初春の小雨降る午後のひと時です。古代ハスの池の見える(まだ咲く前の季節です)荒神谷博物館のロビーで、NPO法人出雲学研究所の代表であり、荒神谷遺跡博物館の館長である藤岡大拙先生に、「藤岡大拙にとっての『出雲学』」についてお話をお伺いしました。
※インタビューの動画を後日掲載します。
以前、「重い肩書は返上しました」と穏やかな顔でお話しされたときと同じように、「さて、なにから話しましょうかね」と藤岡大拙先生は微笑まれたのでした。
要望はひとつ、「出雲学研究所についての藤岡大拙先生の考えではなく、藤岡大拙先生という個人にとって出雲学とはなにか」です。
「そげでしたね」と藤岡大拙先生は一度、荒神谷遺跡のある方をご覧になるとゆっくりとお話しされました。時折、頭を突いて思い出される仕草に、この出雲の地に、そして石見・隠岐の地に永く関わってこられた年月を感じます。
それが「知」の年輪なのか、「志」の歳月なのか、私は断定しかねます。ただ、藤岡大拙先生(以後敬称省略)は、「出雲」とともにあり、「出雲」自身であると実感しました。
藤岡大拙には多くの著書があります。古代史・中世史に関する書籍から出雲弁や出雲にまつわる逸話など非常に幅広く、私は歴史学者というよりエンターテインメント型歴史学者として置いています。
今回のテーマ『出雲学』についても、今井書店より『出雲学への軌跡』が2013年出版されています。webサイト『島根国』で紹介しますインタビュー動画「藤岡大拙にとっての『出雲学』」と合わせて『出雲学の軌跡』もご覧頂ければ藤岡大拙の考えをもっとご理解いただけます。
しかし、『出雲学』入門の準備として、あえてハーベスト出版『出雲人』(初版1991年、改訂2004年)をお薦めします。
改訂にあたって藤岡大拙自らが「出雲学入門の第一弾」とうたっているように、出雲を知る意味でも、これから私たちはどう進むべきかを考える参考にもなる道標(みちしるべ)だからです。そして、この書籍の中に、藤岡大拙が出雲の地でどのように生きるべきかを定めた真意を垣間見ることもできました。
書籍のプロローグに、昭和60年9月11日付け『朝日新聞島根板』の連載企画「交友抄」に発表した藤岡大拙の原稿が引用されています。
「私は子どものころから、人に注意されたり、批判されたりすることを好まなかった。もちろんだれだって同じだろうが、私は極端だった。
人から嫌な言葉を聞かないようにするには、人にも嫌なことを言わない、そのためには、人との付き合いにあまり深入りしないこと、そんな哲学をいつのまにか身につけてしまったのである(略)」(9頁)
この性格を藤岡大拙自ら「出雲人の典型、ド出雲人」と評し、大町桂月の『出雲雑感』、野田成亮や戦国期の『人国記』などを引用されて、欠点だらけの「出雲人」の気質というか性格を紹介されます。
藤岡大拙的に整理すると出雲人は、「1 保守的・消極的 2 閉鎖的・排他的 3 依存的・従属的 4 無口・無表情」です。
「箱庭」から生まれる陰気で根暗で身勝手な出雲人の性格です。その限りない欠点の列挙に笑っている私がいます。あの人はそうだった。あの時そんな仕打ちを受けた。やがて我が身に振り返ると悲しくて虚しくて、心の中で友に仲間に妻に子どもに頭を垂れる次第です。
この出雲人、いかがしたものか。藤岡大拙は、地理的風土な面と歴史的な面の二つの座標軸で検討に入ります。この先は皆様で読んでください。
話は次の文で締めくくられます。
「出雲人気質の欠点をどうしたらいいかという問題をカットすることにし、むしろ読者の皆様に考えていただくことにした」(同176頁)
最後に、『解』を投げられてしまいました。むしろ、そうであるべきです。出雲人は自らの意思と主体性で変化を遂げなければならないのです。
大きな丸太に切れ味の良い斧を打ち込んだ藤岡大拙。その大きな丸太はどうなるか、さて次はどうするのか。半分に割り細かくして薪にし、風呂か、囲炉裏か、アウトドア用の薪製品にするか。割らずに腰掛にするか、なにか彫ってみるか、積み木にするか。一層のことログハウスを造り、新たな事業創造の糧としてみるか。
初めて『出雲人』を手にして十余年経ち、私は再び考えます。
小野小町ではありませんが、
「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」(古今集)
外から島根を見るだけの私は、この続きはどう書かれるか、あるいは誰が書くのか楽しみにしているうちに月日が流れてしまいました。
それが、今回のインタビューです。
ここで箸休みの意味で、出雲の神様について、私の偏った見解ですが、その性格を推測してみましょう。
代表的な出雲の神様と言えば、皆様の出雲への関りや、出雲神話への興味の度合いによっていろいろあげられます。一番に須佐之男命(素戔嗚尊・スサノヲ)、次に大国主命(オオクニヌシ)、そして事代主神(えびす様・コトシロヌシ)、スサノヲとともに降臨した五十猛神(イソタケル)、戦略の神様で小さいスクナビコナでしょう。『出雲國風土記』ならば国引き神話の八束水臣津野命(ヤツカミズオミズヌノミコト)、意外なところではスサノヲが八岐大蛇から守り妻にしたクシナダヒメ、スサノヲの娘でありオオクニヌシの第一婦人神のスセリビメなどいらっしゃいます。
ここでは代表的な神様として、スサノヲ、オオクニヌシ、ヤツカミズオミズヌノミコトの三神の性格分析をします。
・須佐之男命(素戔嗚尊・スサノヲ)
マザコン(マザーコンブレックス)で泣き虫。ところが高天ヶ原の姉神・天照大御神(アマテラス)を訪ねると傍若無人で乱暴狼藉を男女見境なくふるいます。それがめっぽう強く力持ち。
ところが、高天ヶ原を追放されて葦原の中津国(出雲)に降臨すると八岐大蛇を退治して、助けたクシナダヒメを妻に迎え、立派な居を構えると日本最初の和歌を詠んだのです。
「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を」
文字通り戦略と武術に長けた英雄であり、和歌を詠むインテリゲンチャとなったのです。ところが権力欲はなく、統治した国をクシナダヒメの親神に譲渡すると地底へと旅立ったのでした。
再び古事記神話に現れるのは、オオクニヌシへの試練とともに、娘のスセリビメと武器を与えるのです。これによってオオクニヌシは親族との派閥闘争に勝利し、巨大な出雲王朝を築きます。
戦略的戦闘者でありつつも教養と文化に精通した知識人、そして「他利」の精神で無欲の愛妻家でした。
・大国主命(オオクニヌシ)
スサノヲから直系の六代子孫の神であり、スサノヲの娘神の旦那でもあるオオクニヌシ。英雄色を好むで、大の女好き。あっちへふらふら、こっちにふらふら。挙句の果てには詩まで読む。年上にも、年下にも好かれて、なんと二度も死んだのに女神の介護で蘇ったのです。女にもてるというのは、領土の拡大を意味したのでしょう。オオクニヌシによって巨大な出雲王朝が誕生したのです。武力と知識を使い分ける戦略的な統治者です。
やっかんだのがスサノヲの姉神アマテラス。理不尽にも「葦原の中津国をよこせ」と使者を送ってきたのです。なんいう横暴で、なんと理不尽な要求でしょうか。
最初は使者に対して美酒肉林の飲酒外交政策でうまく懐柔したオオクニヌシでした。このあたりはあの領地拡大のオオクニヌシからは考えられないきめ細かな政治指導でした。戦争から和平へ。
ところがアマテラスが寄こしたタケミカヅチの武力に敗れると、高い社(出雲大社)を造ることを交換条件に譲ってしまうのでした。さて、これをどう見るか。日和見主義とみるか、平和主義とみるか、非戦を通し共創の繁栄をもとめたのか、それはあなた次第です。
とはいっても『古事記』の神様は、ヤマトに滅ぼされて改竄された出雲の神々、ヤマトにとって都合のいい神に描かれていることでしょう。そこのところを足したり引いたりしてイメージする必要があります。
・八束水臣津野命(ヤツカミズオミズヌノミコト)
八束水臣津野命(ヤツカミズオミズヌノミコト)は『出雲國風土記』に現れる神様です。ここには出雲の民たちの思いがストレート描かれているはずです。
国造りを終えたヤツカミズオミヅヌはもう一度眺めたのです。「出雲国は幅の狭い布のように細長く、小さく作られている。そこで、土地を縫い合わせて大きくしよう」と、朝鮮半島の新羅や隠岐の北門、北陸の越の土地に鍬を掛け、縄で引っ張りました。それが島根半島です。国引きに使った綱が今の薗の長浜と弓ケ浜で、綱をくくりつけた山が三瓶山と大山です。出来上がった国を見て「オエ」と叫んだのが今の松江・意宇郷です(風土記の丘)。
上から雫を垂らして国を造った神話と比べ、力強くてスケールの大きい神話です。土地として表現されていますが、異国の文化や制度、技術や医療などを指しているのでしょう。
ヤツカミズオミヅヌは長期的な展望を描き、率先して働く実践型指導者ですね。その意味では大衆寄りの泥臭い神様です。
・八岐大蛇(ヤマタノオロチ)
ところで更に余談として、八岐大蛇。
ヤマタノオロチは、胴体に八つの頭と八つの尾をもち、目はホオズキのように真っ赤で、身体じゅうにヒノキやスギが生え、カヅラが生い茂っています。大きさは、八つの谷と八つの丘にまたがるほど巨大で、腹には血がにんじでいるのです。
龍とも、大蛇とも書いてはありません。しかし、神楽をみて育った私には、ヤマタノオロチは大蛇か龍です。キングギドラかもしれません(ヤマタノオロチを真似たのでしょう)。
確かに八人いた娘の内七人まで食べ(?)、それに酒におぼれて醜態を見せて殺されます。なんと無知蒙昧な暴力集団。黒澤明映画の農民を虐める悪党です。
しかし、私はヤマタノオロチを嫌いにはなれないのです。子どものころ聞いた「りゅうの目のなみだ」(濱田広介)の影響でしょうか。ヤマタノオロチは「りゅうの目のなみだ」の龍のようなイメージで、真実は優しくて寂しがり屋の力持ち。八岐大蛇伝説はヤマトの為政者が創りあげたものです。
真実のヤマタノオロチこそが奥出雲(スサノヲが降臨した鳥神山=船通山)の麓の民の姿だと。ヤマタノオロチ族は、クシナダヒメの親神であり国津神のアシナヅチ(足名椎命)・テナヅチ(手名椎命)など神々の利権戦争の犠牲者であって、美と愛を求めた民に思えませんか。只怒れば怖い。
・やさしさとしたたかさ
さて、藤岡大拙も「オオクニヌシ」については著書の中でもページをさいて、「やさしい」神として「因幡の白兎」の引き合いにし、平和的な政治交渉の手腕として説明されます。
「出雲人はまさに出雲の自然と出雲の大神オオクニヌシによって育まれた。出雲人はオオクニヌシの遠い流れをくむ存在と考えてもいいのかもしれない」。そして「『古事記』で示されるオオクニヌシの一種の『したたかさ』は、出雲人もつねに持ちつづけてきたのである」(同163~172頁)
ふむふむ、なかなかの藤岡大拙節ですね。冒頭に引用した「朝日新聞島根板」の記事が思い出されます。
大切なことは、出雲人はこうであるとか、そんな性格だといった現状の姿でなく、次に何をするか、そのためにどう切り替えるかだと思います。出雲人とか、江戸っ子とか、京都人、大阪人、鹿児島人など地域性に関係なく、すべての県民に言えることです。
今を嘆き続けるのではなく、次に向かってどう切り替えて、何をするかです。
人生、誰しも思いがけないことがあります。その思いがけない出来事によって夢途上にして辞めねばならないこともあります。しかし、大切なのは、これからどんな生き方をするか、次にどんな前向きなアクションをとり、プラス思考で進むかです。
今回のインタビューは、京都大学在学中、夢途上にして出雲に帰らざるをえなかったところから藤岡大拙にとっての『出雲学』がはじまります。そして何を決心されたか。そこに藤岡大拙の「出雲人」が存在します。(※インタビュー動画は随時掲載)
みなさま、動画掲載を楽しみにしてください。
オオクニヌシの優しさか、スサノヲの試練なのか、それともヤツカミズオミヅヌのグローバルな視点か、はたまた神ではないヤマタノオロチの寂しさなのか、あなたの『出雲学』の構築に向けて、是非、藤岡大拙にとっての『出雲学』をお楽しみください。そして皆さんの皆さんによる皆さんのための『出雲学』を模索してください。
藤岡大拙 (ふじおか だいせつ) 【現住所】 島根県出雲市斐川町 【略歴】 昭和07年 島根県斐川町に生まれる(6月26日) 昭和31年 京都大学文学部史学科(国史学専攻)卒業 昭和63年 島根県立島根女子短期大学教授 平成0元年 島根県立八雲立つ風土記の丘所長(平成17年3月退任) 平成09年08月 同短期大学学長(平成17年3月退任) 平成17年04月 荒神谷博物館館長、NPO法人出雲学研究所理事長(現在に至る) 平成22年04月 しまね文化振興財団理事長(令和3年12月退任) 平成22年08月 松江歴史館館長(令和3年3月退任)現在、松江歴史館名誉館長 平成22年11月 瑞宝中綬章 受章 令和 4年 3月 島根県功労者表彰 授彰 【社会的活動】 島根県立図書館において、「古文書を読む会」の講師を53年間、「出雲国風土記を読む会」 の講師を43年間務める。出雲弁保存会会長を務める。 平成21年4月~26年3月 堀尾吉晴公銅像建設委員会委員長、平成22年9月~28年3月 松江城を国宝にする市民の会会長を務める。令和2年~ 松江城を守る会会長を務める。 【著書】 「島根県地方史論攷」「山中鹿介紀行」「出雲人」「塩冶判官高貞」「出雲礼讃」 「出雲とわず語り」「心の旅」「今、出雲がおもしろい」「出雲弁談義」 「神々と歩く出雲神話」「出雲学への軌跡」「山中鹿介」など多数。 【信条】 郷土の歴史の語部(かたりべ)として頑張りたい。
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