る」。「 漁をしに出る」 と言って出てしまうのだげな。
そうしていたところ、 毎晩、 やはり、そのカアンゴオンという音が続くので、肝の太い嫁さんは、
「何の精( しょう) あるものか、 ないもんか」 と言ったそうな。
「 精あるもんだ。 わしは金の神だ。 ここの部屋の下、 軒下を掘ってみてごせ。 金がほろんで( 埋めて) あるから、出してくれ」と言うんだげな。
そこで八兵衛が帰ってきてから人を頼んで、 ある日、 そこを掘ったところが、 壷に金がいっぱい入っていたそうな。
それで蛸屋八兵衛は長者になったって。
その嫁さんには、金の神さんがついて来たそうで、蛸屋八兵衛は本当の長者になったげなと。昔、 こっぽり。
知夫村は隠岐地方の島前地区にある漁村で、漁村にふさわしいこのような昔話が残されていた。
関敬吾『 日本昔話大成』 で調べると、 本格昔話の「 婚姻・ 難題聟」 の中に「 蛸長者」 としてこの話型が、 次のように登録されていた。
1 、 貧乏な漁夫が金持ちをよそおって長者の娘を息子の嫁に約束する。 2 、家が小さいために( a) 人の住まない家を借り、 または( b) 殿様に古い家を借りて嫁を迎える。 3 、三つの化け物が出る。 親と息子は恐れて逃げる。 4 、嫁が恐れなかったために、 それぞれ宝の化け物であるのを知り、 それを掘り出して金持ちになる。
このように話型にそっくりの話であることが分かる。
ところで昔話には語りはじめの言葉( 話頭句) が決まっているが、 出雲地方や隠岐地方では「 とんと昔があったげな」 が普通である。
また、 終わりの言葉( 結句) は出雲地方や伯耆地方では「 こっぽし」「 こっぽり」 が多い。 松江市だけはこれ以外に「 昔まっこう」 が聞かれることもある。 ところが隠岐地方ではいろいろとあり、 島後地方では「すっとんからん」「 とん」「 とんよ」 などであるが、 ここ知夫村ではなぜか「 すっとんかっとんからかっとん」 で終わるのが定番になっている。
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