― 石畳に誘われ、行く先に ―
■そぞろ歩き
城下町松江の路は歩くためにある。奥まった造りの家屋とともに細長い路地裏が続き、さらに奥の路地裏へと歩みが流れゆく。
堀端遊覧舟が流れるように進む濠端に沿って歩き、旧日本銀行松江支店の石の建物を堀越に見て右に曲がる。整備された石畳の路が続く。あみだ籤でもと遊び心に歩くと茶町通りに突き当たる。1960年代から70年代、左手にはアーケードのある商店街が続き、賑やかな通りだった。今はその面影もない。
右手の角に暖簾のかかった平屋の建物がある。昔から変わらぬ静寂とした佇まいをしている。そこが「蒸し寿司」発祥の店・「浪速寿司(なにわ寿司)」である。
創業が明治20年(1887年)の浪速寿司。NHKの朝ドラ『はけばけ』のモデルとなった小泉セツの夫、ラフカディオハーンが松江に来たのが1890年のことである。


■蒸し寿司
蒸し寿司は、昨夜、日本海の海鮮を肴に松江の酒を飲み過ぎたものにとって、あまり食の向く名前ではない。寿司といえば生の粋の良さと鮮度が条件だ。それを蒸篭で蒸すというのだ。いかがなものかと思うのも当然なことである。ところが一度食べるとぬる燗一合で食べたくなる松江独特の食であるのだ。
酢飯の上に錦糸卵に蒸しエビとシイタケ、野焼き(トクビレの焼き抜き蒲鉾)やうなぎに牛しぐれ煮をのせて、蒸篭で蒸した温かいちらし寿司である。
冬の寒さが厳しい山陰地方で、温かい食事として親しまれてきた郷土料理である。
寮と下宿生活だった高校時代に 食べることはなかった。握り寿司が高級だった頃、生活費をけずってまで頼むことはなく、酒の上品な飲み方が出来るようになった頃からだろう。
注文した蒸し寿司がでるまで瓶ビールで喉と食道を涼ませる。そして、湯気の立ち上る蒸し寿司を目でなからぬる燗を飲む。純米か、清酒がいい。昔でいう二級酒だ。
まず、つき合わせの沢庵でひと盃、注ぎ足してふた盃。そこで何から食べるか考える。エビ好きなのでエビは最後だ。やはり味の濃いシイタケでさん盃。箸休めにビールを流し、そこで初めてほじる様に酢飯を口にする。
いい順番だと納得し、常温の純米をコップ酒。昼間の酒は正常な思考の大敵である。
凍てつく冬ならば、蒸し寿司の湯気でしばし冷たくなった手を温め、冷えた体に燗酒とともに流し込むのも良かろう。どちらにしても松江ならではの食である。


■ことのはじまり
考案者は、浪花寿司の初代店主である坂本金蔵の妻(女将)で、「寒い冬でも温かいお寿司を美味しく食べてほしい」という思いから誕生したという。明治の頃の家庭の暖房状態は炬燵か火鉢、食べなれた刺身より蕎麦やおでんのような食が求められただろう。
小学生のころに達磨ストーブの上で弁当を温めていたことを思い起こせば不思議ではい。しかし、それにしても大胆な発想だ。それほど山陰の冬は寒かった。小泉八雲も逃げ出した寒さだ。
蒸すことで酢飯独特の酸味がとれた感じがする、それも好みであるが。味の特徴は、ちらし寿司と違い具材の旨味がご飯に染み込んでいる点であろうか。
創業から続くメニューで、当初は冬限定だったらしい。今は一年中食べることが出来る。また浪花寿司以外のお寿司屋やJR松江駅でも駅弁としても提供されている。
松江をお訪ねの折には旅の土産話に、そして松江の出会いの思い出に食して頂きたい。



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