• ~旅と日々の出会い~

途中下車の旅

 ― 三方よしの思い出酒 ―

縁結び空港(出雲空港)の到着ロビーで「パーフェクトチケット」(三日間バス乗り放題・施設割引)を買い、出雲大社行きのバスに乗る。出雲大社を参拝後に古代出雲歴史博物館を見学し、稲佐の浜を散歩する。中井貴一主演の映画『RAILWAYS』の一畑電鉄で宍道湖を眺めながら今日の宿・松江へと向かう。私のすすめる島根の旅の初日だ。

五十代の頃か、いつもなら縁結び空港から連絡バスで松江に向かうが、早い便の格安チケットを購入したので出雲大社に参拝し、一畑電鉄で松江に向かった。今宵も松江の旧友と杯を重ねる、そんな楽しみが気ままな一人旅の気分にしたのだろう。よみがえる思い出に「雲州平田」駅で途中下車した。

「わたすのおまれは、おんすふらた」(私の生まれは雲州平田)。高校に入学した何かの集まりで、平田出身の子がおどけて平田弁(これも出雲弁)で自己紹介をした。それが山の中から出てきた坊主頭の私の心を射抜いたようだ。一学年五百人、セーラー服の姿を見るが卒業まで一度も話すことはなかった。それでも「おんすふらた」は残り続けた。瞳のくりくりとした、幾分お尻の大きい、三つ編みの子。そんな残像に誘われ、ありえもしない偶然の再会を期待した。

海鼠壁の古い町並みをゆっくり歩く。この町に来たのは初めてのことだ。見知らぬ路角に、格子窓に、過行く自転車の音に、私はときめく。あの子との二人だけの出来事も思い出もない。ただ三年間という一瞬の時間と場所を共有した、通り過ぎる風と小枝のようなものだ。

それでも遥か昔の思い出に戯れることができ、そのお礼に宇美神社にお参りした。きっとこの店の前を通っただろう「酒持田本店」で酒も買った。駅のベンチで松江しんじ湖温泉に向かう電車を待つ間、紙コップで飲んだ。青春という蒼さを思い出す、酸いも甘いも経験した深みのある味だった。もうずいぶん昔のことだ。今宵の友との酒の話にはいいのかもしれない。酒を舌の上に乗せゆっくりと飲む。爽やかさと甘酸っぱさを交互に知覚する。それは淡い思い出をせつない思い出へと醸成していくようだ。ここから高校のある松江まで通っていたのかとたどる。八重歯と透き通った笑い顔が過った。卒業してから一度も見ていないし、噂話さえ知らない。「まった」、「ぜんぜん」。標準語の高校生の声に目が覚めた。

平日の昼過ぎの電車はすいていて車両の揺れは、風なのか、残り酒なのか定かでない。むき出しの日本酒の瓶を見て老人が微笑んだ。つられて会釈する。

「うまいがね」、横に座った老人は酒瓶を見て言った。「行儀が悪いのですが、駅のベンチで頂きました。味わい深い酒です」。「そりゃ、よございました」。すすめてみたが老人は辞退し、代わりに酒持田本店の『ヤマサン正宗』について話してくれた。商売の哲学『三方よし』の、売り手、買い手、世間よしの三方が満足することを心がけていると。新しい紙コップに注いで差し出した、「良い話ですね」。老人はゆっくり飲み干し、ひと呼吸すると、「どこからおいでました」と私にもすすめた。私は一緒に乗車した高校生の二人を眺め、こちらの高校を出て東京にいるが、仕事で来、同級生のことを思い出して途中下車したと、幾分照れ気味に話した。「おなごかね」と微笑むと、「おうたかね(会ったかね)」と目を細めた。首を振る私に、「そげかね。でもな、寄り道はオナゴのためにすうもんだ」と破顔した。無性に昔が懐かしくなった。「そげで酒を買わっしゃったか」。頷くと老人のコップに注ぎ、手酌した。「そのオナゴも幸せもんだ」、「そうですかね」、「思い出してもらっちょううちが華ですけん」。一方的に思っていただけの思い出だ。湖面の銀色に跳ね返す波間が妙に目頭に熱かった。

それからどうしたのだろうか。終点の松江しんじ湖温泉に着くと、改札口へと向かう私に老人は「また、おんすふらたに、くうだわ」と告げると、出雲大社行きの電車の方へと歩き始めた。私は大声で叫んだ、「ありがとうございます」。爺さんは大声で返した、「おんすふらたには、うめえ酒とええオナゴがおおますわ」。

寄り道はオナゴのためにしてもよい。確かに、オナゴに会えなくても素晴らしい出会いがあった。それは、意味は違うが、酒よし、電車よし、老人よし、三方よしの出会いである。私はとあるイベント企画に参加することを決意した。(後日談、落選。そうそううまくいくはずがない)

ヤマサン正宗
株式会社酒持田本店 (出雲市平田町)

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