収録・解説 酒井 董美 イラスト 福本 隆男
語り手 中原ワイさん(大正10年生)
(昭和63年8月2日収録)
なんと昔があったげな。
昔、 お父さんとお母さんと、 それから姉さんと弟が住んでいたげな。 そうしたらお父さんとお母さんはそのうち死んでしまわれたげな。
そ れ で 、 姉 弟 二 人 で 大 き く な っ て い っ た げな。 ところが、姉さんが毎日、 夜になったら、
「 ついて来うでないよ」 と言って、 決まったように出て行くので、 弟はいつも、
- 何するだろう- と思って不思議な気がしていたけれど、
- 何でも今晩はついていって見ちゃるが-
弟は、 姉さんの後をついて行ったら、 何と姉さんは山の中へ入って、 墓の方へ行くので、 こわいことだと思って追って行ったら、 姉さんは、その日に死んだ人をひっぱり出して、 それから、角の生えた恐ろしい鬼の顔になって、 その死人を が り が り が り が り お い し そ う に 食 べ 出 し た げな。
で、 弟は恐ろしくて恐ろしくてとんで帰ったげな。
またあくる晩も、 姉さんが出て行くので、 弟は恐ろしくはあったけれど、 ついて行ってみたら、また夕べのとうりに、 死人を出してごりごり食べる。 弟はそのあくる晩もまたついて行ったいうて。 そうしたら、 ちょっと近くにおったでその棺の蓋ぁ取ったのが当たったいって。
「痛い! 」 と弟が言ったげな。 そしたら、姉さんが、
「 われ見るな、 言うたのに見とったかい。 よし、 おまえもいっしょに食っちゃる」 と言って追いかけてきたので、 いや、 恐ろしくて恐ろしくて弟はとんで逃げたげな。
それから、 その家は恐ろしくて鬼の姉さんのところへは帰られないので、 弟はそれからどこか旅に出たのだげな。
年かして弟は、 姉さんが元気でいるものかどうかと思って家へ帰ってみたら、 姉さんは鏡を立てて、 ビンつけをつけて髪結っていた。 それでまあ、
「 元気だったか」 言って、 少し話をしていたげな。 そしたら二匹の白鼠が出て、 弟のワラジの紐を一生懸命ひっぱるいって。
「早う出て行け、 出て行け」言ってひっぱるので、それが死んだお父さんとお母さんだったかも知れない。それで弟も、 とうとう恐ろしくなって、とんで出たら、
「 われ待て、 食べちゃるけえ」 と言って、 また姉さんがものすごい顔して、 鬼になって追いかけたいって。 で、 弟は恐ろしくて恐ろしくてどこまでもとんで行ったいって。まあ、これでこっぽしだ。
この話は『 頓原町誌』 を作るための民俗調査の一環として、 筆者が口承文芸部門を担当したおり、 中原さんのお宅で収録させていただいたものである。
これは関敬吾『 日本昔話大成』 の本格昔話「 逃竄譚」 の中の「 妹は鬼」 の話型で登録されている。 主に九州で収録されている話である。
筆者にとって、同類な話はこれまで収録できていなかった。 そこで中原さんにお尋ねすると、「子どものころ、祖母から聞いたものです」と懐かしそうに語ってくださった。
ところで、 その後、 弟がどうなったかまでは語られていない。 後は聞き手の想像に任せられている。何とも不思議な話である。