公益財団法人「可部屋集成館」理事長、櫻井誠己様に、これからの櫻井家・可部屋集成館についてお話をお伺いしました。
櫻井誠己様 略歴 1950年(昭和25年) 仁多郡奥出雲町上阿井 生れ 慶応大学法学部大学院 修了 島根日産自動車⁽株⁾ 社長 (公財)可部屋集成館 理事長
JR木次線の三成駅から車で、岩山と渓流の谷合を走ること30分、左前方にある橋を渡り、坂道をすこし上ったところに櫻井家「可部屋集成館」があります。
「建物の四方を囲む岩山と渓流、それらすべてを含めて『櫻井家』としてお考え下さい」。櫻井誠己氏のお話の始まりでした。
「皆さんは、たたら製鉄の製造工程や製品に着目されます。たしかに、その研究も大切なことです。しかし、・・・」
そこまでお話しされると三方の山を順次示された。
「三つのお社があります。あそこには金屋子神社が祀ってあります。こちらは観音堂です。そして、鎮守神社が祀られています」
「たたら製鉄に限らず自然を相手にした仕事には、危険がつきものです。今とは違って医療技術や態勢も整っていない昔は、事故や怪我は当人や経営者だけでなく家族にとっても大変なことでした」。
災いや事故を避ける意味で神様を祀り、安心安全を祈願したのです。しかし、お話を聞くに、それは人や会社の安全衛生だけではなく、自然への感謝と敬意を通した自然との共生の考えでもあることが見えてきました。むしろ自然との共存と再生を心がけてこられたことが櫻井誠己氏のお話から伺えます。
「まだ、解読されていないのですが、医療や薬草についての古文書が沢山残されております」
古くから怪我や病気の医療研究や開発の環境が整備され、治療の実施や医療知識の蓄積がなされてきたのです。
医療関係の古文書の解読は、医療から見たたたら製鉄と人との関係を明らかにするとともに、企業の在り方、企業と働く人の関係を新しい視点から解明してくれるでしょう。また医療や薬草の研究書は、自然と地域の関りを示す文化的な価値があります。櫻井家と地域との関係を文化的面で示す貴重な資料といえます。
松江藩主の松平不昧公をお迎えしたとき造られた部屋と庭園を案内して頂きました。岩山から流れ落ちる滝『岩浪の滝』は松平不昧公の命名です。
「あれは自然の滝ではありません」と微笑まれた。「たたら製鉄の『カンナ流し』の技術を駆使して水を運び、滝として流しているのです」
たたら製鉄の技術を活用した『匠の技』です。技術者が今の技術に留まることなく、常に新しい技術開発を追い求めた現れです。今の言葉でいえば、イノベーションが繰り返されてきたわけです。
「この絵をご覧ください」と『内谷鍛冶屋山内』を説明されました。
ここで働く人たちが暮らしていた住居群を、明治11年(1878)から12年、滞在した南画家・田能村直人が描いた風景画です。
「働く人には家族がいます。衣食住も大切ですが、それとともに大切なのが教育です」
働き手としての人ではなく、成長する人格としての人。それは働き手だけでなく、家族子供まで対象でした。
「春ならば桜花、秋ならば紅葉、綺麗なところです。是非お出かけください」
来た道を戻られる櫻井誠己氏の背中は、長年、経営者として活躍されてきた姿が浮かんでいました。
従業員の住居・医療・教育や技術のイノベーション。製品の宣伝・販売活動。運搬で使う街道沿いの店や人との接点。櫻井家の業務に留まることなく、地域やほかの産業との関りでもあります。
「市場は製品しか見ません。でも、資材の開発から製造、そして宣伝活動に流通の過程があります。私たちはいろんな人や会社に助けられ、また関わっているのです」
たたら製鉄の製造の企業活動だけでなく、地域やほかの産業とのコミュニケーションを通しても企業文化が育成されてきたのです。
『ここには、櫻井家の理念が形にされているのですね』と呟いた私に櫻井氏は振り向かれ、力強くおっしゃった。
「そうです。企業には理念が大切です」
その理念のもとに櫻井家は続き、その成果の一部が形として『可部屋集成館』に展示されています。冒頭、「すべてが櫻井家です」とお話しされた意味が理解できました。
これからの櫻井家、可部屋集成館の展開、それにともなう課題についてお話をお伺いしました。
櫻井誠己様は、観光や地域の活性化は「私たちだけでできることではありません。ほかの鉄師の家、さらには行政や地域の人々との協業なくては実現しません」と前置きし、①これからのたたら製鉄と観光、②交通・通信の発展によって変化する関係、③生活基盤としての雇用と高齢化について、お話しされました。
「たたら製鉄の製造工程とか、たたら製鉄によって生産された鉄については、専門家の皆様によって研究され、発表されています」
しかし、それは専門性故に、難しく、生活との関りが見えにくい。観光で来られた一般の方からは、とっつきにくい世界になっている。そこで次のことを検討されています。
「たたら製鉄が時代、時代に、社会にどう関わり、どんな役割を果たしてきたかを分析し、分かりやすく紹介する」
「たたら製鉄全体の技術や文化は、今の時代にどのように繋がっているか、そして未来にどのように継承するか平易に伝える」
難しい専門技術ではなく、時代ごとの社会や人との関わりを解説することで、たたら製鉄の役割や時代を理解できると、その大切さをあげられました。
「そんな時代背景や今日的な生活との関りの話によって、たたら製鉄はもっと社会に広まり、皆さんが興味や関心を寄せ、奥出雲に来ていただけるのではないでしょうか」
「道路網の整備で距離感が変化しました。日本海側だけでなく山を越えた山陽や四国も近くなりました。高速道路の開通に共にない、首都圏からの飛行機の利用も、出雲空港や米子空港だけでなく、広島空港も選択肢の一つとなりました」
「自動車道は、松江市から見た奥出雲だけでなく、三刀屋(雲南市)から見るともっと近くになりました」
奥出雲にいらっしゃる観光客の動線は着実に変化し、そして移動先も多岐にわたっています。
「インターネットの普及で、海外からの関心も変化しました」
事前の情報提供も重要となり、これまでの専門家にむけての情報だけではなく、多くの人びとにも関心を寄せる魅力ある内容にすることが大切となりました。それが時代や社会の関りと皆が分かる理解しやすい内容です。
「迎える側の思いだけではなく、来られる側、観光される方の視点を意識することが大切です」と指摘されます。そこには「好奇心をもたれるための魅力ある情報を多くの人に届ける発信力が必須です」
「ほかの鉄師の家もそれぞれ特徴ある事業や活動をされています。そんな特徴ある活動と連携し、またいろんな文化財と組み合わせることが重要です。それを行政区に区切られた自治体だけに任すのではなく、境界線のない地域住民の英知を集めた創意工夫で行うことが大切です」
たたら製鉄の普及や観光施策だけでなく、社会基盤である奥出雲の課題『高齢化と雇用問題』にも言及されました。
「老夫婦や一人の世帯人が増え、空き家も増えました。人がいなくなれば、家だけではなく町も朽ちて滅びてしまいます。そのためには新たな人が住まなくてはならない」
「一軒空き家が出来れば、誰かに一人来てもらい住んでもらう。マイナス1プラス1で、プラスマイナス0です。しかし、現実場面では、家がなくなるのではなく。存在し続けるのです」
「直ぐに移住しなくてもいいのです。半年だけでも住んでもらう。すると、そこに生活が残ります。百人増やそうという壮大な計画ではなく、無くならないようにする。そんな発想が大切です」
『有か無か』、『在るか無いか』。二つの現象には天と地以上の開きがあります。
櫻井誠己様の家や集落を失くさないことへの思いは、自然環境を失くしてはならない、これまでの活動に通じる考えだと深く感じました。
しかし、家だけあっても人は生きてはいけません。
「新しい人たちが住むための雇用の創出が必須です。これは非常に難しい問題です。自治体や一企業の規模ではなく、地域として考えることが大切です。そのためにも地域とのコミュニケーションを通した協業が大切になってきます」
そうしたなかから新しい仕事が生まれ、雇用のチャンスが広がります。その例として、古民家を活用した地域交流のある体験型の宿泊についてお話しされました。
「市場は形になった製品しか見ません。そこに至る過程は捨象されてしまう。現実は、たたら製鉄で生まれた製品は、それを運ぶ人がいて、それが通る街道があり、そこには宿や店が造られ、そこで働く人たちが生まれます。それが流通であり、販売という世界です。そこにも経済や文化が生まれます。地域を考えるということは特別なことではなく、常に関わっています」
「地域創生もあらたまって上段に構えて考えることではなく、私たちがすでに地域なのです。また自然との共生も今に始まったことではなく、昔から共存してきました。むしろ共存しなければ人の社会が存在しなかった」
「ただ、それでいいのではなく、皆さんと英知を出し合い、実行しなくてはいけない」と締められまた。そこには地域創生の「理念」を見ました。
櫻井家のたたら製鉄を通した自然や人・社会の関り、地域創生に向けて地域社会とどう向き合うか、貴重なお話を聞くことができました。
観光事業の考え一つとっても、誰の視点で見るか、誰の立場で地域の活性化を考えるか。あらためてお客様視点から見る『顧客志向』を認識する時間でした。
過疎化と空き家という課題にも、新たな施策議論ではなく、「なくさないために」は何ができるか、それは存在し続ける(あり続ける)意味と重要さを考える話でもありました。
自然と向き合い、企業と人の有り方を思う姿勢、そして未来に繋がるこれからの地方(地域)創生の理念を伺うことができ、大いに心動かされた訪問でした。
※写真提供 公益財団法人「可部屋集成館」
インタビューの模様を動画でご覧ください。
公益財団法人「可部屋集成館」 ホームページ http://kabeya-syuseikan.com/ 住所 島根県仁多郡奥出雲町上阿井1655 電話 0854-56-0800 アクセス JR木次線出雲三成駅から奥出雲交通バス内谷行きで24分、終点下車、徒歩5分
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