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『スイッチバック大全』スイッチバックの挽歌を聴きつつ

― 蒸気機関車が煙と息を吐き吐き上っていく ―

書籍紹介

スイッチバック大全 ―日本の“折り返し停車場”140ヶ所の魅力と歴史を全紹介―』。著者・江上英樹 (著・編集)/栗原景 (著・編集)、発行・誠文堂新光社、発行日・2024年8月17日、定価・4500円(税別)、B5変(縦245mm×横182mm×厚さ20mm)、オールカラー・全256ページ

書籍表紙

出雲坂根駅(木次線)スイッチバックへの思い

著者のひとり江上英樹さんに初めてお会いしたのは、昨年(2023)の夏のことでした。神保町のとあるビルで開催された、出雲坂根から三井野原間のスイッチバックのジオラマ展でのことです。当サイト『島根国』でも2023年7月23日付け「おしらせ」にて「君にとどけ! 木次線の息遣いとトロッコ列車の歓喜を」で紹介しています。

・昭和の木次線

私にとって三井野原に向かうスイッチバックは、スキーを覚えはじめたころから三井野原駅に隣接したスキー場に通う交通手段でした。スイッチバックは見る物でなく、汽車に乗って昇り降りする「行ったり来たり」の線路に過ぎなかったのです。なによりも広島に向かう芸備線に接続し、新見から岡山に繋がる上京と帰郷の手段でした。

いまでこそディーゼルですが、真っ黒で重厚な蒸気機関車が、石炭の黒い煙と蒸気を吐き吐き「せつそうに(苦しそうに)」上るのでした。そのころは、材木、農作物、牛、牛乳、砂鉄などなど運搬する物も多く、もちろん通勤通学の唯一の手段で多くの人々が乗車しました。年末に降る雪は根雪となってラッセル車も走っています。急行も夜行列車も、そして祭りごとに出る臨時列車も走っていました。

しかし、都市への人口集中と過疎化、さらには車社会の発展とともに道路網の充実は、鉄道を生活の隅へと追いやり、近年、木次線の廃止が噂から露骨な施策へと変わったのです。

・スイッチバックのジオラマ

そんな世情を背景にスイッチバックファンの江上英樹さんは、木次線の出雲横田に住み着きスイッチバックのジオラマ作成の資料収集だけでなく、地域住民や沿線の人びと木次線の継続に尽力されていたのです。

自然を壊せば自然は永遠に蘇ることはありません。鉄道も一度廃止すれば蘇るためには時間と資金を必要とするでしょう。というよりなくなることでしょう。私たちはそれを沢山経験し見てきました。

緯線反対と叫ぶだけでなく、経済・社会環境や自然との共存のなかで、どうやったら存続できる道が可能かと思考し、知恵を出す。その一環に、江上英樹さんの出雲坂根のスイッチバックのジオラマがありました。そして江上英樹さんは、木次線沿線の仲間やかつてのコミック雑誌編集長の頃の人脈と知恵で次の活動を検討されています。

今回紹介する『スイッチバック大全―日本の“折り返し停車場”140ヶ所の魅力と歴史を全紹介 -』も鉄道やスイッチバック好きという視点とともに、そこに暮らし暮らした人々の生活と歴史を読み解いていただければ、紹介者として有難いところです。またここには、木次線継続のために住み着かれた江上英樹さんの思いや情熱も脈々と流れています。

スイッチバックのジオラマ

書籍の構成

・著者紹介

著者の江上英樹と栗原景に簡単にふれておきます(誠文堂新光社サイト参考)。

江上英樹(エガミヒデキ)

元小学館漫画編集者。小学生時代から鉄道趣味をもち、担当する雑誌で『鉄子の旅』『月館の殺人』等の鉄道漫画を手がける。特にスイッチバックへの興味は強く1999年から「I love switchback」という専門サイトを立ち上げ(現在開店休業中)、それが今回の書籍化につながる。木次線・出雲坂根スイッチバックを応援するためにジオラマを制作し、東京や奥出雲で展示を行う等、スイッチバックの魅力を伝え続けている。

栗原景(クリハラカゲリ)

1971年東京生まれ。旅、鉄道、韓国を主なテーマとして活動するフォトライター、ジャーナリスト。学生時代から鉄道関連書籍の編集に携わり、出版社勤務を経て2001年からフリー。国鉄を直接知る最後の世代で、書籍、雑誌、ウェブ、トークイベントなど幅広い分野で活動している。3年間の韓国留学経験があり、韓国語や韓国旅行関連の記事も手がける。

・書籍構成 

スイッチバックって何だと思いますか。鉄道ファンの方なら今さらの問いでしょう。体験したことのない、乗ったけど知らなかったという方に、極端な説明をすれば、高い山を越えるため「行ったり来たりして上る線路」だととりあえず思ってください。

日本全国、北海道から東北、関東甲信越、東海北陸、関西中国、四国九州に存在する(存在した)スイッチバック約140ヶ所を存在した当時の写真と文章で紹介しています。特に私のような体験したが鉄道にはまったくの素人でも感動したのは、「本書の見方」で紹介される構成と分類です。

各スイッチバックのページは次のようにレイアウトされています。
・スイッチバックの分類・停車場名・勾配断面略図・都道府県所属線区・スイッチバックの廃止年・年表・航空写真・配線略図・現状探訪ガイド・QRコード。

なかでも「スイッチバックの廃止年」には泣かせられましたね。ここに江上英樹さんと栗原景さんの鉄道に対する熱き思いと、失いたくないとする熱意を感じます。

・目次

全体は地域別に6章と海外編で構成されています。

第1章 北海道
狩勝(信)/新内/南稚内/留萌/遠軽/常紋(信)/三笠/楓/上然別/湖畔/錦沢/かつての「新夕張駅」は折り返し?/北海道の戦時型信号場/仁山(信)

第2章 東北
滝見(信)/西岳(信)/吉谷地(信)/1000 t 貨物とスイッチバック/押角/大志田/浅岸/大橋/岩手石橋/米谷/村田/金山(信)/赤岩/板谷…ほか

第3章 関東・甲信越
松井田/スイッチバックは日本人の美意識?/熊ノ平/御代田/草軽電気鉄道/まだまだあったか、折り返し/東武鉄道伊香保軌道線/湯田中/電鉄大屋/関山/二本木/上越線の戦時型信号場/東赤谷/西長岡/寺泊海水浴/上見附/羽鶴/間藤/武蔵五日市…ほか

第4章 東海・北陸
箱根登山鉄道/谷峨(信)/谷峨と兄弟「足柄信号場」/富士岡/岩波/富士岡・岩波の先輩格「神山信号場」とは? /友田(信)/左富士(信)/遠州馬込/美濃大久保/中京圏の平面型スイッチバック…ほか

第5章 関西・中国
中在家(信)/北宇智/名にし負う逢坂山の折り返し /東舞鶴/梨ケ原(信)/郷原(信)・入野(信)/上瀬野(信)/諸原/出雲坂根/一畑口…ほか

第6章 四国・九州
坪尻/新改/笹場(信)/立野/呼野/筑豊に存在した“幻”のスイッチバック/本川内/東唐津/伊万里…ほか

附録 海外編
・写真提供・資料協力・参考文献
・編集を終えて
・あとがき

目次だけで、いかに多くの路線とスイッチバックに関り、長年の蘊蓄と洞察をページ構成に反映されたか、素人目にも分かります。そのご苦労と執念にただただ敬服するだけです。

「編集を終えて」で著者の一人・栗原景さんが記されています。
「長年にわたりスイッチバックを愛し、取材と研究、情報収集を続けてきた江上英樹さんの集大成です」

そんななかで誠に申し訳ないのですが、ここでは島根県の二つのスイッチバック(Z型出雲坂根とV型一畑口)についてのみ少し紹介します。255ページのうち5ページです。
鉄道ファンの皆様は是非、直接手に取りご一読ください。

木次線

ひとを知る

・独自な整理

「Z型」「V型」ってなんじゃ? 当然の問いです。そしてこれがこの書籍の素晴らしいところであり、江上英樹さんの思考能力の凄いところです。
「本書で用いる用語解説」で、スイッチバックを次のように規定します。「駅・信号場において、同一路線で線路の折り返し伴う配線。『折り返し(式)停車場』とも称する」

全国のスイッチバックに接し、整理し・思考してきた江上さんは、独自な考えで分類したのです。それも本書の特徴です。

「本書におけるスイッチバックの分類」にて、7つに分類し、それぞれの特徴をあげています。

出雲坂根の「Z型」は、「三段式とも呼ばれ登坂のためジグザグに線路を上る大型のものと、X型同様の用途を持ちつつ通過不能なものが存在する」

一畑口の「V型」は、「全車両が別方向におり返していくもの。勾配を伴う場合と誹勾配型が存在する」

分類にもとづいて各スイッチバックを眺めると特徴のみならず、地形と役割も浮かび上がってきます。それこそがスイッチバックの役割ともいえます。

・鉄が日本の中心であった頃

鉄道ファンでもない私を楽しませたのは掲載された写真にもあります。昭和生まれのものには懐かしい蒸気機関車の重厚感ある勇姿や颯爽と走り抜ける美麗が、モノクロ写真で紹介されています。

1959年、三井三池での労使対決が象徴するように、日本のエネルギーは石炭から石油へと大きく舵を切り替えます。1964年の東京オリンピックを控え東海道新幹線が開通し、東京には高速道路が走り、やがて東名高速が開通し、日本の交通手段はトラックを核とした道路へと変化します。それは首都と東京といかに速く繋がるかでした。

重厚感ある蒸気機関車からディーゼルへと移行しました。当然のように受け入れた私たちもいました。トンネルに入っても窓を締めなくよい、雪国の木次線が温かくなった、洗濯物も汚れない。そして格好いい。小学生だった私は小旗を振って歓迎しました。第二次産業の製造業から第三次産業のサービス業へ移行するのと同じハイカラなことに思えたのです。

ところが今、木次線は廃線の事態に直面しています。
鉄道経営に乗車率は大きな問題です。しかし、まだ利用しているものがいるのです。かくゆう私もコロナ以前まで帰郷の折には木次線を利用していました。また観光立国日本の成長戦略との共存は検討できないのでしょうか。

・木次線廃線の噂を憂いて

江上英樹さんは本当に出雲坂根駅のスイッチバックが好きなのだと、本書を読んで感じました。
210頁の「出雲坂根」紹介のページ以外にも、「序にかえて」のトップページの写真は坂根駅のスイッチバックです。「第五章関西・中国」の中扉の写真も出雲坂根で、一文でも紹介されています。

木次線の廃線は出雲坂根のスイッチバックの廃止でもあり、永遠に人々の視界から消え、体験することもできなくなることへの危惧と警鐘が伝わってきます。「どんな坂、こん坂」のリズムで。

大切なこと

書籍紹介というより、江上英樹さんという人物紹介になったようです。全国のスイッチバックの書籍紹介でなく、木次線廃線をなんとか回避したい熱意と行動の紹介になってしまいした。

江上英樹さんは次の書籍で、木次線を残したい思いを検討されています。だからこそ、全国の、そして海外のスイッチバックを全方位的に紹介することで出雲坂根のスイッチバックの存在意義を述べたと思います。もちろん全国のスイッチバックも残したい気持ちのひとつとして。

鉄道ファンの皆様に申し訳ありませんが、私にはすでになくなった沢山のスイッチバックや危機にさらされてスイッチバックが「木次線を残してくれ」と願う自分への挽歌を、江上英樹さんが代わりに歌っているように感じました。

「山越えの途中、わずかな平坦線に入り、そこで火床を整え、給水を終え、引上線へと後退する。そして爆煙を天まで吹き上げる勢いで、勾配本線に出ていく蒸気機関車。そこには鉄道が最も強かった時代の姿があった」(序にかえて・江上英樹)

鉄道好きの江上英樹さんが、出雲坂根のスイッチバックの保存のために東京から奥出雲の出雲横田に移り住み、ジオラマを造り、木次線沿線や東京で展示し、次の木次線存続の創作活動にすすまれた。その一連の江上英樹さんの生き様に本書籍を置いて紹介しました。

『島根国』にアクセスされた皆様、マスメディアで紹介される木次線の廃線検討のニュースに関心を寄せてください。そして、是非、木次線の旅にお出かけください。もちろん全国のスイッチバックの旅にも。

スイッチバックは、日本の近代化に向けた「歴史的遺産」であることを忘れないでほしい。そこには山を崩し造った者、乗車する者、運搬する者、保守点検する者など多くの人々の苦労と喜びが、汗と涙となって染付いていることも。

奥出雲駅

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