― 読んで気づく、自分の後姿を見たような驚きと羞恥 ―
『出雲人-出雲学へのいざない-』。著者・藤岡大拙、発行・ハーベスト出版、発行日・第一版1991年5月8日、新装版2014年10月2日、定価・1400円(税別)、四六判、181ページ
藤岡大拙(ふじおかだいせつ)、1932年6月26日、島根県簸川郡斐川町(現出雲市)生まれの満92歳。当サイト『島根国』でも「文芸のあやとり」のコーナーで『島根つれづれ草』の執筆をお願いしています。
初めに藤岡大拙氏の人柄について主観的感想を述べておきます。
藤岡氏はお忘れでしょうが、初めてお会いしたのは藤岡氏が松江南高の教師で、私が松江北高の生徒のとき、南高の校内でお見かけしました。1960年代後半、旧制松江中学-松江高校の流れをくむ両校は、「伝統の北高」と「革新の南高」として互いに大学進学の優劣を争い(教師が)、部活動や課外活動でもライバル意識を戦わす関係でした。
討論会か文化祭で南高を訪ねた折、藤岡氏が友人と話をしておられるのをお見かけしました。威風堂々とした姿勢に「南高にはこんな教師がいるのか」の印象をもったのです。そのころの教師といえば南も北も同じで、虎の威を借りた保身的な教師が大半でした。
数年前、藤岡氏の取材で荒神谷博物館を訪ねた時のことです。取材撮影も終わり最寄り駅までタクシーをお願いしますと、藤岡氏が自ら運転して送ると言われたのです。丁重にお断りしたのですが最寄り駅には車もなく、ご厚意に甘えることになりました。
無人駅「荘原」につくと列車が来るまで二十分程あり、お礼を述べてお帰り願ったのです。ところが穏やか出雲弁で「えぇ~ですが」と微笑まれ、列車が来るまで世間話をすることになりました。跨線橋を渡り列車に乗っても藤岡氏はホームに立ったまま、列車が動きだしても直立不動のままでした。車窓から身を乗りだしお辞儀した私は、視界から荘原の駅が消えるまで頭を下げておりました。
年長者からの丁重で寡黙なお見送り。それは饒舌に『出雲学』を語った藤岡大拙氏とは別な、保守的な島根で矜持に生きた藤岡氏の生き様だと思いました。
藤岡大拙氏の略歴は『島根国』の「島根つれづれ草」をご覧頂くとして簡単に紹介します。1958年京都大学大学院文学研究科修士課程修了。夢途上にて帰郷、1958年島根県立出雲高校、62年島根県立松江高校教師を経て、1985年島根女子短期大学助教授、96年学長と島根の教育現場に関り、島根県文化振興財団理事長、荒神谷博物館館長、松江歴史館館長などを歴任、島根の歴史文化の第一線で現在も活躍されています。
『山中鹿介紀行』『塩冶判官高貞』『出雲とわず語り』『今、出雲がおもしろい』『出雲学への軌跡 自選歴史著作集』など多くの著書や共著・監修がありますが、藤岡大拙氏を知る意味でも、また島根の県民性(ここでは出雲地方の性格)に触れる楽しみ方としても『出雲人』を紹介します。とくに出雲旅を計画の旅人には出雲地方の気質を知る意味でお奨めします。そして島根にあって息苦しく思う貴方にも。
島根を旅したいと名所旧跡を調べている皆様に、旅人をおもてなししたいとお考えの島根の方に、島根県人ってどんな性格、島根県人はどう見られているかをお話しする前に、ちょこっと寄り道します。
旅の楽しみは地元の方との触れ合いです。もっとも身近に感じるのが、酒場や市場、そして祭りの場です。一杯の酒が取り持つ縁に会話の輪も広がり景色も変わります。市場の出会いはその町の生活と人情に触れるきっかけです。袖すり合うも多生の縁の祭囃子に合わせて踊るうちに心も打ちとけます。道を尋ねるとお連れしますと人情噺に笑みがこぼれます。夕立に軒下を借りたつもりなのにいつの間に百年来の友になります。
一期一会、出会いとは不思議なもので、偶然なのに予定された必然のようにも感じるのです。ひとは、そんな出会いを求めて旅にでると言っても大げさではないのでしょう。それは迎える側も同じことです。
このように出会いは個別的で具体的なのですが、全体を行政区や旧幕藩体制でくくった抽象的な見方もあります(全体の共通性)。曰く県民性とか地方性です。個人がどうとかではなく全体として抽象化し、抽象化から個人という個別を見るのです。
鳥取県とセットで考えられる島根県ですが、方向性だけでなく気質と風土も随分異なっています。さらに島根県は、出雲地方、石見地方、隠岐地方と三つの文化と風土に分かれます。一学年五百余名いた松江北高(出雲地方)には二割弱の石見人と隠岐人が入学し、寮も三つの個性が交じり合っていました。
島根県民とはどんな性格で特徴を持っているのでしょうか。暫し書籍『出雲人』から探ってみましょう。それがまた本書の第一義的な使命でもあります。
・『出雲人』目次
『出雲人』は次のように構成されています。
1、プロローグ 県民性、出雲人、地方の位相、ふるさと創生
2、大町桂月の出雲人論 桂月と簸川中学校、桂月の出雲人論
3、出雲風土論 箱庭的世界、出雲弁、箱庭から生まれる気質
4、敗北感の揺曳 輝ける古代出雲、揺曳する敗北感
5、桂月とハーンの間 桂月の出雲人矯正論、ハーンの出雲人観
6、石見人の気質
7、出雲人の気質 繊細な感性、受容の美学、オオクニヌシ的な「しぶとさ」「したたかさ」
8、むすびにかえて
出雲学入門の第一弾──改訂版を出すにあたって
・島根の県民性
『出雲人』のなかで島根の県民性をこのように紹介しています。
「島根県人は、よそ者意識・近所づきあいを煩わしいとする意識・祖先への意識・勤勉意識がともに全国一位」(『日本人の県民性』昭和54年)
「PR不足・進取性即応性が弱い・活気がなく若さがない・目玉がない・遊びがない」(島根県イメージ推進調査研究協会・平成2年)。どこかの広告代理店でも入っていそうな結果ですが、言葉を変えれば、変革という革新性と進歩性がなく、出る釘は打たれる的な妙な横並び主義と創造的な挑戦はしない、そんな意味でしょうか。
明治32年に簸川中学に着任した高知出身・帝国大学卒の大町桂月の『一蓑一笠(いっきいちゆう)』(明治34年)に出雲の雑感「出雲雑感」が収録されています。時代も明治のこと、場所も現在の出雲市に限定され、わずかな滞在期間のことで、辺鄙な島根に対する偏見もありますが、これが今にも当てはまる面白い見識なのです。時は過ぎても変わらない風土の薫り、少しながくなりますが『出雲人』より抜粋します。『一蓑一笠』は『明治文學全集』(筑摩書房)に収録されていますが「出雲雑感」はありません。
「出雲人は、柔弱・陰険・上方贅六(大阪もん・軽蔑)・廉恥を重んずる風なし・然諾を重んぜず(約束を守らない)・風俗は淫靡なり・人情は軽佻なり・情熱なし・悪に強からざる代わりに、善にも強からず・義に勇む侠骨なし・・・(まだまだ続く)・・・男らしくない・心底には誠意なし・公共に乏し」
よくぞここまで上げたものだと驚きます。
藤岡氏は大町桂月や野田成亮、『人国記』の評価を整理して出雲人を次の四つに要約します。
「保守的・消極的、閉鎖的・排他的、依存的・従属的、無口・無表情」
帯びに書かれた「日本人を煮詰めると出雲人になる。暗い/内向的/社交下手/消極的/地味/勤勉/堅実/まじめ/努力家/進取性がない/即応性が弱い/活気が無い/若さがない/遊びがない」
これだけ並ぶとさすがに出雲人と言うか、評価する方の見方が嫌になります。そして現実を思い出して笑っちゃいます、確かにそげだわ。やがて自分を見つめ、悲しくなります。そうか、儂はこげんな人間かよ。というよりももっとひどい島根人だろうなと。ところが、しばらくたつと絶望も霧散し、一般論だと遠ざける島根人がいるのです。
・でも、なにかしなくては
それでもわずかに生真面目な島根人は、成長しない、体制と流れに依存している我が身を鏡に映し、ときに、これが地域間連携の弊害で、地域活性化の重石ならば変えなくてはならないと思うのも島根県人らしい人情であり、正義感でもあるのです。抜けだそうとまじめに努力をするのですが、立ちはだかるのが多数派の島根人。動けない、動かない、林の如く。最後は陰に陽に懐柔策、それがだめとなれば・・・。
藤岡氏も同様な考えをお持ちで、本書の最後の「むすびにかえて」でご自分の役割を次のように述べています。
「私は草稿の段階で、その短所(出雲人気質)が今日叫ばれている地域活性化をいかに阻んでいるか、その短所をどうすればいいのかを、かなり具体的に述べていた。そして数人の友人に読んでもらったところ・・」「現実の政治や行政、あるいは社会にまで言及すべきでない」と批判を受けた。たとえば「実態を分析し、提示すればいい」「内容的に息の長い出雲人論を書くべきだ」
藤岡氏は本書から、「出雲人気質の欠点をどうしたらいいのかという問題をカットすることにし、むしろ読者の皆さんに考えていただくことにした」
「本書が豊かな郷土づくりのたたき台となれば、望外の望みである」
出雲人の気質を歴史的、文化的に分析するのにとどめられたのです。そこでどうするか、それは皆様で考え、実行してくださいとバトンが差し出されました。
・出雲人の二重性
では誰が藤岡氏のバトンを受けるのでしょうか。
軟弱で優柔不断の出雲人、控えめで内向的で猜疑心が強く、地味で排他的だが仲間間では生真面目、行動に出ないくせに出る釘は打つ。ところが頑固で律儀な出雲になることがあります。生き様に美学をもち、しぶとさも持っているのです。
藤岡氏も指摘します。
「出雲人は人を愛するにしても、情をかけるにしても時間がかかる。だが、いったん受け入れたら、人は出雲人の愛と情の深さに驚くだろう。桂月や山伏成亮はそれを感ずることができなかったが、ハーンはあふれるほどの情愛を享受したのであった。私はこのような出雲人の特質を『受容の美学』と呼ぶことにしている」(7章「出雲人の気質」)
「オオクニヌシの一種の『したたかさ』は、出雲人もつねに持ちつづけてきたのである」(同)
藤岡氏が指摘するそんな出雲人を、私はもうひとつの出雲人と呼んでいます。二種類の出雲人ではなく、二律背反した性格を共有した出雲人のことです。多重人格と想像して頂ければ分かりやすいと思います。一方が出ると一方は隠れてしまいます。並存できないのです。そこが問題であり、楽しいところです。
いっちょやったるかと気勢を上げたのに、翌朝シジミ汁を飲むと会社や学校までの道で変わってしまう。でも、長い目で見るとすこしずつですが変わっているかも。
・百一匹目のサル
もうひとりの出雲人こそが、「百一匹目の猿」かもしません。ある日、突然変異が偶然重なり合って、保守的な出雲人が革新となり、沈黙に忍んできた出雲人が声をあげ、のらりくらりの出雲人が突如挑戦的でアクティブに動き出すのです。
百一匹目のサルの話です。
泥の付いた芋を海辺の塩水で洗って食べる子ザルが突然現れたのです。まずい泥を落とし、塩という味をつけ「革新的な芋」を美味しそうに食します。ボスザルは奪いとりました。子ザルは泣き叫ぶことなく、また泥の付いた芋を海で洗います、とられても盗られても変わりません。やがて他の子ザルが真似します。子ザルに伝わり、次に母ザルや雌ザルが真似たのです。最後に真似たのは、平素は横取りして暴力をふるうヒエラルキーに固執する成人の雄ザルでした。すると不思議なことに交流のない隣の島のサルたちも同じことをし始めたのです。
変化。一回目の東京オリンピック(1964)を迎え、こんなキャンペーンがありました。痰は痰壺に、ガムは道に捨てずに紙に包んで、買い食いはやめ、下着でうろつかないようにしましょう。今では誰もしませんね。整列乗車は当たり前のことです。ところがこんなマナーさえできない日本人が1964年前にはいっぱいいたのです。貧困だけのせではありません。
変化は波紋の如く広がって、常識となるのです。
『出雲人』は、出雲人の気質や性格の「負」を列挙した書籍ではありません。出雲という風土や歴史を文人・知識人の目を通して、次の時代を築くにはどのように変化すべきかと問いかけた書籍です。
何をするかという短期的な思考の人材ではなく、どのような戦略を描いて、最初の子ザルがうまれる環境を創造し、広めていくか、その気付きへの問いかけです。出雲人らしい気長な戦略です。今年は明治元年から156年、戦後から79年。藤岡氏も焦っておられるかもしれません。あの時の高校生も、もう喜寿へのカウントダウンです。
そこで気長な出雲人への意識変革の戦略として「2対6対2の法則」を提示して書評の締めとし、藤岡大拙氏『出雲人』への返信とします。
10人の部下がいれば、2名は指導しなくても主体的に活動し成果を上げ、一方の2名はどんなに注意してもなにもしません。大切なことは両方の2名に策を施すことではなく、残りの6人をいかにして主体的に活動する2名に近づけるかです。それが教育であり、指導であり、そしてリーダーに求められる資質です。
間違ってはいけません。リーダーが、そしてなによりもリーダーの資質をもつ人物が必須です。変革の意思をもち、チャレンジ精神もあり、責任感もある、孤立無援でも責任を背負い戦い抜くリーダーがいてこそ、「2対6対2」の「6」の層を意識変革できて、ともに地域活性化の仲間として変革に取り組むことが出来るのです。だからといって主体的に動く2名を自由奔放にさせてはダメです。そこには明確な「理念(ビジョン)」を提示することも大切です。ということはリーダーには理念を描く能力と勇気が必要です。
島根県人が、出雲人がどうとかと笑うことではなく、あなたがリーダーの資質を持って出雲人の個性を活かして「地域活性化」に向かうために何をするかという「挑発」の書なのです(警鐘の書)。
思い起こせばあれは高三のときでした。北高生であることがばれて、南校から出て行くよう注意されました。学生帽の校章や学生服の襟章とボタンを見れば一目瞭然でしたが、ひと声上げるまでは静観されていたようです。聞くだけならここにいていいよ。しかし、発言という行動を起こすなら規則に従い出ていってくれ。
あなたが百一匹のサルを創るための一匹目のサルになりましょう。そのためには「出雲人」のどの特性・性格・気質を活かすか、環境を変えればマイナスはプラスに変換できます。その参考の書にしてはいかがでしょうか。
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