収録・解説 酒井 董美
語り手 小泉ハナさん(明治23年生)
(昭和50年6月4日収録)
とんと昔があったげな。
じいさんとばあさんとあったげな。
じいさんが正月の若水を迎えに行こうと思ったげな。
「弁当ごせ」
「ご飯がないから梅干し持ってけ」
「梅干しばっかりで食われっかの」
「ええ、梅干しなめて水飲みゃ、それで腹がはっだけ、いいだけん」
それから、じいさんがぶつぶつ言いながら山へ行ったところが、石の間からいい水がちょろちょろ出ているので、
-いい水だけん-と思って、梅干しなめては水飲み、梅干しなめては水飲みしたら、つい若くなってしまって、少しは心もしっかりしたげな。
-こいでやめましょ。まあ、こがぁ若ぁなったらばばに叱られる-と思ってね、それで帰ったげな。
「ばあさんよ、戻ったわい」
「どこの野碌(どいつ)だ。私(だ)をばかにして」
「ばあさん、ばあさん、じいだわ、じいだわ、ばあさん、ようと見い。これは主(のし=おまえ)がげた(くれた)着物や前掛けを掛けとっだぞ」
「本当に、ようと見たらじいさんださあだわ。おまえが若いっとっだけん(若返っているから)、そう言ったわ」
「ばかが。こがこがこがこが(こうこうこう)でな。山の石の間から、いい水が出て、正月さんの葉(譲り葉)もそこにたくさんあるし、そいで主もそこに行きて水飲みゃ若ぁなるけん」
「こなじいさん、そんなら、私も行く」。それからばあさんが喜んで、
「われにも何っぞ入れてごせ」と言ったら、
「おまえには、今度は味噌で過ぎとっで」と言って、じいさんは味噌ばっかり入れてやったげな。ばあさんが行ったところが、ちょろちょろ水の出るところへ着いて、
-やれ、ここにまあ、こげにいい水が出たことよなあ-と思って、味噌なめては水飲み、なめては水飲みしたところが、それで止めればよかったのに、ばあさんは欲張りだったので、いやになるほど飲んで赤児になってしまって、水のほとりで、
「オワン、オワン………」と泣いていたげな。
それから、じいさんはばあさんがいつまでも帰って来ないので、
-まあ、あの畜生が、いつまでも何しちょっだ。もどって来んだが-と思って、迎えに行ったところが、そこで「オワン、オワン」と泣いているので、じいさんは自分の懐に入れて、
「これがわしのカカッ児(かかり児)だ」と言いながら抱えて帰ったげな。
昔はむっくら禿げたげな。コケラはポンポン飛んだげな。
昭和 50 年 6 月に聞いた話である。この話の戸籍を関敬吾博士の『日本昔話大成』を引用して紹介すると、「本格昔話の新話型」として次のように登録されている。
本格新一二 若返り水
1、爺(婆)が(a)泉の水(桃の汁)を飲んで、(b)神に祈願して若返る札をもらう。
2、婆が若返ろうとして水をの む、または(b)札をのむ。
3、爺が探しに行くと、水(札)をのみすぎて赤子になっている。
主人公は若返りに成功するが、それを知った配偶者の方は、欲張ったために水などを飲み過ぎ、赤ん坊になっ てしまうという失敗をしてしまう。こうして見てみれば、この話はいわゆる隣の家の人が主人公を真似て失敗してし まう「隣人型」の変形であることが分かる。