●庭で、「ぽーん」と空気を激しく震わせ、静寂の山々に響き渡る爆発音がした。童たちの歓声が一斉に沸き立った。「ポン菓子」の出来上がりだ。
●「さあ、さあ、小さい子ら並べ」と隣村の爺さんが手招いた。連れ合いの婆さんが古新聞紙で作った袋を童に渡すと、そのなかに爺さんが、ポン菓子を山盛りに入れる。再び童たちの歓声が上がた。
おやおや、楽しいことだ。
●爺さんは神話の話をする小屋から眺めている。明日から行われる村々総合の『文化祭』で、童たちに配るポン菓子の試し作りだ。というか、童たちに振舞いたいだけだが・・・。
●「受け取った子から小屋の方に行くんだぞ。ほれ、爺さんが小屋からでてござる」
さあさあ、食べながらでいいよ。ぼちぼち、神話の続きを話そうかね。
●童たちは、「ポン菓子」の袋に手を入れる。口いっぱいに頬張る童もいれば、一粒ひとつぶ大切に口にする童もいる。
さて、スクナビコナたちと無事に国造りをなしたオホクニヌシは、戦もない、稲もたわむ穏やかな日々を過ごしておーました。もちろん、何もしないわけではない。みんなで努力を惜しまず、働いておったよ。
そんな葦原の中つ国を見ちょったのが高天ヶ原のアマテラスじゃ。こうからの話はちょんぼし高天ヶ原のことになぁが。ええな。
そうじゃ、アマテラスってだぁか覚えちょうか。
●年長の童が一斉に手を挙げた。つられるように幼稚園児の童も手を挙げた。爺さんは小さい童に優しく頷き、年長の童を示した。
●「はい。アマテラスはスサノヲの姉さんで、高天ヶ原を治める神様です」
そうだな。じゃ、どげして生まれたかな。
●妹と二人で来る童が言った。「はい。妻だったイザナミの追跡をかわして黄泉の国から帰ってきたイザナギが、川で顔を洗った時に、左目を洗って生まれしゃったのがアマテラス、右目がツクヨミ、そして鼻を洗って生まれしゃったのがスサノヲです」
よお憶えちょった。二人に拍手だ。
●爺さんは番茶を一口すすった。
さて、さて、高天ヶ原から出雲の地を眺めておらっしゃったアマテラスが言わっしゃった。「そもそも、あそこは我が子供の治める国だ」と。
●「ずるいよ」と男の童が声を上げた。「そうだよ、オホクニヌシが頑張って造った出雲の国を取り上げるなんて」。「二度も殺されて、それにスサノヲの試練に耐えたのに」。童たちはポン菓子も忘れて怒りを上げた。
●爺さんは、これほどまでに声を上げることに驚いた。しかし、もっとなことである。
まあ、まあ、怒ることはもっともなことだ。しかしな、いろんな事情や訳があだろう。
ちょんぼし長いがな、アマテラスはこげおっしゃったわ。「豊葦原の千秋の長五百秋の水穂の国(とよあしはらのちあきのながいほあきのみずほのくに)は、我が子のマサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミが治める国です」と。
●爺さんは昨夜何べんも練習した。婆さんはどうでもいいわと笑っていたが、分かるかどうかや伝わるかどうかではなく、爺さんの心意気だと思っている。だからこそ、今回の童には期待するところがあった。
●「ひゃー、めんどくさいな」。「そげだよ。みずほのくにでいいのに」。「そげたわ。ホミミでええわ」。なんやかんやいっても、童たちは肝になる言葉は憶えていた。
そうだな。ながったらしいな。そうでも辛抱してくれ。そこで、アメノオシホミミはな、『天の浮橋』に立たっしゃって、下界の国を見らっしゃった。すうとな、「地上は、騒がして、乱れている」と高天ヶ原に帰らっしゃった。
●爺さんは童たちを問うように見た。
天の浮橋の話はしたかな。
●年長の童たちは首を縦に振り頷いたが、小さな童は首を傾げた。
そうか、そうか。ごめんな。いっちょ最初のことだけん、忘れてしもうたかもしれんな。じゃあ、ちょんぼし国の始まりのところを話すと思いだすかもしれんな。
神様から国の大地を作りなさいと命じられたイザナギとイザナミの夫婦の神様は、天の浮橋に立ちなさった。そうだな、スサノヲの親神だ。二人して天の沼矛(あめのぬぼこ)を持ち、どろどろの下界を掻きまわされた。その先から滴り落ちた潮が固まってできた島が、オノゴロ島だ。
そうだな、天の浮橋はそんなところだ。
●「おもしれー。そげな繋がりがああとは」と呟いた男の童に、女の童が言った「そげだよ、ちゃんと聞いとくと、もっと不思議なことがいっぱいああよ」
●爺さんは、童の言葉に手を打った。
そうだな。そうだなと言ったが、もうひとつ大切なことを言い忘れておったわ。
そのマサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミの神様だがな、わしの話では省略したが、実は一度、でとうよ。
●「爺さん先生、そげかね。どこでかね」
みんな覚えちょうか。スサノヲが高天ヶ原に登っていくと、スサノヲの本当の心が分からんアマテラスが疑い、勝負したことを。そうだよ、天の安河で行った占いの一つ『うけひ(宇気比)」だ。
●「覚えちょうよ。アマテラスがスサノヲの剣を砕いて女の神様を生み、スサノヲがアマテラスの玉の飾り物を砕いて男の神様を生んだ勝負だろ」
●「女の神様が三柱、男の神様が五柱。お互いに勝った勝ったと言っていた」
そげた。その通りだが。その時にな、スサノヲが大きな勾玉をかみ砕き霧のように吐き出して生まれた最初の神様が、このマサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミだ。
●「本当かよ、爺さん」
●「お爺ちゃん先生、オホクニヌシのお嫁さんのスセリビメは、スサノヲの子供よね。そのスサノヲが作られた神様なの」
そうだよ。面白いだろう。初めに名前を言っても面白くも何もないが、今聞くとビックリするじゃろう。
●「たまげた」
●「わかったぞ。だから出雲の国に行かなかったんだよ。スサノヲはお父さんみたいなもんじゃ。寄こせなんて言いたくないわ」
そしてな、ついでに言っておくが、次に玉を砕いて生まれる神様がアメノホヒだ。よう憶えておけよ。今日の話に出てくるからな。
そこでアマテラスはタカミムスヒという神様と相談し、天の安河に八百万の神々を集めなさった。
ところでな、タカミムスヒという神様は、『古事記』のなかで、こう書かれちょう。高天ヶ原に最初の神様が出現されるが、その神様がアメノミナカヌシとタカミムスヒにカムムスヒの三伸だった。
カムムスヒはみんな知っちょうな。
●童たちはバラバラに叫ぶように言った、「スサノヲに五穀の種を渡した神様じゃ」、「オホクニヌシを助けたオナゴの神様」「出雲の神様を助ける神様だ」と。
●塩から坊主が言った、「ということは、なんじゃね、タカミムスヒはアマテラスの味方かね」
●爺さんは推理する童に頷いた。
アマテラスは八百万の神々に言わっしゃった。「地上の葦原の中つ国は、私の子が治めるべき国である。ところが、どうげしたことか、ひどく騒がしく、荒ぶれる国つ神が溢れちょうらしい。だぁぞ、つかわして制圧したが、だぁがええかな」と。
そうすと、皆が相談してアメノホヒが適任だと、遣わすことになった。
●「さっきの神様だ。スサノヲが二番目に噴出したアメノホヒだが」
そうだな、アマテラスとスサノヲが、うれひで占っているときに、アマテラスの玉をスサノヲが嚙み砕き、二番目に成りなさつた(生まれた)神様だ。
●「面白れぇな、最初に名前だけ聞いても覚えんが、話になぁと覚えられるわ」
ところがな、アメノホヒは地上に下りても、オホクニヌシと戦うこともなく、逆にな、オホクニヌシになびいてしまった。三年たっても、なんの返事も知らせもしなかったと。
アマテラスは怒らっしゃた。支配しろと命令したのに、なんも連絡してこない。とこでな、アマテラスとタカミムスヒは、また、八百万の神々を集めて言わっしゃった。「アメノホヒを地上に遣わしたが、なんの返事も寄こさない。次はだぁを送ったらいいか」と。そげすうとな、オモヒカネが言ったげな、「ここは、アマテラスの子のアメノワカヒコが適任です」と。
●「そうが、第二の使者だな」
そうだぞ。第二の使者がアメノワカヒコだ。だぁだかいっちょうたな、たいそうなハンサムだったらしい。今でいう佐田啓二かジェームス・ディーンだな。
●「ほんとかね、お爺さん先生。神様にもハンサムな神様っておおかね」
どけかね。ハンサムって言っても写真もねえからな。それに『強い』という神様はいても、『美男子』という言葉があったかどうかもかわらんな。
●童たちはいっせいに笑った。今の世、美人も、美男子もいる。姉さんも、兄さんも、『平凡』や『明星』のスターの写真を切り抜いて壁に貼っている。こっそり手帳に隠している姉さんもいる。
さてさい、本筋に戻ろうか。今度はな、オホクニヌシに負けないように、威力のある弓矢を
持たせたそうだ。
アメノワカヒコもなかなかの知恵のある神様だ。地上に降りるとすぐに、オホクニヌシの娘のシタデルヒメを妻にしなさった。そうだな、オホクニヌシの娘と結婚してオホクニヌシに取り入ることで、地上を我が物にしようと企んだのだ。そうで、八年たっても、アマテラスになんの連絡もしなかった。
さてさて、アマテラスは困らっしゃった。どげしたことかと。これじゃあ、葦原の中つ国を我が子が治めることができないと。そこで、またまた八百万の神々を集め、相談なさった。
●「爺さん、第三の使者かね」
●爺さんは、両手を差し出して「焦るじゃねえ」と治めた。
さて、この続きは、『文化祭』が終わってからだ。今日は、ここまでだ。こつぽし、こっぽし。
●童が一斉に立ち上がり、初めて不満を口にした。「もったいぶっちょう」「いらいらすうけん、次もお願いします」「けつの穴に糞がつまった感じだが」
●爺さんには有難い不満の声だ。しかし、この続きを話すと予定の時間を過ぎてしまう。童たちの親からも、「明日の文化祭の準備もああけん、早めに帰してください」と言われている。
すまんこった。この先は次の楽しみだ。そのかわりにな、庭でポン菓子をもう一回作るから、それもって帰っていいぞ。
●童たちから一斉に歓声が上がった。爺さんは思う、「菓子には勝てんわい」
●「お爺ちゃん先生、次のお話は早くしてね。あだんは、お菓子もいいけど、お話がもっと好きだん」
●爺さんは不覚にも涙を流してしまった。それを男の童がからかう、「泣き虫、おじじ」。それもまた嬉しい声だ。
そうじゃな、文化祭の代休の日でもやぁかな。楽しみにしちょれよ。
●庭のポン菓子の機械の周りには童の輪ができた。
●こぼれ落ちたポン菓子を二羽のススメが仲良く食べた。
オロオロ) いよいよ出雲国がとられちゃうね。
クシナ) そうね。
オロオロ) 出雲の民はどうなるのだろう。ヤマタノオロチのように消えてなくなるのかな。
クシナ) そんなことはないわよ。これは神話のお話よ。
オロオロ) 庄屋の若旦那に聞いたけど、『神話』という言葉は、明治になってから、外国の言葉を翻訳して生まれた言葉だって。英語の元になるギリシャ語のミュートスだって。それまでは日本にはなかったんだよ。『愛』もそうだよ。それまで、何て言っていたのだろうね。
クシナ) 『神話』という言葉はなくても、生活の中で人と神様が話したり、交わったりすることがあったと思うわ。神話って想像のお話だとは思わないな。『愛』もそうよ。言葉はなくても、人は人を大切に思い、尊敬したと思うわ。それがオホクニヌシを死から救ったお母さん神の行為よ。
オロオロ) そうだね。でも、僕たちは『神話』という言葉を持っている。『昔話』や『逸話』や『民話』とどう違うのかな。それって整理することが必要だよね。
クシナ) どうして。
オロオロ) それぞれに役割や意味が生まれたからだよ。
クシナ) なぜ・・・。誰が求めているの。
オロオロ) まだ分からないけどさ。
つづく
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