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東京国立近代美術館『柳宗悦没後60年記念展 民藝の100年』展

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東京国立近代美術館にて『柳宗悦没後60年記念展 民藝の100年』が、2022年2月13日(日)まで開催されています。民藝の主力メンバーの一人が、安来市に生まれた陶芸家・河井寛次郎です。

東京国立近代美術館『柳宗悦没後60年記念展 民藝の100年』展

-『民藝』と河井寛次郎、島根・安来への旅―

会場入り口

首都圏近辺でお住まいの方で、島根の旅、特に『足立美術館』巡りを検討されている方への耳寄りな情報です。

東京国立近代美術館にて『柳宗悦没後60年記念展 民藝の100年』が、2022年2月13日(日)まで開催されています。

民藝の主力メンバーの一人が、安来市に生まれた陶芸家・河井寛次郎です。『足立美術館・陶芸館』にも沢山の河井寛次郎の作品が展示されています。また安来市駅近くには、河井寛次郎の生家跡もあります。

「民藝」とは?
冊子とチケット

「民藝」。「みんげい」を私は「みんげい⤵」と発音するのですが、近代美術館の案内や映像音では「みんげい⤴」と上がっていました。

さて、「民藝」について少し説明をします。

民藝運動は、1926(大正15)年に柳宗悦・河井寛次郎・浜田庄司らによって提唱された生活文化運動です。美しい観賞用の芸術作品中心の工芸美術界にあって、無名の職人が作る日常の生活道具を「民藝(民衆的工芸)」と位置づけ、美術品に負けない美しさがあると唱えたのです。それは、鑑賞と実用、都市と農山村の対峙から、真の美は生活の営みにあると、その価値と視点をあてたのです。西洋化=近代化へのアンチテーゼでした。また作品という領域を打ち破り「よりよい生活とは何か」を提唱する運動でもあったのです。

生活に密着した新しい美の追求と収集、表現の運動は、①展示という「美術館」、②啓蒙と情報発信の「出版」、そして③地方とのネットワークを築いた「流通」の三本柱によって、芸術論議の机上論争から、現場・実践へとリアリティーのある運動へと拡大していったのです。

今回の展示は、かつて民藝グループによって非難された「近代美術館」による、極めて意欲的な企画展です(展示会場に経緯の説明あり)。

島根の旅を意味深く、かつ思い出深いものにする事前情報として、河井寛次郎の世界を是非、ご覧ください、

『民藝の100年』より3本の柱
功労章を拒否した河井寛次郎

民藝の結成メンバーである河井寛次郎は、1890年(明治23年)、島根県能義郡安来町(現在の安来市)に生まれました。県立松江第一中学校(現在の松江北高校)を経て東京高等工業学校(現在の東京工業大学)の窯業科を卒業。陶芸家の道を進みます。
1920年(大正9年)、京都東山の五条坂に窯を築き(鍾渓窯・しょうけいよう)、翌年には初個展を開き、評価を得ました。
しかし、自分の作品に疑問を抱くようになった河井寛次郎は、親交のあった柳宗悦や濱田庄司と民藝理論に参加、それまでの観賞用作品創作の姿勢を捨て実用を重んじた作品創りを始めたのです。
戦後は民藝的な作風からも離れ、窯の再生や創作活動に専念します。人間国宝などの推薦を受けますがすべて辞退したのです。

京都を中心に活動を続けた河井寛次郎ですが、帰郷の折は、作った陶器を新聞紙に包み、土産として渡したというエピソードがあるほど、郷土への愛は深いものがありました。

書籍「火の誓い」(講談社)
河井寛次郎と安来の町と足立美術館

・足立美術館

足立美術館といえば、横山大観とその作品を再現した庭園です。当サイトでも紹介させていただきました。

「『名園と横山大観コレクション』すなわち日本庭園と日本画の調和は、当館創設以来の基本方針であります。それは、日本人なら誰でも分かる日本庭園を通して、四季の美に触れていただき、その感動をもって横山大観という、日本人なら誰でも知っている画家の作品に接することで、日本画の魅力を理解していただきたい。そして、まず大観を知ることによってその他の画家や作品に興味を持っていただき、ひいては日本画の美、すなわち「美の感動」に接していただきたいという、創設者 足立全康(あだちぜんこう)の強く深い願いがあってのことなのです」(足立美術館サイトより)

そんな足立美術館の館内の茶室では、薄茶とともに寛次郎命名の和菓子「日の出前」が頂けます(事前にご確認下さい)。

・足立美術館の陶芸館

足立美術館の中にある陶芸館に、河井寛次郎の作品が展示されています。

「地元、安来が生んだ『炎の詩人』、河井寛次郎と、稀代の料理人であり陶芸家としても知られる北大路魯山人。陶芸館では、この二巨匠の作品をそれぞれ約50点展示しています」(足立美術館サイトより)

足立美術館を訪問された折には、是非、河井寛次郎の作品も併せてご覧ください。

足立美術館 庭園

・河井寛次郎の生家跡

JR安来駅の西寄りにある生家跡に生誕碑があります。また河井寛次郎の父母の墓があった「松源寺(しょうげんじ)」の奥庭には寛次郎作の灯籠があります。

・河井寛次郎の真鍮製のキセル

1950年代から、河井寛次郎は安来市の金工職人・金田勝造とともに真鍮製のキセルづくりをはじめます。愛煙家の河井寛次郎の嗜好と思考を感じるユニークな形です。(展示されています)

奥出雲町、雲南市とともに日本遺産「出雲の國たたら風土記」の地である安来市。真鍮つながりでたたら製鉄のミュージアム「和銅博物館」の見学もお薦めします。

鳥取砂丘

展示の最後は、吉田璋也たちによる鳥取の自然保護・景観保護活動です。1954年、鳥取文化財協会を設立。鳥取砂丘保護のキャンペーンを展開し、今の鳥取砂丘が残されたのです。

考えてみよう

今後、私たち『島根国』は、「島根を旅する人と島根に暮らす人を結ぶコミュニケーション・サイト」として、『民藝』についても発信していきます。

茶筅