― 月山富田城・十砦から十旗へ ―
講演が楽しみでした。それは戦国時代の尼子VS毛利という戦いの話ではなく、講演が安来市、ひいては島根の戦国時代観光の促進剤になるからです。
手元に松本清張著『山中鹿之助』(小学館)の文庫本があります。1957年から一年間学習雑誌『中学生の友3年』に連載された作品を2013年文庫本にて復刻されました。所得倍増計画が池田隼人内閣によって計画される数年前、尼子の家臣・山中鹿之助は学習雑誌に連載される全国区の戦国武将だったのです。
テレビの特番で視聴者が選ぶ「人気の戦国武将」「強い戦国武将」が放送されますが、上位に尼子や山中鹿之助の名はありません。華々しい逸話を下げた織田信長を長とするヒエラルキーに弾き飛ばされ、三本の矢の毛利元就の知名度に押され、尼子や山中鹿之助は忘れられたのでしょうか。
尼子や山中鹿之助を全国区の武将にするには、今回のような講演会は貴重です。NHKの大河ドラマに比べると地道ですが、ネット配信で多くの人びとに届くことで認知度も高まるはずです。それは自ずと観光事業にも深く寄与することでしょう。
ということで今回は、尼子の「十旗・十砦」戦略で紹介しようと思います。名付けて「点と点を線でつなぎ面とする」旅情報です。(大げさですね(笑))
それでは尼子「十旗・十砦」を訪ねる旅に出かけましょう。
■十旗と十砦
下手な地図ですが、これで月山富田城跡を中心に出雲地方の山城を俯瞰しましょう。
尼子は月山富田城の防衛として周辺の支配区に10の山城(砦)を築き、毛利や福島の侵攻や内部の裏切りに備え10の城(旗)を築きました。それが「十旗・十砦」です。
・十旗は尼子領土防衛線の支城。白鹿、三沢、三刀屋、赤穴、牛尾、高瀬、神西、熊野、真木、大西。
・十砦は月山富田城の周辺を固め、十旗を繋ぐ山城。十神山、神庭横山、三笠山、赤崎山、母里亀遊山、高尾山、高盛山、勝山、蓮華峯寺山、安田要害山。
尼子ファンにとって、十砦の山城を麓から眺めるのも思い出深い旅になるでしょう。もちろん登るのも貴重な体験です。ただし山城は山です。事前に自治体や観光センターで情報を収集し、万全の準備をしてください。十旗になれば範囲も広がります。尼子の歴史だけでなく、地域の歴史や文化もあわせて散策してください。
■月山富田城
月山富田城は標高190メートルの月山にある山城です。尼子が滅ぼされたのちは毛利・吉川が在城し、関ヶ原の戦いの功績で堀尾忠氏が松江城に移るまで居城としました。難攻不落の要塞城で攻防戦や兵糧攻めの凄さも想像できます。見学路は整備され、山中御殿から頂上の本丸までの七曲りのジグザグの山道も歩きやすくなりました。頂上で景色を見ながら暫し尼子とともに山中鹿之助を思い描きましょう。
山中鹿之助は、勝久を担ぎ尼子の「御一家再興」の戦いを指揮した武将です。こんな話もあります。①名前の由来。真偽のほどは定かではありませんが、「山の中で鹿の背中に乗って成長したことから山中鹿之助と名付けられた」。②責任感のある武将。尼子十砦の三笠山で三日月に祈念した「我に七難八苦をあたえたまえ」。まさに不屈の精神と忠義の塊のような武将です。③尼子十勇士のひとりで、京都の東福寺の僧となった勝久を還俗させたのが山中鹿之助たちです。
■尼子十砦について(二点)
月山富田城の周辺には守備城として10の城(十砦)があります。そのなかで①尼子VS毛利攻防戦で重大な位置を担った勝山城と、②『出雲国風土記』にも記され「神在月」に係わる十神山城を紹介します。
●勝山城
飯梨川を挟んで月山富田城と対峙する位置にあります。標高は252メートルで月山より高く、古くは瀧山といわれていました。尼子十砦のひとつですが、本格的に整備したのは毛利と考えられ、1565年の月山富田城攻めの城として築かれました。勝山城からは月山富田城が一望でき、籠城する尼子の状況を逐次確認したことでしょう。上から見下ろされる尼子としては腹立たしいことです。
●十神山城
安来節にも唄われた「裏も表もない」十神山です。10月の神在月、全国から出雲に集まられる神様がこの十神山で休息されるということです。また戦国時代は島であったと考えられ、出雲と隠岐を結ぶ要所でした。十神山はスサノヲをはじめ十柱の神様を祀ったことに由来します。
■山城の周辺旅情報(二か所)
山城に広がる周辺の観光施設や旅情報を紹介します。「月山富田城周辺の名所」(A)と、「十神山周辺の名所」(B)です。(地図のA/Bです)
●月山富田城周辺の名所(A)
月山富田城に登る前に立ち寄ってほしいのが『安来市立歴史博物館』。ここで戦国時代の知識を付けて行けば、眺める風景も深みを増すでしょう。下りたら休憩もかね『駅の道広瀬・富田城』で広瀬絣(がすり)をご覧ください。また近くには「月山」の吉田酒造もあります。
2キロ程の所に、みなさまご存じの横山大観画伯の作品や画伯の作品をそのまま庭園に造り上げた『足立美術館』があります(安来駅からの無料送迎バスも有難いです)。ここはじっくり見学してください。駐車場を挟んで隣接する『安来節演芸館』も見逃せません。安来節にどじょうすくい。滑稽な腰つきに五円玉、大いに笑いましょう。さてどじょうすくいの名物女将もいる『さぎの湯温泉』もかかせません。ここをベースに『尼子十砦』や『鉄の文化圏』を旅するのもいいでしょう。
●十神山周辺の名所(B)
十神山城は、安来駅から徒歩で10分です。
和銅博物館
平成5年4月に鉄の道文化圏(安来市・雲南市・奥出雲町)の紹介施設として作られました。たたら製鉄とその歴史・文化、鉄の匠も紹介しています。尼子の旅のついでにたたら製鉄と古代出雲も見学してください。
清水寺
寺伝では587年に開かれたと伝えられています。天台密教の道場で、厄払いの寺としても有名です。広い境内には四季折々の樹木が植えられ、桜、つつじ、紅葉が季節の彩を織りなしています。また立木の中に続く石畳の参道は染み入るほどの静寂さを創り出します。戦国時代に建物のほとんどが焼失し、現在の建物は江戸時代の復興によるものです。山陰唯一の三重塔は仏教文化とともにご覧ください。また精進料理と清水水羊羹は名物です。
さて、ここからの尼子の旅は拡大します。レンタカーでの旅がお勧めです。また旅は戦国時代だけでなく中世や古代の歴史も重なってきます。
■十砦と十旗を繋ぐ城 (二城)
ここで取り上げる山城は、尼子十砦と尼子十旗を繋ぐ城です。一つは奥出雲を繋ぐ軍事的な街道に位置する『布部要害山城』(地図でのC)です。二つ目は、毛利の侵攻や奥出雲の謀反を監視し、かつ十砦の三沢城(地図では「ミ」)や真木夕景(地図では「マ」)の中継を担う『横田藤ケ瀬城』(地図ではD)です。
●布部要害山城』(地図でのC)
安来駅からバスで小一時間
1570年布部で、「御一家再興」のもと決起した尼子・山中鹿之助軍と、それを鎮圧しようと奥出雲を経由してきた毛利軍は激しい戦闘を繰り返します。初めは優勢だった尼子軍でしたが、数で上回る毛利軍に圧倒され、尼子軍は敗走しました(講演レジュメでは7ページ、御一家再興戦争の第1期)。これが勢力分布の大きな転機となり尼子復興は後退します。
●安来市加納美術館
永久平和を願い続けた画家である加納莞蕾(かんらい)の作品や思いが展示されています。地域に根差した生涯教育の場としても大変貴重な施設です。
●鍛冶工房弘光
安来市は雲南市と奥出雲町とともに日本遺産「出雲国たたら風土記」の地です。そのたたら製鉄をベースにするのが鍛冶工房弘光です。小農刃物などの生活用具から始まり、現在は刀剣鍛錬の技術で工芸品の製作にも取り組んでいます。日本古来の灯の器具も匠の技術です。
ここまで来ました。たたら製鉄繋がりでもうすこし足を延ばしてみませんか?車で30分ほどのところにたたらにまつわる神社があります。
●金屋子神社(かなやご)
広瀬町の最奥部西比田の山間にある神社です。度重なる火災で文献は殆ど消失しました。現在の社殿は1858年の火災で焼失したその後の建物です。たたら製鉄の七守護神を祀る全国1200社の金屋子神社の総本宮で、たたら職人をはじめ鉄に係わる人々の信仰を集めています。神社の近くに「金屋子神話民俗館」があります。
ここまでが『尼子家の「御一家再興」戦争と山中幸盛』をベースとした尼子旅情報です。これからは旅に猶予があり、「たたら製鉄」に興味のある方に向けに、山中鹿之助も馬で走っただろう街道を抜け、もう一つのたたら製鉄の里に向かいます。
●『横田藤ケ瀬』(地図ではD)
月山富田城から432号を走れば三沢城(地図では「ミ」)の入り口的な意味合いを持つ三成に、途中から258に進めば真木城(地図では「マ」)の中継となる『横田藤ケ瀬』(地図ではD)にでます。
この道をゆっくり車で走りましょう。野焼きの煙の中から軽トラやツーリングのバイクが現れることもあるでしょう。そんな時は車を停め、尼子か三沢軍、それとも毛利か、戦国武将の一群を想像してください。かつてはこの山道を鎧兜に身を包み走ったのです。もちろん無理矢理駆り出された農民もいたことでしょう。
藤ケ瀬城を居城とする三沢は、1507年に尼子経久との戦いで破れ軍門に下りました。藤ヶ瀬から見る横田の町並みは、どことなく月山富田城に広がる広瀬町の町並みに似ています。その三沢も1562年毛利に帰属し、尼子を攻撃する側となります。
奥出町と隣の雲南市吉田町には、たたら製鉄に係わる関係施設や鉄師の家屋があります。車で尼子の旅をされるなら、日刀保たたらの日本刀つながりで、たたら製鉄の歴史と文化も是非ご覧ください。ここでは鉄師のたたら記念の建物の写真を紹介するだけにとどめておきます。
出雲地方全域を支配下に置いた尼子一族。その歴史の旅は、古代・中世の出雲の旅とともにお楽しみください。また、土地それぞれの食や民芸もお楽しみください。
奥出雲にこられたら、是非、地元のそば粉で作った割子ソバをお召し上がりくださいね。十数軒のある蕎麦屋さんは、それぞれ味や薬味に特徴があります。いまでは普及しましたが、一度は途絶えた「小そば」も、農林試験場や皆さんの研究と努力で復活しました。はで干しの仁多米を握ったおにぎりもお薦めです。
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