ー せつなくなる思い出話 ー
匿名
■高度成長期
東京オリンピック(1964年、第一次)も終わり高度成長期に奔走する時代であった。でも中国山地にある中学では、一学年の半分弱が就職する時代でもあった。
進路は三年の春には決まっただろうか。だからといって進路の違いを意識することはなかった。もしかすると進学する私だけかもしれないが。
就職する生徒には食事マナー教育や標準語会話(こういう時代だった)などが開催され、進学組は希望校別の指導などがあった。それでもそれぞれがそれぞれの今という時間を大切にしていた。
■思い出づくり
思い出作りにスキーに誘われた。日頃はそれほど親しいわけでもない。就職する彼に何かの意図を感じたのと、スキーに行きたかったのでふたつ返事で同意した。
スキーを担いで木次線の下りに乗ると、クラスは違うが二人の女の子が、隣の車両から来て同じ席(四人ボックス)に躊躇なく座った。もじもじする彼が重い口を開いたのは、スイッチバックに向かう出雲坂根駅を汽車が離れた時だ。
就職する女の子の一人との思い出作りだという。もう一人の女の子と私は、親や同級生を騙すためのカモフラージュらしい。
ストイックな性格なので役目は終わったと「スキー場に着いたら適当に滑っていいのだな」と返した。元から受験勉強の息抜きにと考えていた私には、好都合でもあった。
三井野原スキー場の真ん中に駅があり、ホームからそのまま滑ることができる。私は三人を駅に残すとさっさとゲレンデへと向かった。
異性や恋に興味を持たない15歳の少年らしい行動である。しかし、いま思うと冷たい男ではある。二人を気にしつつも、もう一人の女の子を気遣い、グループでの行動を提案してもよさそうなものであった。
■雪だるまを作る女の子
何度か直滑降で滑り、爽快な気分で山の上を目指す私の視界に、食堂を併設した旅館の前で雪だるまをひとり作る女の子が飛び込んだ。
てっきりカモフラージュ要員だから滑れるものだと思いこんでいた。ところが根っからのカモフラージュ要員であり、友人のためと純粋な気持で同行したようだ。健気というか、無欲というか、そんな感慨を私は持ったと思う。
スキーをしたことのない女の子にスキーを借り、基本を教えることになった。バレーボール部に所属していた女の子の上達は早かった。ボーゲンも瞬時にマスターし、一時間後には、中腹あたりから「ハ」の字を作り滑ることができるようになった。滑れるようになるとよく笑い、声をあげていた。転んでも楽しそうだった。
ひとりで滑れるようになると、私は女の子を残し、ひとりでもっと上に登り(リフトは高かった)滑った。優しくない少年であり、身勝手な少年である。
■ニ人で一杯のラーメン
昼めしの食堂では、思い出作りの二人と分かれて座った。一応、気遣ったのだ。ラーメンの食券買った私だが、お茶だけを飲む女の子。理由は聞かなくてもわかった。昼飯代は貸しスキー代に代わったのだ。私は母の作った握り飯を取り出した。遠慮する女の子にラーメンをすすめた。「●●ちゃんのために来ただけだから」と遠慮する。無理やり食べさせた。無心に食べる女の子。共通の話題もない私には、気の利いた質問もない。ただストーブを見つめ塩握り飯を食べていた。
帰りの汽車の時間まで滑り続けた。一度も話さなかった。初めてのスキーをひとりで無心にするのも青春の思い出だ。時折、私を誘った男子を見たが、二人でいちゃつきあい、写真を撮っている。それも青春の思い出である。
■ありがとう
帰りの汽車は、誘った二人とは別々に座った。初めてスキーをした女の子は感動と感謝を繰り返す。素敵な思い出になったと言う。冷たい人だと思っていたけど優しい人だと深々とお辞儀をされた。
好きだから、あるいは意中の人だから、それとも指示されたからではない。無心の心で教え、一緒に滑っただけだ。
「人のために何かをすることがない」。成績表に書かれた私の欠陥。確かに私は自ら進んで他利のために行動を起こすことはなかった。このときも、雪だるまをつくる女の子に安っぽい「同情」をしただけだ。だから、滑れるようになると置き去りにした。
こんな性格で、我関せずの姿勢だからカモフラージュの要員にされたのかもしれない。それに比べて女の子は心の芯から優しくて友達思いだ。
■見送る
二ヶ月後、就職する三人を木次線の駅で見送った。学生服姿の三人だが立派な成人だ。餞別を差し出すと、男は結婚式には来てくれと呟いた。ひとり笑った。スキーを教えた女の子の周りには後輩や女友達が多くいて話すことができなかった。慕われることに性格の良さが表れている。
あれから随分過ぎた。還暦の集まりでも会うことはなかった。噂話も聞かない。今回、原稿を頼まれなければ、三人のことも、三井野原スキー場のことも思い出さなかっただろう。そして私の身勝手な性格も。
原稿を依頼されたときに、スイッチバックの話や木次線の現状を聞いた。あの日からスイッチバックを通過していない。三井野原スキー場がどうなったか知らない。そして木次線にも近年乗車していない。あらためて悲しい男だと思った。
あの日、スキー場で雪だるまを作る姿を見ない限り、女の子の気持ちを分かろうとはしなかった少年のままでいる。成長してない。
そんな男のたわいもない話である。希望に添えたかどうか分からない。それでも「木次線の思い出話」になればと、「喜んで」(嫌々だが)書いたわけだ。名文ではないが、そこをご理解願いたい。


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