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たたら製鉄とは

はじめに

トピックス 

農林水産省は2021年2月19日、「たたら製鉄由来の棚田農業」を「世界農業遺産」に申請しました。

たたら製鉄は、山を崩してカンナ流から山砂鉄を採取します。その崩した山を棚田に変え、稲作に活用しました。また和牛畜産を行っています。こうした奥出雲町の農業を、農林水産省は国連食糧農業機関(FAO)が認定する「世界農業遺産」に申請すると決めたのです。

美味しい仁多米や仁多牛は、このような自然と人間の営みの中から、英知と努力を集めて生まれたのです。

今回、この申請をお祝いし、「たたら製鉄と棚田」を急遽、掲載することにしました。旅情報としては観光・文化情報が不足しておりますが、随時、更新したいと計画しております。よろしくお願いします。

                                   2021年3月8日現在

自然との共存

一見するとどこにでもありそうな農村風景ですが、実は「たたら製鉄」という営みにより、自然に働きかけながらつくりあげられた極めて独特な景観です。

たたら製鉄の原料砂鉄は、「鉄穴流し」という方法で採取されましたがその跡地は豊かな大地として再生され、今も人々の暮らしを支えています。また、燃料の木炭林である山林も、計画的な輪伐により保全されてきました。

たたら製鉄を「自然との共生」「生活文化」とあわせて紹介します。

たたら製鉄とは

『出雲国風土記』(733)の仁多郡の条には、「各郷から産出する鉄は、堅くて、さまざまな道具を造ることができる最適な素材だ」と、奥出雲の鉄の優秀性が記されています。同時に『古事記』や『日本書紀』では、スサノオ降臨の地として記述されヤマタノオロチ退治と天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)の出顕という「鉄の神話」の舞台となっています。

たたら製鉄とは、砂鉄を原料に、木炭を燃料にして鉄をつくる古代からの製鉄法で、我が国で独自の発展を遂げ江戸時代にその最盛期を迎えます。当時、中国地方の鉄生産は全国の8割以上を占めるに至り、奥出雲はその中心地帯でした。

明治に入り価格の安い鉄素材の輸入や、増大する鉄需要に対応するために国家プロジェクトで建設された近代製鉄所の本格稼働より、たたら製鉄は大正末年に終焉を迎えます。

しかし、日本刀の強さとしなやかさ、その美しい地肌や波紋を生み出すには、たたら製鉄でのみ製錬される「玉鋼(たまはがね)」と呼ばれる鉄が必要です。玉鋼は世界で唯一ここ奥出雲町にある「日刀保たたら」で作り続けられています。

玉鋼

たたら製鉄の隆盛と「鉄師」の存在

良質な砂鉄と豊かな森林資源に支えられ(恵まれ)風土記の時代から続くたたら製鉄ですが、その隆盛には松江藩の独特の鉄行政とそれに応えた「鉄師」の存在があります。

藩は多くの鉄師の中から、数名の大水田地主、山林地主にのみたたら製鉄を許可し、藩有林を貸し与えるなど安定的な経営への支援を行いました。

鉄師は(小領主的な存在として)農民とともに砂鉄の採取や製炭、原材料や商品の運搬、さらには、伐採した山の管理や、砂鉄を採るために切り崩した跡地に棚田を拓き農業を行うなど「たたら製鉄と農林畜産業が一体となった独特の暮らし」を形づくります。

鉄師は常時、臨時に藩財政に協力するとともに交代で頭取役を務め経営その他の情報を交換するとともに、地域内の諸対策について藩との交渉にもあたりました。

そして、鉄の流通は此の地方に全国各地の文物をもたらし、華やかな地域文化を育んできました。

 たたら製鉄に関する書籍

『たたら製鉄と近代の幕開け』 
編集 島根県立古代出雲歴史博物館
(2011年刊)
『奥出雲横田とたたら』
著者 高橋一郎 (1990年刊)

地図は、たたら製鉄について抜粋したものです。

安来市、雲南市、奥出雲町は、島根県の日本遺産「出雲の国たたら風土記」に登録されています。緑色のが、たたら製鉄の鉄師です。また金屋子神社は、製鉄に係わる神社です。なお詳細の資料は、地元自治体にお問合せください。

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