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『さかねとつむぎとキスキ線』(コミックス)

三回、テレビがあっても番組がないと只の箱・・・二重構造 ―

書籍紹介

『さかねとつむぎとキスキ線』(コミックス)。マンガ・たこぱいそん、監修・木次線応援プロジェクト実行委員会、発行・合同会社部活、発行日・2025年12月12日、非売品、A5判192ページ

書籍表紙

■テレビと番組、冷蔵庫とビールに肉等

コミックス紹介の一回目と二回目では、「起承転結」の「起・承」をつかった話をした。今回は「転」で、視点の角度を変え(どんでん返し)て『さかねとつむぎとキスキ線』の今後を予想する。

テレビがあっても番組がなければテレビの存在意義はないし、番組は作ってもテレビがなければ意味もないし存在しない。冷蔵庫があってもビールや野菜や果物に肉・魚が入っていなければ存在意味がないし、野菜や肉は冷蔵庫や冷凍庫がないと腐ってしまう。パソコンも同じで、officeがないと只の箱だ。枕にもならない。

当たり前だと思われるだろう。テレビ局の番組を見たいからテレビを買い設置してもらう。ビールや肉野菜を保存したいから冷蔵庫を買う。パソコンはWordやPowerPointやネットワークを使用したいから買う。両者は互いに存在し機能するためには必要十分条件。

この関係は木次線にも言えることだ。線路や駅があって、走る汽車や列車がある。汽車や列車が走るから線路が存在する。この関係を拡大していくと、線路と列車があって利用者(人や運搬荷物)がいる。逆も真である。利用者がいて線路や汽車や列車の存在意味がある。(車両のホテル再利用は例外)

線路と列車があっても利用者がいなければ意味がない。逆に利用者がいても線路と列車がなければ絶望だ。
世の中のほとんどは、この関係で成り立っている。この構造を少し考えてみる。それが「上部構造と下部構造」という「二重構造」の話だ

『さかねとつむぎとキスキ線』も同じことが言える。江上英樹氏とたこぱいそん氏や木次線関係者の思いや原稿(版下含む)だけでは、コミックスは社会に存在しない。企画・制作した原稿を印刷して製本する製造過程があるから存在する。
知的創造領域の企画制作過程と、印刷・製本の物造りの製造過程の二つの過程が必要だ。この関係をしっかり頭に焼き付けよう。

トンボのある版下 ©️たこぱいそん/木次線応援プロジェクト実行委員会

■上部構造と下部構造

また、面倒なことを書き始めたと、読むのを止めようとしている貴方、暫くお付き合い頂きたい(実際、本の紹介ではなく文章作成教室だとお叱りを受けている)。
二重構造の考えは書籍の紹介だけでなく、今後の木次線完全存続の運動と地域活性化の活動に深くかかわることである。

・二重構造とは

人間社会を考えるとき、「対」で考えると大変便利である。例えば、陰陽説、男と女、裏と表、プラスとマイナス、右と左、需要と供給、戦争と平和、問題と解答、売ると買う、搾取と非搾取、抑圧と被抑圧等々、限りがない。もちろんファージーな部分や多様化の世界もある。すべては二重にならないことは言っておく。あくまでも考え方だ(※)。もっと言うならば物事の整理の仕方、考え方のひとつとして理解してほしい。

  ※我々は再三、真実と嘘が交わり合う世界として「亜フィクション」を提言してきた。

意思をもつ人間社会も二重構造でできている。

定義。社会構造は、経済活動を基礎とする「下部構造」と、政治・法律・文化を構成する「上部構造」の二重でできている。

下部構造は、社会の土台となる生産様式や生産関係など経済的な土台である。木次線では、線路や駅、そこで行われるサービスや運搬、そして販売。もちろん線路の安全管理の業務も含む。

上部構造は、下部構造によって規定される、法律や政治、文化や芸術など精神的な活動を示す。木次線では、各種乗車規則や安全ルール、イベントや催し物列車、さらには駅の歴史や思い出も含む。また駅前が町の広場である考えも上部構造の領域である。

次に定理である。

上部構造は下部構造に規制されるが、上部構造の意思が下部構造に働きかける。そうです、住民の皆様や木次線を旅する人や愛する方によって、木次線を変えることが出来る。

利用者がいないから廃線。というのは下部構造でのことだ。そこで、住民の皆様は、今回のような「木次線まつりや」「歓迎イベント」等々を行う。そのひとつに、『さかねとつむぎとキスキ線』の発刊があった。

社会も木次線も二重構造で整理すると分かりやすい (図①)

・二重構造とは相対的で変化する

二重構造は絶対的な関係ではない。社会の流れや変化、またものの見方・考え方によって構造要素や関係は変化する。その意味で、人の価値観や立場によって、さらには運動や政策のあり方によって変化する。
それ故に大切なことは、最終ゴールを皆でどう描くかである。

三枚の図「世の中の二重構造は考え方によっては相対的である」を順次見て、考えてほしい。

立場や価値観、そして未来の描き方によっては、「二重構造」の「下部構造と上部構造」の内容は大きく変わる。

国会の答弁で話が噛みあわないのは、互いが意識して結論が出ないようにと別々の領域で議論するからだ。

具体的な問題である下部構造を質問する野党議員に対し、政府与党の大臣はあるべき姿の上部構造で答弁する。あるいは野党議員が上部構造のあるべき姿を問うと、大臣は現実の現象という下部構造で答弁する。いつまでも平行線が続く。
私は思う、両方とも解決する意思はないのだ。ただの自己アピールと政党のプロモーションごっこである。

さて、木次線沿線の各市町村とJR西日本との議論はどうだろうか。JR西日本は下部構造中心だと思う。赤字だから、利用者がいないから等々。では自治体はどうだろうか。赤字解消の施策を提案し、少数であっても住民利用の価値を述べていると想像する。ここでは同じ土俵で議論していると想像する。それでいいと思う。しかし、住民や旅行者を入れた総体では問題だ。それでは誰も満足しない。

地域住民や木次線ファンやメディアに対して自治体は、もっと大局を、俯瞰した意見(上部構造)を述べ、住民と新たな運動を起こすべきだと思う。旗振りの歓迎や、皆で乗車するは、手段であって下部構造の行動だ。やはり、あるべき姿を提示する上部構造を模索すべきである。
「木次線まつり」の『さかねとつむぎとキスキ線』の発刊記念で行われた「木次線まつり・シンポジュウム」での、江上英樹氏が発言した『聖地』のようなことだ。

それをどう展開するか、私も楽しみだし、少しでも協力したい。そのひとつが長々とした書籍紹介である。このコミックスは単なる読み物としての本ではない。木次線の明日を示す運動体でもある。
結論は四回目の紹介「起承転結」の「結」で述べることにする。

話がそれてしまった。元に戻そう。

二重構造で『さかねとつむぎとキスキ線』を見てみよう。そのなかからこのコミックスの面白さと、今後の価値ある展開を紹介する。

■コミックス『さかねとつむぎとキスキ線』の中の二重構造

皆様も一緒に考えてほしい。

・『さかねとつむぎとキスキ線』の下部構造

目に見える具体的なものをさがせばいい。
まず、木次線だ(コミックスの一話ごとに木次線の駅を順次紹介している)。次に木次線の地域や人びと(さかねやつむぎやまこと等々)。そして木次線の歴史や文化やイベント(これも後半部分と最後に紹介されている)。
これらがいわゆる下部構造にあたる。これがないと物語の背景や流れが分からない。ただ、これだけを羅列しても意味のある表現方法がある。それが映像だ。静止画や動画の魅力はここにある。しかしコミックスや小説・随筆、さらには映画ではそうはいかない。

・『さかねとつむぎとキスキ線』の上部構造

直接、形として見えないが創りあげられた価値や関係、文化・風土だ。

このコミックスの目的は三点ある。
第一は、木次線やスイッチバックの紹介ではなく、なくなるという決定・運命に嘆くことだけでなく抗うことである。第二に、木次線やスイッチバックを愛してやまない人びと(さかね、つむぎ、まこと、多くの人々、そして未来の人びと)のそれぞれの悩み思いと成長である。そして、第三に、木次線の歴史であり地域と共に気づいた文化、さらには中国山地の自然とともに生きてきた共棲の思想である。

・私たちが感動し、共感するのはなにか

下部構造に支えられた上部構造の人間模様である。
一巻目の話は上部構造にあたる「さかねの廃線の悲しみ」「つむぎの進路の悩み」「まことの友人」、そして多くの人たちの木次線への愛(鉄道ファン、旅行者、大阪の友人)で展開された。

さかねは言う、はじまりのカラーページで悲しく「みんなの笑い声・・・」「途絶えちゃった・・・」と。対照的に最後のページの言葉「今年は、なんだか全然怖くない!」「春が、楽しみだなっ・・・」。
雪で出雲横田駅と備後落合間は運休になっても、雪がとける春には必ず列車が走り、つむぎやまこと、そして多くの人々がやって来る。

まるで女性解放運動の先駆者・平塚雷鳥のごとき言葉ではないか。「池の平和のために、一羽のツバメが飛び去って行く」に対し雷鳥は返す、「ツバメならば、また季節がくれば飛んでくるでしょう」。そして二人はくらしはじめる。

江上英樹氏とたこぱいそん氏とその仲間たちは、帰ってくることを信じページを閉じる、そうです、「序章・完」と。序章には続きがあるのです。あることを前提としているから「序章」ともいえるのです。
ご期待ください。

さらには「布石」がひと石、投じられているのです。「ウイちゃん」という妖精・精霊が。

■下部構造が普遍性を提供する

物語の発展と成長は、さかねとまことの会話の中に出演した「ウイちゃん」が重要な役割を担う。すでに廃線となった三江線の妖精・精霊である。そして木次線の妖精・精霊はさかね。きっと全国の鉄道にも妖精・精霊はいる。黒字路線の妖精・精霊はこの世の花と謳歌していることだろう。

しかし、JR西日本の19路線のうち32区間が赤字だ(2022-2024年平均)。ということは、ここにもさかねやウイちゃんのような妖精・精霊がいる。戦後400路線が廃線した。内2000年以降で39路線。ということは、三江線のウイちゃんのように地上から消えた妖精・精霊が、2000年以降39柱(神様の数え方)いるわけだ。

その妖精・精霊達が奥出雲のスイッチバックに帰ってくる。そしてその聖地に多くの人々がやってくる。それがどんな世界で、どんな関係が織り成され、どのような価値が構築されるか楽しみだ。

それを貴方は期待するか、それとも自らが、その主体者となるか。

江上英樹氏はシンポジュウムで予言した、聖地に向かう『銀河鉄道999』を。

江上英樹氏やたこぱいそん氏にとっての上部構造が『聖地』に向かう『銀河鉄道999』ならば、私たちが描くべき「上部構造」はなにか、言うまでもない、それは明らかである。

明るくて活力のある神話の故郷である。

 『聖地に向かう列車』
🔳問合せ先
 雲南市 政策企画部
  うんなん暮らし推進課 交通政策室 冨岡
  〒699-1392 島根県雲南市木次町里方521-1
  TEL :0854-40-1014

掲載したコミックスの写真は、「©️たこぱいそん/木次線応援プロジェクト実行委員会」に所在します。無断使用はご遠慮願います。


告知

一回、『線路は続くよ』としての「起承転結」

二回、『三角形は重なると輪になる』としての「三角関係」

三回、『真の目的、そしてビジョンは』としての「上部構造と下部構造」

四回、『私たちのゴールに向けて』としての「ハリウッド式シナリオ・V字型」

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