●町の電気屋が今日もテレビジョンの営業に来た。再来年にはテレビ受信用中継局の共同アンテナも建ち、こんな山の中でも綺麗に見えるようになるという。先のことだと断ったが、今からの予約だという。その頃はみんなが買い求めテレビ不足だという。そんなことはあるめいと、新聞で読んだ大量生産工場の話をしたが、どこそこの誰それが予約したという。テレビがないと共同アンテナの権利がもらえないという。孫たちも欲しいというし、買うことにしているので予約してもいいかと思った。ところが、「これで爺さんも、邪魔くさい昔話とも縁が切れ、清々するが」と言われ、はらわたが煮えくり返り、追い返したところだ。
●あの商売人は売りつけることしか考えていない、人の心というものを理解しておらん。婆さんはあきれ顔で見ていたが、「あげなとこでは買わんがええ」と呟いた。
みんな待ませたな。すまん、すまん。今日はふかし芋だ。熱いから新聞紙にくるんで食べろ。それとな、いくら食べてもええが、へは一人、三回までだ。それ以上お前さん方がすうと、鼻がもげてしまう。
●鼻を押さえた爺さんに笑いが上がった。塩から坊主が手の平に唇を当てておならを真似る。いつ聞いても童の笑い声には和ませられる。
そうそう、みなの衆。爺さんの出雲神話の話は面白いかの?紙芝居や本みたいに面白いかな。ちょんぼし教えてくれんかの。
●「あだんは、お爺ちゃん先生のお話が、一番、面白いよ」
●「俺、『少年』の漫画〈鉄人28号〉の次にいいぞ。それにお婆さんのお菓子が大好きだ」
●素直な意見に爺さんの顔はほころんだ。
●「私は、お爺さんやお婆さんの温かいもてなしに感謝しています。それに、神話の話だけでなく、いろんなことも教えてもらい、勉強にもなるし、励みにもなります」
●不覚にも爺さんの瞼に涙が込み上げた。それを見た塩辛坊主が言った、「おらもだよ、おらも百姓しながらお爺さんみたいになあよ」
●爺さんは、「わぁも、わぁも、大好きだ」の声に押されて柏を打った。
ありがとさん。だんだん、だんだん。
そげでは、はじめましょうか、みなの衆。
おべえほどしつこい八十の神の襲撃をかわしてな、オオクニヌシは木の股の地下道を抜けて、スサノヲがおらっしゃる『根の堅州の国』へと逃げらっしゃった。すーとな、スサノヲではなく大層きれいなオナゴさんがおらっしゃった。スサノヲの娘のスセリビメだわ。二人は直ぐに結ばれなさった。まあ、なんちゅうか、結婚なさった訳だ。
●年長の男の童は互いの横腹を突き合い、にやけづく。夏祭りの夜、校庭に大きな幕を張って映画が上映される。最近は、青年団の発言も強くなり、東映のチャンバラから芸術作品や日活のアクション物に替わった。おのずと男女の際どいシーンを小学生も見ることになる。
そうだな、二人は夫婦にならっしゃった。
スセリビメはスサノヲの元に帰り、「大層うるわしき殿がいらっしゃいました」と告げられた。すうとな、スサノヲは外に出て、ひと目見て言わっしゃった、「おめえさん、ありぁ、アシハラノシコヲだ」と。
そげして屋敷に招き入れると、蛇の室谷(むろや)に寝かせなさった。ひでえスサノヲだ。そうでも、それはオオクニヌシの男っぷりと度量を試されなさったことだ。
●「蛇がいっぱいおおのか、爺さん」。「そげだわー、蛇の巣だけん、何百匹も絡み合って、どぐろを巻いちょうが。あそこの蛇の谷の大きいやつだ、なあ、爺さん」
ああそだ。そしたらな、スセリビメが蛇の領巾(ひれ)を持って現れてな、「蛇が噛みつこうとしたら、これを三度振ると蛇は逃げます」と告げた。蛇が現れるとな、その通りにすると蛇は逃げ、ぐっすり眠ったげな。
次の日の夜は、大ムカデと蜂の部屋に入れられた。スセリビメがムカデと蜂の領巾を寄こし、また振ってみた。そげすうとムカデも蜂も逃げて、オオクニヌシはゆっくり休むことができたとさ。
次にスサノヲはな、弓を使って、なり鏑(かぶら・矢)を広い野原に打ち込むと「探せ」と命じられた。オオクニヌシが出かけたのを見ると、野の周りから火を放った。このままだとオオクニヌシは焼け死んでしまう。逃げられないオオクニヌシの足元にネズミが出て来て、「内はホラホラ、外はズブズブ」と言う。そこで足元を踏みつけると、穴の中に落ちなさった。火は頭の上を過ぎていったそうだ。よかった、よかった。そーだけじゃねえ。そこにさっきのネズミが鏑をくわえて現れた。
●ネズミも、ムカデも、蜂も、蛇も、子供たちの身近にいる。じめじめしたところにいるムカデや蛇。刺されると死ぬこともある「あかん蜂」。米や食料を食べる迷惑なネズミ。生活感覚で考える。青大将はネズミを捕るから守り神と大切にする。蜂は刺されると痛いが、幼虫は砂糖醤油で炒って食べると美味しい。
嫁さんのスセリビメは死んだと思い葬式の準備をしちょった。スサノヲも死んだと思い野原を眺めちょった。そこに鏑を手にしたオオクニヌシが帰ってきた。スサノヲもオオクニヌシの力を認め、部屋に上げ、スサノヲの髪の毛にいるシラミをとらせたということだ。
ところがな、スサノヲの髪の中を大きなムカデがはっちょった。そげすうとな、スセリビメが現れて、椋(むく)の木の実と赤土を渡しなさった。オオクニヌシは椋と赤土を一緒に口に含んで吐き出した。ぺっ、べっとな。
●童が皮ごとくわえたふかし芋の皮だけを器用に引き出した。その皮を再び含み飲み込んだ。
それを見てスサノヲは、大ムカデをかじっては吐き出していると思わっしゃった。なかなか、良い奴だ。それで心を許し、眠らっしゃった。安心しなさったのだろうな。大きな鼾をかいて、ぐうぐう、寝らしゃった。
オオクニヌシは、眠っているスサノヲの髪の毛を木に縛り付け、そげして、入り口を大きな岩で閉がれた。黄泉の国からイザナミの追っ手をかわし逃げ出したイザナギと同じだな。
そげしてな、嫁さんのスセリビメを背負うと、スサノヲの宝物の生太刀(いくたち)と生弓矢(いくゆみや)、それとな、国を治める儀式に使う天の詔琴(のりごと)を持って逃げだした。
すてこら、さっさとな。
ところがな、手に持っちょうた天の詔琴(のりごと)の弦が木に触れて、大地を揺れ動くほどに大きな音を響かせた。どげな音か分からんが、とにかく喧しいほどの音だっただろうな。スサノヲはその音に驚き、飛び起きたげな。そうがな、髪の毛は木に縛り付けてああが、いろんなものが引き倒され、それからいちいち髪を解かなあかん。
そげぇしちょううちにスセリビメを背負ったオオクニヌシは、遠くまで逃げることができましたげな。
そうでも髪の毛を解いたスサノヲは追いかけた。「葦原の中つ国」につながる黄泉の比良坂まで追いかけなさったが、オオクニヌシは、もう遠くまで逃げちょられました。そんなオオクニヌシに、スサノヲは叫ばれましたげな。
●爺さんは、温くなった番茶で唇と喉を潤した。童たちも番茶の入った茶碗を両手に持って啜った。薬缶をもった年上の童が、爺さんの湯呑に注ぐと、童たちの茶碗に注いでいく。
ありがとさん。
スサノヲはな、こげえ言いなさった。
「おーい、オオクニヌシ、おめえさんがもって行かっしゃった生太刀(いくたち)と生弓矢(いくゆみや)で八十の神と戦い追い出してしまえ。そげして葦原の中つ国を治めるのだ。おめえが、その国の支配者になぁだ。そうだけでねえ、我が娘のスセリビメを正妻にしろ」
●爺さんは童に頷いた。
今の出雲大社がああが、その先の宇迦(うか)の山があったげな。そげすとうなスサノヲは言わっしゃった。
「宇迦(うか)の山の麓に、天まで届く高い社を建て、暮らすのだ。ええかな」。
そうから、「ええなー」と念を押しゃしゃった。スセリビメを嫁に取られて悔しいのと嬉しいのがごっちゃ混ぜになっちょう、そんな気持だな。
いろんなものを手にしたオオクニヌシは、ついに八十の神に打ち勝つと、スサノヲが言ったとおりに葦原の中つ国を治められたとさ。これが初めての国造りだ。
●爺さんはみんなを見渡した。あの年長のオナゴのわらべと目が合った。童は何かを言おうとしたが、周りを見て黙り込んだ。爺さんは尋ねてみた。
どうした、何か聞きたいことがああかね。遠慮なんかせんでもいいぞ。爺さんに分かることなら何でも教えてやぁけん。
●隣の童に背を押されオナゴの童は立ち上がった。
「はい、お爺さん、一つだけ聞きます。今、お爺さんはオオクニヌシが葦原の中つ国を治めたのが初めての国造りと言わっしゃったが、そげですか」
そうだとも。
●「じゃあ、スサノヲがヤマタノオロチを退治して、須賀神社のあたりに居を構え、クシナダヒメのお父さんに治めなさいと言ったのは、国じゃあねぇのか。八十の神が支配していたのはなんかね。国じゃあないのか」
●爺さんは困った。考えたこともなかった。葦原の中つ国が最初の国だと思っていた。いや、そうではなく、そう聞いてきたし、今までなにも迷わず話してきた。たしかに童の言うように、スサノヲからアシナヅチが宮殿の主に任命されたということは、須賀神社一帯の国を治めろということだ。それは国とは違うのか。
そうか。童の言う通りだな。爺さんも考えが及ばんかった。ちょっこし時間をくれんかな。『古事記』を読んでみわ。童の質問は、爺さんにもっと勉強せえと言ってくれたとおんなじだ。ええ刺激になったわ。だんだん。
●「お爺さんが言わっしゃった、天の詔琴(のりごと)がなんか気になぁました。それにスサノヲは日本最初の和歌を歌った神様でしょう。暴力だけの神様ではないから、なんか、もうちょっと世の中のことを考えちょぅと思います」
わぁは、賢いオナゴじゃ。気づきというものがある。賢い子とは、何でも知っちょるということではない。どんなことにも疑問を持ち、気づくということだ。爺さんも勉強になぁわ。
じゃあ、今日はここまでだ。こっぽし、こっぽし。
茅葺の屋根の上で小雀が二羽、寄り添っている。
クシナ) オロオロ、どうしたの。今日は静かね。
オロオロ) 現象を見ただけの屁理屈って叱ったからだよ。
クシナ) それはね、お爺さんの話だけでなく、お爺ちゃんの心も聞こうねよという意味よ。
オロオロ) 分かっているけどさ、心を聞くのは難しいよ
クシナ) じゃあ、まず感想を話して。
オロオロ) サンキュー!僕思うけど、蛇も、ムカデも、蜂も、シラミも、そしてネズミも実はスサノヲの家来の分身だと思う。その試練に勝ったからオオクニヌシは譲り受け、自分の家来にした。
クシナ) 褒美ね。
オロオロ) 八十神に負けっぱなしのオオクニヌシは、スセリビメの助けもあってスサノヲから大軍を得た。そしてスセリビメと共に強い武器も手に入れた。それだけでは国は治められないので、国の政(まつり)ごとを行う道具や権威も授かった。スセリビメも権威の象徴だね。
クシナ) そうね
オロオロ) あれ、どうしたの。いつもなら現象ばかり見た屁理屈だというのに。
クシナ) そうよ。でも、今はオロオロの話も聞くことにしたの。
オロオロ) どうして。
クシナ) いろんな解釈があると思うよ。それも大切。でも私はね、こう思うわ。神話は、誰が、誰のために、なぜ、何を伝えようとしたかを考えることも大切だと思うの。特に、なぜと誰。そしてね、次に、お話を聞く人は、誰のために、なぜ、何を聞こうとしたか。そんなことをオロオロと一緒に考えたいの。
オロオロ) 面倒くさい。
クシナ) オロオロが言ったでしょう。「無知の知」。それって知るということでなく、知って考えるということだと思うよ。オロオロは気づきとも言ったわ。
オロオロ) そうだね。ありがとう。
終わり
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