さてさて、二番目の使者アメノワカヒコは、地上に降り立つとオオクニヌシの娘のシタデルヒメを妻にされたのじゃあ。それはな、アマテラスの命令とは違って、自分がこの国の後継者となる考えだったのだ。オオクニヌシもうまく丸め込んだわけだ。あっという間に月日は過ぎ、春は何回もやってきた。
八年たっても、なーも返事を寄こさないアメノワカヒコにアマテラスは困らっしゃった。そこで、また神様を集められ、「なんも返事を寄こさない。だぁだか送って、どげしちょうか尋ねて来てくれんか」と。
そこで雉のナキメに、「アメノワカヒコに会って、こう言ってくれ。われを遣わしたのは、荒ぶれる神たちを征服することだ。なんで八年も返事を寄こさない」と教え、遣わされた。
●童はじっと爺さんを見詰めている。それもそのはず、大学生の孫娘が大学の友達と共に一番後ろで聞いている。童も緊張しているようだ。
ナキメはアメノワカヒコの家へと舞い降り、門前の木にとまるとな、言われたことを大声で鳴いたげな。そげすうと、家のなかにおったアメノワカヒコの付き添いできた女従者のアメノサグメが、「この鳥の鳴き声はひでえ。直ぐに射殺してしまいなさい」とそそのかしたそうだ。
●爺さんは瞬きさえしない童に、微笑んだ。いつもならお菓子を食べながら聞く童も、行儀が悪いと思ったのか口にしない。
手にした饅頭をくえ。ほら、学生さんたちも食わんと。おめえさん方が食わんから、だーも、食わんが。
●爺さんの茶を啜る音を合図に学生たちが食べるのを見て、童たちも口にした。
そうでええよ。ここの主は童たち、おめえさん方だ。なんも遠慮なんかすうもんじゃない。
ところでな、このアメノサグメという従者は、のちのち「あまのじゃく」になったということだ。あまのじゃくって分かるな。みんなが右と言うと左だと言ったり、好きなのに嫌いだと言ったりする、ひねくれものだ。間違っちゃいけんぞ、自分のしっかりした考えで「違う」というのは、あまのじゃくではないからな。
そげすうとな、アメノワカヒコはな、授けられた強力な弓矢を持ち出して、なんと雉を射殺してしまった。そうだけでない。その矢は雉の胸を抜けて高天ヶ原まで飛んでいき、アマテラスの足元まで届いた。拾ったのはアマテラスと一緒におらっしゃったタカミムスヒの神様だ。血の付いた矢を見てアマテラスはきっと思われただろう、アメノワカヒコの謀反だと。
そげだから、タカミムスヒは言いなさった。「アメノワカヒコが命令に背くことなく、悪い神を射て、ここまで飛んできた流れ矢なら、今、この矢を地上に投げればアメノワカヒコに当たる。もし、アメノワカヒコによこしまな考えがあったなら死ぬ」と、矢を飛んできた穴に突き刺した。
●爺さんは茅の干し茎を持ち上げると、下界を見下ろすように床を見て投げた。開いていた節の目にすっぽりハマった。
すうとな、寝ていたアメノワカヒコの胸に突き刺さり、死んでしまった。さて、みんな大人になぁと分かるが、「還し矢」とはここから生まれた言葉だ。「天に唾する」って言うだろう。上向いて唾を吐くと自分の顔にかかる。正しいことに攻撃すると罰を受けるという意味だ。
●「爺さん」と童が手を挙げた。「なんでアマテラスが正しいのだ。なんでオオクニヌシにつくことが悪いのじゃ。教えてくれんか」
●鋭い質問に爺さんは首を振る。孫娘が嬉しそうに見ている。
そうじゃな。ここで言うのはな、アマテラスの命令で行ったのだから、その命令を実行せんといけんということだ。自分で支配しようとするのはよこしまな考えだということだ。アマテラスとオオクニヌシのどちらが正しいということではないな。
●孫娘が含み笑いする。たしかに、童の気付きは鋭い。良い者、悪い者、そしてどちらでもない。そもそも良いか悪いか、誰が決めたか。それを童は聞きたいのだろう。
それとな「雉の片道使い」という諺がああが、それもここからはじまった。一人で使いに出すと返ってこないから、誰かを付けろということだ。
●「うちの爺さん、よくかあさんに言っておぅよ、お前は鉄砲玉だと。使いに行ったらなかなか帰ってこないって」。「お前も、そうじゃ。わしも、そうだがな」。笑いに小屋が包まれた。
亡くなったアメノワカヒコを見て妻のシタデルヒメは嘆き悲しんだ。そうだわな、目が覚めたら矢に撃たれて死んじょうからな。その声は高天ヶ原まで届いたそうだ。それを聞いたアメノワカヒコの父神のオマツクニタマとアメノワカヒコの妻子たちは地上に降りてきて、遺体の周りで嘆き悲しんだのじゃ。そげして、死者を弔う喪屋を作り、八日八夜、弔ったそうだ。
そんな時、オオクニヌシの子供のアヂシキタカヒコネノがやってきた。シタデルヒメの兄さんだな。そうが、死んだアメノワカヒコに瓜ふたつだった。よう似ちょったわけだ。
オマツクニタマとアメノワカヒコの妻子たちは、おべた、そげして、死んではおらんかったこと足にすがりついて喜んだ。
ところがアヂシキタカヒコネノにしてみりゃ、気持ち悪いが、知らんおっさんや女に抱きつかれれば。アヂシキタカヒコネノは怒らっしゃった。「何ごとだ。親しい友の弔いに来たというのに、この私を汚らしい死者にするとは」。そげすうと、剣をぬきなさった。
抜いた剣で、喪屋を切り倒し、蹴飛ばされた。それが飛んで行ったのが、美濃の国の藍見(あいみ)の河(長良川)の上流にある喪山だったとさ。今の岐阜県の美濃市だな。地図見ておけよ。そのときに使った剣を「神度(かむど)の剣」とゆうそうだ。
アヂシキタカヒネノは、そのまま怒って飛び去られました。喪屋があった辺りは散らかったまま、それにみんなおべたまま。そこでな、妹のシタデルヒメが、ええ子だな。兄さんのアヂシキタカヒネノを誤解されんようにと褒めた歌を歌わっしゃった。それが民謡のはじまりなった「ひな振」だそうだ。
結局、第二の使者のアメノワカヒコも失敗してしまった。というかな、オオクニヌシにとっては二回とも撃退したということだな。それも武力ではなく、うまーく味方に取り入れることでな。
さぁて、アマテラスは、どげしても欲しいから、また相談されたわ。その続きはまた次だ。今日はこっぽし、こつぽし。
●童と一緒に学生たちも拍手した。爺さんは小さく頷いた。
●「爺さん、わしはやっぱし不思議だわ。なんで、アマテラスはオオクニヌシたちが苦労して造り上げた国を寄こせというのか。可笑しいじゃろう」。爺さんは頷いた。頷いたが、爺さんにも答えはなかった。
●天井裏を二匹のネズミが駆け抜けた。
オロオロ) 動くこと、それが始まりだね。ぼく、お爺さんの神話を聞いて決めたよ。
クシナ) どうしたの。
オロオロ) 旅に出ることにする。
クシナ) どこに行くの。それより、なぜ旅に出るの。
オロオロ) ぼくの家は、クシナの家のように丘の頂にある立派な家ではない。山間の渓流のわずかな斜面に建てられたあばら家だ。でも、古い家系の家だと聞いている。
クシナ) そうよ、だから守らなくてはいけないのよ、オロオロ。
オロオロ) ぼくもそう思っていた。でも、今は違う。
クシナ) 何があったの。
オロオロ) 庄屋さんとこの若旦那が古文書を読んで教えてくれたんだ。
クシナ) なんか、嫌な予感がするわ。
オロオロ) 凄く古い言い伝えで、ぼくの家は代々、何かの時に八子が生れる家系なの。その八人が一緒に育つと必ず不吉なことが村に起き、不幸なことが続いたの。そこで七人を間引きするか、他所に出したそうだよ。そのときはおとおも、おかあも一緒に追い出された。
クシナ) ひどい。
オロオロ) ぼく、探しに行くことに決めた。今すぐではないよ。でも、次の春には。
クシナ) なにかあてはあるの。
オロオロ) それを知っているのはクシナのお爺ちゃんか、オロチ神社の守り神だって。
クシナ) ・・・
つづく
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