• ~旅と日々の出会い~

『思い出』という思い出

 ― 松江には思い出という妖怪がいる ―

松江に帰ると旧友と飲み明かす。互いに好きな銘柄があり、新たに薦める銘柄がある。松江の酒だけでない。安来もあれば、奥出雲に、出雲もある。ときに石見の酒や隠岐の酒、そして他県の酒を飲む。若ければ飲みつくすこともできるが、今は難しい。

随分古い話だが松江でひとり飲みをした。駅前の伊勢宮の外れのカウンターだけの飲み屋だった。カウンターの朱色が奇異で懐かしさを醸していた。中瓶のビールも有難かった。

ゆっくり口にした。「ビールはぐいと飲め」とカウンターの奥に座る爺さんに叱られた。「しんきくせな」と隣の婆さんが空気の抜けるような声で後を追った。たしかに、ビールは一気に飲んで、ゲップをするか、笑うのがいい。

「こうですか」と二杯目を一気に飲み、注いだ三杯目も空けた。喧嘩を売ったと見えたのだろう、「自分、なんじゃ」と椅子が倒れた。店の人も連れも止めようとはしない。「やめんか」と入り口に近いカウンターに座る爺さんが唸るように声を落とした。テレビの野球中継のボリュームが幾分大きくなった。

棚に置かれた「國暉」が懐かし思えた。「國暉、コップでください」。そう「常温でいいです」。

先ほどの爺さんが屈託もなく「どこからこれましたか」と声を掛けた。「もともとは島根の生まれで、今は関東です」。「そげかね。干支は」。私は動物の名前を告げた。誇らしげに「そげすうとわしが一回り以上、上だな」。「学校はどこかね」。東西南北の一つを告げた。爺さんは暫く考えて「あの人、知っちょうかね」と先輩の名前が出た。「そのへんでやめんか」とまた怒鳴られた。私たちは誰とも話さず、それぞれのペースで飲んだ。

「何しにおいでました」

また爺さんが控えめに声を掛けた。私はおでんを追加した。白滝、里芋、豆腐。そして茶色に変色した短冊に書かれた「焼きそば」を。

「仕事かね」と問われ、「そうです」と答えた。

入り口の爺さんが「静かにできんか」と小声で言った。

テレビを見た。中華鍋を叩く音がする。醤油の焼ける香ばしい匂いが来た。野菜も肉もないシンプルな醤油焼きそばで、紅ショウガだけがテーブルの赤に似て食欲を刺激した。

「わしにもくれや」

「あんた、どうせ食わんと残すが~」

「食うわ」

カウンターの反対側の男が唸った。

「静かにせんか」

私は「國暉、コップで。焼きそばの味が懐かしいです」と褒めた。

店主は何も言わずコップに國暉を注いだ。一杯目より多くの量が受け皿にこぼれた。

「わしも、もらえか、焼きそばを」

静かにしろと注意した爺さんが初めて注文した。

中華鍋とコンロがぶつかり合う音だけが淀んだ店の空気に響いている。

「わしが若けぇ頃は、給料をもら~と、二級酒一杯と焼きそばを食ったもんだ」と怒る爺さんが呟いた。「わしは素うどんと二級酒だった」。テーブルの端と端の爺さんが昔の松江駅周辺の飲み屋について二言三言話し、また黙り込んだ。

爺さんたちが帰り、私も「この一杯で〆てください」と言った。初めて店主が話しかけた。

「田中さん(李白)や米田さん(豊の秋)もあぁのに、なんで國暉かね」

どこか心に残る酒だった。

「なぜでしょうね。寡黙な先輩方に思い出したのでしょう」

店主は控えめに言った「わしも一杯、頂いていいかね」。

「どうぞ、これもご縁ですから」

「私も、おめえさんが出らっしゃった高校に行きたかった」と言うと啜るように飲み始めた。

この店にも、店主にも思い出はない。でも、この店も、店主も懐かしく、訪ねたような気もするし、語り合ったような思い出もある。あの爺さんたちも懐かしい。もしかすると松江の町には、思い出という妖怪が「懐かしさ」をばら撒きながら徘徊しているのかもしれない。

今回、國暉を飲んだ。あの時のガッンと殴るような味覚はなかった。その代わり柔らかで円やかな香りと味だった。山陰の塩辛を口にし、二杯目を躊躇なく飲んだ。あのガッンとした『無味』という味がゆっくりやってきた。そうだ、國暉の味は、『思い出』を思い出させるようにゆっくりやって来て、舌の奥に『酒』という味を残していく。思えば、あの店で、私は『思い出』という酒を飲んでいたのだろう。

國暉
國暉酒造株式会社 (松江市)

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