― 復讐されたラブレター代筆屋 ―
最近の中高生はどんな「悪戯(いたずら)」をするのだろうか。というより悪戯という「遊び」ではなく「いじめ」になるのだろうか。もしそうならば悲しいことである。
高校時代のことだ。「赤点取得」とか「彼女募集中」と書かれた紙を気づかないうちに背中に貼られ、学校内だけでなく、町の中を歩いたことがあった。弁当を開けると食べられて空弁のこともあった。犯人が名乗り出なければ陰湿な悪戯だが、「どうだ、彼女が見つかったか」とか、「学食でカレーとうどんを奢るよ」と名乗りでる。恥はかくがそれなりに楽しい事でもあった。ところが悪戯ではないが、ボタンの掛け違いも起きる。
以前(『死神』)にも書いたが、ラブレターの代筆を高校二年生の後半ごろから頼まれた。学食のカレーライスか、校門前の店の菓子パンとコーヒー牛乳、それとも『平凡パンチ』『プレーボーイ』か『ガロ』『朝日ジャーナル』が相場だった。依頼者は真剣で、下宿生活の私には貴重な食であり嗜好品の確保だった。そんなラブレターの代筆にまつわる復讐劇の話だ。
高校時代の集まりがあり、何軒目かのスナックでみんなと飲んでいた。携帯電話が鳴り、「明日、会えるかな」と聞き覚えのない女性の声がした。店を抜け出し問うた。「だれ?」「わたし」「だれだ!」「忘れたの」。携帯電話の向こうは重く静まり返った。「ごめんなさい。切るは。明日、11時、いつまの喫茶店で」。非通知の電話だった。
もし高校時代の友人なら「いつもの喫茶店」と呼ぶのにふさわしい店は、アルファベット二文字の『MG』しかない。僕たちは高校が違ったが県立図書館で会って、この店の奥でダべった。ビートルズが好きな君に、僕はローリング・ストーンズの破壊力を語った。ステレオを持つ君に比べ僕にはトランジスターラジオしかなかった。そしてピアノをひく君に比べ僕は口笛も吹けなかった。
「いつもの喫茶店」にはいり待った。しかし一時間待っても君は来なかった。携帯電話も鳴らなかった。高校を卒業してから暫くは噂も聞いたが、ずっと昔のことだ。それに携帯電話の番号を君が知るはずもない。どこか小泉八雲の『怪談』じみた話だったが、それもいつの日か忘れた。
そんな不思議な出来事が、突然、氷解した。
食事に誘われた友人の家で昔話に興じていると、奥さんから携帯電話を渡された。「わたし」「えっ、誰?」「私よ」。誰と奥さんに問うと、「知らない人よ」と笑う。そして「随分昔にも電話があったでしょう」と笑い、安来の蔵元『金鳳』(きんぽう)の一升瓶を出す。
私が代筆したラブレターを渡された女の子の妹だという。卒業後も彼の手紙だと大切にしていた姉は十数年も過ぎた日、カレーライス一杯で書かれた代筆の手紙だと本人から知らされた。悪戯っぽい復讐の機会を待っていた彼女は、あの夜、妹に電話を掛けさせたのだ。
その妹からどうやって知人の奥さんに辿り着いたか、沢山の井戸端会議と多くの推理、紆余曲折と迷路を経て、さらに偶然と執念が入り組んで、やっと私に辿り着いたのだ。だから誰もすべてを話せない道筋となった。
ラブレターの代筆は「悪戯」ではなかった。精魂込めてレポート用紙に書き上げた。依頼者も冗談や悪戯で代筆を依頼したのではない。彼女のことが好きだった。ただ彼ではなく、見知らぬ少年が書いただけだ。
口にした安来の『金凰』(きんぽう)は甘くせつなく、そして刺激的な味がした。
思い出した、「山は大山(だいせん)、お酒はキンポー」。白石かずこの詩を真似て書いたラブレターだろう。相手の女性のことは聞かないのが代筆の条件だ。テレビもない下宿生活の私が女性をイメージするのは週刊誌か書籍だった。中也や朔太郎では未来が見えなかった。『ウーマンリブ』や『性差別』の言葉もない、『人形の家』のノラを語る時代だった。そんな頃、現代詩人・白石かずこの世界を真似して書いた。
白石かずこは、飛んでいた。サイケデリックであり、感性の解放者・ジャンヌダルクだった。今ならジェンダー論者というだろうが、あの時代では自立した女性とか封建的風土への反逆者だった。
白石かずこ詩を真似ると言葉が一つひとつ生き物になって跳ねる。それが女の子の心にしっかり飛び込で、大きくはじける。「貴女、そんなことでいいの」。だからラブレターに使い、情念を煽った。
「この酒は誰が」と問おうとしたが、やめた。本人でも代理でもいい。この酒が美味ければそれでいい。甘いけど、決して甘くない。爽やかだけど、どこかにこだわりがある。そして、じわっ~と染み入る味わいがある。あの時の言葉のように。
目を閉じた。やはり気になる、「お酒はキンポー、君は誰あれ?」。安来の女子(おなご)か、米子の女子か。もしかして、そこから見える大根島の女子かも。
金鳳
金鳳酒造有限会社 (安来市)
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