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絲原家 「鳥の眼、虫の眼、魚の眼」 行動の経営をめざして 

家の教えを忘れることなく、訪問者の心を大切に

公益財団法人「絲原記念館」副館長の絲原丈嗣様に、これからの絲原家・絲原記念館についてお話をお伺いしました。

絲原丈嗣様 略歴
昭和56年9月8日生まれ
島根県立横田高等学校卒業
大学進学のため上京
卒業後、鳥取県内の木材関連企業に就職
平成26年4月奥出雲町へUターン
現在 有限会社絲原専務取締役・(公財)絲原記念館副館長

JR木次線の『出雲横田』駅から車で十五分ほどの山間の中に、静寂な大木に包まれるようにして絲原家があります。

「草刈り等も率先して行う父の姿を見て育ちました」と、公益財団法人『絲原記念館』副館長の絲原丈嗣(39歳)さんは茶房で控えめにお話しされた。1924年に建てられた家屋を活用した『茶房十五代』のもつ風格と静寂さ、そして現代のセンスでクリエイトされた雰囲気に合う始まりでした。

1 地域と共に(鳥の眼・全体を)

素人の視点で考えた

「たたら製鉄については素人です」とお話しされた絲原丈嗣さん。

絲原記念館の定款には、「たたら資料87件、古文書570件、美術工芸品150件、有形民俗資料1526件」と多くの資料が表記されています。

7年前にUターンで鳥取県の企業を退職し戻られた絲原丈嗣さんは、大学では林業を専攻されました。そんな自分を素人と置かれ、「だからこそ、たたら製鉄を知らない方にもわかる案内と説明を心がけています」とお話しされました。

自ら先頭に立って案内される絲原丈嗣さんにとって、たたら製鉄の知識のない訪問者の方に、どうやって分かりやすく、そして魅力的に、かつ丁寧に伝えるか、その実践と学びの日々です。また、どんな工夫をして訪問者のみなさまの思い出に残る時間にするか、そんな演出も心がけておられます。

歴史と伝統という重みを感じさせない、肩の力を抜いた自然体の姿がありました。それは地元の横田高校を卒業するまでホッケーで磨いた精神と奥出雲の地で育った「地元愛」があるからでしょう。

絲原記念館
点から面へ

「これまでは、たたら製鉄の見学に来られる団体や、研究者の方や興味のある方が中心でした」。今後も研究開発や啓蒙活動は大切な使命であると前置きされ、これからの抱負をお話しされました。

「これまでは、皆様は出発点と絲原記念館を繋ぐ『点と点』の移動でした。絲原記念館にとっては大切なことです。でもそれだけでいいのだろうかと考えました」。それが、たたら製鉄には素人だと置かれた独特の着眼力と、地元で育った感性でした。

「地域と共にある絲原家」にこだわられた。

「たたら製鉄を見に来たというより、ここに来たらたたら製鉄もあった」。そんな存在でありたいとお話しされた。そのためには奥出雲町全体を範疇に組込まれる。

自然の恵みと文化の薫り高い奥出雲町との連携を大切にされた。仁多米に蕎麦、神話の山々の船通山に吾妻山、そして鬼の舌震、棚田から天然記念物のハンザキ(オオサンショウウオ)、ほかのたたら製鉄の家との連携等。またトロッコ列車や町のお祭りにイベント。

そんな一つひとつを繋げた奥出雲という「面」の中に「絲原記念館」があると置換えられた。『面』としての奥出雲町と『点』としての絲原家。そうすることによって新しい絲原家が見えてきたのです。

母屋全景

2 お客様と共に (虫の眼 細部・本質)

庭園のアーティスト

「木々の剪定から庭の手入れ、もちろん庭の掃除もわたしがします」

「林業を学んだからではなく、お客様を招き、見て頂くからこそ、自分で納得いくものに仕上げたい。そして日々、樹木や庭園に、建物や展示物に話しかけるように接するからこそ愛着も湧き、自信も生まれるのです」と控えめにお話しされた。

「たたら製鉄の素人」だとお話しされましたが、「地に足が着いた」仕事のやり方や姿勢には、日々、手を掛ける庭園や展示物を通してお客様と一緒に感動を楽しむ、「空間と時間」を演出するクリエイターの心が見えてきました。それは古(いにしえ)と自然を融合する庭園のアーティストの感性かもしれません。

庭園
おもてなしの心

そんなおもてなしの心は、取材でお借りした『茶房十五代』にも活かされていました。

十六代目絲原丈嗣様の奥様であり、『茶房十五代』を切り盛りされる「優子」さんは、笑顔で説明されました。

「皆様がほっとひと息つかれ、しみじみと風や音を感じ、昔のこと、これからのことを思い浮かべる空間になればと、いろんな方に相談しました」

国の登録有形文化財に指定される家屋をそのまま使用した『茶房十五代』。

「もともとは事務所として使われていました。家具や調度品も昔のままです」

驚いたのは窓に組込まれたガラスです。あたかも陽炎のように揺れ動くガラス越しの庭は、表面が屈曲した昔のガラスの悪戯(いたずら)です。そんなところにも大正ロマンの香りを感じます。

「ずっと考えていたのです。大切な木を生活に活かしたいと」

絲原家の山林から伐採したケヤキを使用した机からは、自然の息吹と一緒にどっしり構えた安堵も感じられます。

至る所に演出された歴史文化と自然との調和は、訪ね来た人々の心を癒すことでしょう。

豆にこだわったコーヒーは、訪ね来た人の心に染み入るような安らぎをもたらしてくれます。歴史と伝統の中に生まれた身近なおもてなしに、たたら製鉄に興味がなかったお客様も、たたら製鉄と森林によって育まれた絲原家の文化を感じることでしょう。

茶房十五代

3 時代の変化を敏感に (魚の眼 流れ)

継承される文化と新しく演出される文化

絲原家では、現在も正月に儀式が行われています。そんな文化を継承しながらも、時代の変化や人々の心模様の移り変わりを考えたのが『茶房十五代』です。

「絲原家のことも、たたら製鉄のことも知らない人にも来てほしい。そんな初めての訪問者の皆様に、伝統や文化を気にすることなく靴を履いたままの気分で、気軽にくつろげる茶房が必要でした」と絲原丈嗣様はお話しされた。

「敷地内のたたら製鉄の守護神を祀る『金屋子神社』や、たたら製鉄や文化的財産を展示した『絲原記念館』から母屋を経て『出雲流(玄丹流)の庭園』に至る動線の途中に、気楽に寄れる空間として『茶房十五代』を設置したのです」。「みなさんに、ここでくつろぎながら絲原家を感じて頂ければ幸いです」。

「変わらぬもの、変わるものがあります」と絲原丈嗣さん太い梁を見ながら話された。

そんな姿勢の中に、伝統の継承と共に、変わらなければならないことへの感性と冷静な分析、そして判断を秘めた意思を感じます。

地域と共に

「奥出雲町という『面』のなかで、絲原記念館は今後何をすべきか、どのように地域と連携するか。奥出雲町が抱えた高齢化や人口減少という厳しい課題は、絲原家の課題でもある」とお話しされた。

「地域連携による地方創生の活動、I/Uターンによる定住者、そして交流人口(観光客数)や関係人口(地域に係わる人口)の拡大の施策など、自治体や他の企業との協業など担うべき活動は広範囲にわたります」

「そんななかでの自然との共存を通したたたら製鉄の歴史的・文化的な訴求活動や、地域と共に歩んだ森林の運営の歴史は、ほかの鉄師の家の文化・施策・考えの連携、そして奥出雲の文化財産との協業を図ることで、地域創生としての重要な意味を帯びてきます」

4 行動する経営

自分も変る

「私は何でもします」と頷くように話された。

「心がけていることは、現場に出る、調べる、状態を知ることです。それは指示するだけでなく自分が主体となって関わることです」とお話しされた。「そのために大切なのは自分も変わることができることです」と断言されました。

絲原家代々の家訓と経営の哲学を学び直し、あらためて教えを今の自分に照らしているとのことです。

経営の安定と雇用の創出

「たたら製鉄の絲原家だけではありません。森林という自然や働く従業員もいます。今が良いとか、昔は良かったのではなく、これからどうするかです。そのためには地域の中にあって長期的な戦略を定め、安心して働ける環境を創り、ひとを大切にすることです」と締めくくられた。

そこには、「無理のない、しっかりした経営、地域に貢献する、次の世代に残す」とお話しされた絲原家の考えが引き継がれていました。

5 まとめ

高齢化に人口の減少、雇用の創出と多くの課題を抱えた奥出雲町にあって、日々現場に立ち、また家業の仕事に邁進される絲原丈嗣さんに、ゼロから始めるベンチャービジネスの若き旗手とは違う、地域と自然とともに歩む実践する若き旗手の姿を見ました。 持続することの厳しさ、変わることの大切さを受け止め、伝統だけでなく働く人を守り、地域の発展に寄与しようとする『志』を拝見できた訪問となりました。

公益財団法人「絲原記念館」
 
ホームページ
http://itoharas.com/
住所
島根県仁多郡奥出雲町大谷856-18
 電話
 0854-52-0151 
 アクセス
JR木次線 出雲三成駅下車 約4km・・・バス10分、タクシー6分

インタビュー

インタビューの模様を動画でご覧ください。

公益財団法人「絲原記念館」副館長 絲原丈嗣様
茶房十五代 絲原優子様

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