収録・解説 酒井 董美
語り手 稲垣カズコさん(明治39年生)
(平成3年11月16日収録)
とんとん昔。山寺に和尚と小僧と二人住んでおったげな。
和尚が、「法事で出かけえから、本尊さんの饅頭を食うだないぞよ。あれにはなあ、食うと悪もんが入っちょうけに、ありゃ食っちゃあならんけに」と言ったそうな。
「はい、ええ行儀しています」
小僧は「毎日、掃除や庭の草取りや水汲みで大変だ。今日は本堂で昼休みをしょう」と仰向けに寝ておったども本尊さんの饅頭が気にかかって、須弥壇(しゅみだん)へ上がって、
「本尊さん、それ食わせてごさっしゃいませんか」と言ったら、本尊さんはにこやかな顔しておられるから、饅頭を割ったけれど、中にアンコのおいしそうなのが入っている。、
「和尚はわしをどまかいたなあ。食ってやれ」と食べてしまったげな。
「ほんにまい饅頭だったなあ。いつだり和尚はあげんまいもん食っちょって、わしにはいつもいつもまんないもんばっかあ食わせちょって、ああ、今日はほんに二つあったけえ、もう一つああけん、まあ本尊さんに頼んでみよう」
「なんと本尊さん、悪いとは分かっちょうますだども、もう一つもどげぞ食わせてごさっしゃいませ」。
また本尊さんは黙っておられたけれどもにっこりしておいでる。小僧はそれも食べてしまったげな。
和尚がもどったら叱られえけに本尊さんの口にアンコひっつけ、饅頭のこげたのを落といちょりゃ、和尚が怒っても、「そこ見さっしゃい」て言われえけに、と思ったげな。
庭箒で掃くふうをしておったら和尚が帰ってこられたげな。
和尚さんは、本尊さんの前へ行って見たら、饅頭が見えないげな。
「小僧、本尊さんに飾った饅頭、なんで取って食ってしまったら」
「いや、食っちょうません。本尊さんの口にアンコつけちょらっしゃいますが、本尊さんが食っちょらっしゃあわね。
和尚さん、鉦(かね)たたく棒持って、本尊さん、たたいてみさっしゃい。『食った』て言わっしゃあけん」。
和尚さんがそうされたら、本尊さんは金(かね)でできておれれるから、
「カーン、カーン(食わん、食わん)」と言われたげな。
「本尊さんは『食わん、食わん』て言わっしゃった。おまえが食ったに相違ねわ」。和尚さんが怒られたから、それから小僧が、台所の大釜にを水汲んで、小屋から木を持ってきて焚いて、
「和尚さん、本尊さん、湯に入らせてあげえがええけに」
小僧が須弥壇の本尊さんを抱えたまま、釜の湯が煮えているところへ、本尊さんをつけたげな。やがてのことに本尊さんが、「食った食った」言わっしゃやになった。
和尚さんも「いや。参った、参った」と小僧の頭をなでられたげな。
そういう話で、こっぽし。
稲垣さんの語りの特色は、いずれもじつにきめの細かいもので、同じ種類の話でも他の方が語れば、分量的にずっと少ないのが普通である。今回の話は「飴は毒」という題で知られているものである。