• ~旅と日々の出会い~

二話 高天原神話 ―さまよえるスーパースター・スサノヲ― 

婆さんやお菓子の準備はできたかな。童は楽しみにしちょうけん。わしの話と婆さんのもてなし、両方を。わしはな、話をしてやるのではない、話を聞いてもらっている、そんな感謝の気持ちでやってるのだ。童は大切なお客さんで、先生だ。いいか、手を抜いたらあかんぞ。たいせつな、大切な、先生だ。(母屋の前で婆さんは頷いた)。

豊作に村祭りの準備も活気に溢れ、鎮守の森からは太鼓の音と笛の音色が例年以上に賑やかだ。路角に立つ祭りを祝う幟は風にたなびき、青空に映える。人だけではない、牛や馬や、豚や鶏も、犬も猫も、山鳥も猪も興奮している。庭先の葉鶏頭も艶やかに見える。

爺さんの住む茅葺(かやぶき)の家の庭には山砂が撒かれ、お客を招き入れる準備は着々と進んでいる。家督を譲った長男は、朝から年長の童と一緒に祭りの準備に出かけ留守だ。婆さんと嫁さん、祭りのために町から返ってきた娘たちが、客を迎える料理の下ごしらえと家の掃除で慌ただしく働いている。

庭に敷いた御座に座る爺さんは、膝に二人の孫をのせ近所の童たちを待つ。樹齢三百年は超すだろう松の木の陰からおかっぱ姿の童が現れた。

よう来た、よう来た。さ、さ、みんなここに座れ。

●小さな童の手を引いた女の子が深々とお辞儀した。それに習って幼い二人の童もお辞儀する。両親は、一昨年の洪水で田畑が流れ東京に出稼ぎに出掛けている。婆さんが和紙につつんだお菓子をめいめいに渡す。姉の顔を窺ってから紅葉の葉のような手をだした。婆さんが櫛で童の髪を梳く。

「爺さん、俺もいいか」、ガキ大将が子分を引き連れ登場した。爺さんも婆さんも分け隔てなく招き、お菓子を与える。突然、始まった幼稚園。

今日が初めての童もいる。前回の話を聞いてなくても大丈夫だ。みんな誰かから、何度も何度も出雲神話を聞き、おおまかな流れは理解している。

さて、いいのかな、皆の衆。

  (小さな手で叩く拍手が上がった)

●腕白小僧は菓子を食べだした。小さな童を連れた女の子は自分の菓子を妹の口に運ぶ。婆さんが紙で包んだお菓子を年上の童のポケットにそっと忍ばせた。爺さんはこくんこくんと頷いた。

高天原に出で行くスサノヲ

じゃあ、いよいよスサノヲ様の話が始まるぞ。

三人の親神であるイザナキは言わっしゃった。姉のアマテラスは天上を、次のツキヨミは夜の世界を、そしてな、スサノヲは海原を治めよと。アマテラスとツキヨミは頷いたがの、ところがスサノヲは泣いて嫌がった。それはそれは大泣きで、山々は枯れ、災いが起きた。困り果てたイザナキが理由を問うと、「母の居る根の堅州の国(ねのかたすのくに)に行きたい」と言う。そこは地下の世界だな。それを聞いたイザナキは激怒しなさった。そしてな、スサノヲを追い払い、姿を消しなさったげな。

  オロオロ) ねえねえ、スサノヲはどうしてお母さんのイザナミのことを知っているの。

  クシナ) どうして。

  オロオロ) だってイザナキの鼻から生まれたのだよ。お母さんのこと知らないよ。

  クシナ) そうだね。不思議ね。

親神のイザナキに追いやられたスサノヲは、姉のアマテラスに別れを告げようと高天原に登っていきなさった。その歩きは、それはそれは荒々しく、大地は揺れ、天はどよめいた。ドッスン、ドッスン、ド・ド・ド・ドッスンと。

●膝から孫をおろすと爺さんは、横綱の土俵入りのすり足のようにしてにじり立ち、力いっぱい土を踏んだ。昔は村相撲で並ぶ者もいない力持ちだった。

ドッスン、ドッスン、ドッスンと。それを見たアマテラスはスサノヲが高天原を奪いに来たと思い、男の格好をして武装しておったげな。

「スサノヲよ、何しに来た」

「やましい考えはありません。母神の国に行きたいと父神に言うと、それはならぬと追い出されたのです。そこで姉上にお暇乞(いとまご)いをしに来ただけです」

「ほんとうか」とアマテラスは信用せんが。

そこでスサノヲは「清い心を証明するために、うけひ(誓約)をして子を産みましょう」と提案した。随分変わったことだ。うけひとはな、占いの一種(※①)だ。

※①うけひ 宇気比と書く。二つの事柄を選び、そのどちらが現れるかによって神の意思を判断する占いです。はじめにどうなったら「勝ち」であるかを決めているものですが、ここでは決めていません。不思議です。

天の安の河原のうけひ

そこでだ、アマテラスとスサノヲは天の安の河(あまのやすのかわら)を挟んで互いの持ち物を交換した。まずアマテラスが、スサノヲの十拳の剣をもらい受け、かみ砕くと息吹のごとく吹き出した。そこから成った神様が三柱の女の神さまだ。次はスサノヲが、アマテラスの付けた勾玉(まがたま)を束ねた玉飾や髪飾りを次々ともらい受け、かみ砕いて吹き出すと五柱の男の神様がお成りになったのだ。お成りとはな、人でいえばお生まれになったということだ。

そこでだ、童たちよ、どっちが勝ちんしゃったかな。

●童たちは顔を突き合わせた。当然、話の続きを知っている童もいるが、初めて聞く童のために何も言わない。

●「アマテラスさま」と小さな童がこたえた。「おらはスサノヲだな」。なかには「引き分けがいいよ」と言う童もいる。めいめいが童なりの理屈をつけて言い合うのを、爺さんは目を細めて眺めている。

そうだそうだ。童の言うようにアマテラスもスサノヲも言い合ったのだ。私の勝ちだ、俺が勝ったと。はじめにどうなったら勝ちかと決めておらんかった。アマテラスは、私の持ち物から男の神様が生まれたから私の勝ちだという。スサノヲは、わしの心が清いから女の神様が生まれたのだ。だからわしの勝ちだという。互いに認めたのは、生れた男神と女神は持ち物の主の神様のものになるということだ。だから男神はアマテラスの子となり、女神はスサノヲの子となったそうだ。

  コロコロ) 僕もそう思うな

  クシナ) どうして。私はかみ砕いて作った神様が親神さまになるべきだと思う。物の持ち主より頑張って生んだ神様の子供神になるのが当たり前よ。赤ちゃんを産むって苦しくて、大変よ。

  コロコロ) お手伝いに行く庄屋の若旦那が言っていた。僕はどんなに頑張っても金持ちにはなれないってさ。

  クシナ) どういうことなの。

  コロコロ) 富を得るのは、元になる原料や作る設備や道具を所有している人だけだって。働いている人がどんなに頑張っても、作られた物は原料や道具を持っている人のものになるからだよ。働いた人は駄賃を貰うだけ。それと同じだよ。物を砕いて子供の神様を作っても、物を持っている神様の子供神になるんだよ。

  クシナ) 若旦那、嫌いよ。

  コロコロ) リカードの剰余価値説だって。僕も勉強したいな。

●婆さんが、山水で溶かした「はったい粉」と砂糖を持ってきた。年長者が礼を言い、小さな子から順番にプラスチックのコップを渡していく。見様見真似で覚えた行儀だ。

さーて、それからが大変だ。「勝った勝った」と大騒ぎするスサノヲは田の畔を壊し、溝を埋め、神殿に糞をまき散らしたげな。ひどい狼藉だ。なんでしたかな。スサノヲは高天が原で大暴れだ。

●小さな童が「いけんが」と声を上げた。一昨年の洪水で田んぼを流された家の童だ。お百姓にとっては田んぼと一緒で畔も溝も大切なものであると幼心に知っている。

それでもな、アマテラスはスサノヲをかばいなさった。スサノヲの暴虐非道の行いは増々激しくなったげな。ついには機織り小屋の屋根に穴をあけ、そこから馬から剥いだ皮を投げつけた。その皮を被った織女の一人が驚き、そのはずみに転倒して機織りの杼(ひ)が突き刺さり死んでしまったそうだ。それを見たアマテラスは天の岩戸を開くと閉じこもりなさった。

●年長の男の童が、握りしめた人差し指と中指の間から親指を突き出し、忍び笑いをした。何を意味するのか小さな童には分からない。ただ、酔った大人が、若い女子にひげた笑いをしてからかうのと同じだと薄々気が付いている。田舎では、性はある意味で閉ざされ、ある意味で開かれ、成長とともに教えられる。それが村落共同体のなかでの「若衆」の役目でもあった。

天の岩戸 暗闇になった世界

世の中は真っ暗になったげな。高天が原はもちろん、葦原の中つ国も真っ暗になったそうだ。そげすうと悪い神様が飛び回ったそうだ、食べ物は育たない、病気が流行るなどなど大変なことが次々と起きたそうだ。こまった八百万の神様は、天の安の河原(あまのやすのかわら)に集まって相談をされた。そこで一人の神様に知恵をしぼらせて、アマテラスを岩戸から引き出す算段をしなさった。

●初秋の青空を爺さんは見上げた。いまでこそ天気予報があって台風の対策もとれ、また護岸工事のおかげで川の氾濫も減った。村にも診療所ができた。しかし、爺さんが子供の頃、育った稲が一瞬にして水につかったことが何度もあった。家畜を売って凌ぐ農家はまだよかった。娘を売る家も、離散する一家もあった。もっと悲しいのは一家心中だ。そのたびに爺さんは思った、なんで苦しめるのだと。なんで人は平等ではないのだと。それは今でも起きている。

●「おじいちゃん、ちゅずきは?」

●気を取り戻すかのように爺さんはひとつ柏を打った。

そうだ、そうだ。そうだった。そこでだ。まず、常世の長鳴き鳥(ニワトリ)を集めて、夜が明けたと告げさせた。次に、天の金山にある鉄を取り寄せて鍛冶屋に鏡を作らせた。それを立派な玉飾りなどと一緒に榊に付けて神様に持たせ、別な神様が祝詞をあげる。天の岩戸の脇には力持ちの神様が隠れている。そこにな、着飾ったアメノウズメが小竹の葉を束ねて手に持ち、桶の上に立って足踏みして踊り出した。こんな風にだな

  ●立ち上がった爺さんは帯を緩め、着物の合わせをだらしなく広げると、タップダンスのステップを踏む。やがて童の囃子にゴーゴーダンスのように腰を激しく揺すって体を前後して踊りだす。男の童も一緒になって踊る。女の童は手拍子して笑う。犬が激しく吼えた。エスカレートした爺さんの胸元からはあばら骨が現れ、帯がずり落ちていく。子供の奇声に飛び出した婆さんは注意することなく一緒になって笑う。今日は村祭り前の無礼講。多少羽目を外してもいいだと。

そげだがね。みんなと同じように周りの神様も面白がって囃し立てた。天の岩戸の前は都のゴーゴーダンス会場だ。盆踊りのように静かなものじゃない。炭坑節のようにおとなしくもない。もう無茶苦茶だ。サイケデリックだ。するとな・・・・

  ●座った爺さんの周りに童も座った。

外の騒ぎにアマテラスは、天の岩戸を少し開け、声を掛けなさった。「暗いはずなのに、どうしてみんな楽しく騒いでいるの」。アマテラスも寂しかったのかな。するとアメノウズメが「貴方より貴い神がいらっしゃるので喜んでいるのです」と鏡を差し出した。それを見たアマテラスは不思議に思い一歩踏み出した。嫉妬したのか、好奇心なのか、それともわざとなのか、爺様には分からんが。そのときだ、力持ちの神様がアマテラスの手を引いて引き出すと、別な神様がしめ縄を張り渡した。これでアマテラスは中には戻れない。

  ●爺さんははだけた着物をただし、帯も締め直した。

するとな、暗かった高天が原も葦原の中つ国も明るくなった。そして八百万の神様はスサノヲに沢山の尊いものを与え、そして伸びた髭と爪を切って穢れを祓い、高天原から追い払ったそうだ。そしてな・・・

  ●婆さんと娘がアンコ餅ときな粉餅をもって現れた。「さあさあ、話はそこまでだ。みな、食べがいいわ」。娘が渡した笹の葉の上に婆さんが餅を二つ置いていく。食べようとしない童に「おばあちゃんには取ってああけん、食べなさい」と頭を撫でた。二人の小さな童に頷き、三人とも口にした。

みんな、おいしいか。そうかそうか。今日の話はここまでだ。次はいよいよ八岐大蛇退治だ。そこからが出雲神話の始まりだ。明日は祭りの前夜祭だ。ごっつおう(ご馳走)してまっとるけん、昼ごはんの前に来ることだ。いいな、誰もが飯は食って来るなよ。

  ●手を叩いて喜んぶ童を一人ひとり眺め、爺さんは言った。

世の中はみんな平等だ。そうでなければいけん。今苦しくてもな、きっと次はいいことがある。だからな、今いいからと言って独り占めしちゃあいけな。みんな仲良くせんとな。それと他人に優しくあることだ。そしてな、なによりも自分にも優しくいることだ。わかったか。

  ●童は頷いた。

それじゃあ、今日はここまでだ。こっぽし、こっぽし。だんだん。


参考文献 上田正昭 「私の日本古代史」(上・下) 新潮社

→「出雲神話と神々」に戻る

SNSでシェアする